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森の王と滅亡の国  作者: りと
森の王と滅亡の国
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密談


 人気のないその回廊は、国一番の城の中にしてはあまりにも質素だ。

 灯り取りの、小さなはめ殺しの窓が点々とあるお陰で、薄暗さはない。薄い絨毯にわずかに響く足音だけが、この通路の飾りと言っても過言ではないだろう。

 時々思い出したようにある扉は、物置か何かだろうか。使われている形跡はあるものの、廊下と同じように飾り気は全くない。


 ルノは自身が持つ鍵でその扉を開けると、人目を憚るように踏み入った。そしてすぐに扉の閂を閉める。

 表から見た簡素な扉とは違い、内側は重厚な作りになっている様は、全く外部に音を漏らさない。


 普段からその扉が、ルノの持つ鍵だけで開くことはない。ただ特別な時にだけ、踏み入ることが許される。


 扉がきちんと閉じられた事をしっかりと確認してから、初めてルノは頭を垂れた。


「失礼致します。お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「いや、よい」


 ルノが訪れたそこは、小さな応接間である。城内の部屋と部屋の間に作られたそこは、特に内密な話をする為にあるという部屋の一つだ。

 きっとそんな部屋が城内にはいくつもある事だろうか。全てを知るのは王以外には居ないだろう。


 そしてルノを迎えたのは、国王ギルフォビオに他ならない。しかしいつもの王としての装いではなく、そこにあった姿に装飾が少なく、目立ちにくい装いだ。


「早速ですまないな、まずは座れ。報告を上げてもらおうか」

「はい、御前失礼致します」


 腰に帯びた武装を解いて、ギルフォビオに(うやうや)しく差し出した。その後、示された前の席に座ると、ルノは一呼吸置いてから口火を切った。


「二点ほど、急ぎお伝えしたいことがあります」

「ああ」

「一つ目は彼の地の王の事ですが、彼はカラムと名乗りました」


 端的に告げると、目に見えてギルフォビオの表情は曇った。


「カラム……よりにもよって厄災、か」

「厄災……ですか?」

「ああ。とても古い言葉だ。……あの者は、この地の古語に精通しているのか、あるいは森の王が元々そういう象徴という事……なのか?」


 一人言のように呟かれた王の言葉が続かない事を待ってから、ルノは反らしていた視線を戻した。


「まだ推測の域ではあるのですが、意見を申し上げても宜しいでしょうか」

「ああ、すまないな。構わん。気がついたことでも、何でも、お前の見たものが知りたい」

「では……」


 一つ息を吐いてから、ルノは真っ直ぐに王を見つめた。


「畏れ入りますが、彼はこの国の出ではないでしょうか。それもかなりの上流階級……貴人の出なのではないかと思います」


 ルノは即座に否定される可能性も考えていたが、ギルフォビオの反応は予測と異なっていた。「理由は」 と訊ねられて、自分を落ち着かせる為に、一つ頷く。


「一つは色彩。彼の赤銅の瞳は、突然変異か何かでない限り、貴人の方々に時折見られるものです。城下のものでも近隣諸侯のものでも、似た色はあれど、我が国の中枢に根付く色と同じものと思います」

「それだけか?」

「いえ。彼には知識もあります。衣類の知識、あるいは市民に出回ってはいない種類の石鹸の扱い方。それから……多くは痕が残っていましたが、その中でも適切な傷の塞ぎ方。……もしかしたら、森に踏み入る者を食らって、その者の知識を手に入れている、という話が、真なのかもしれません。ですが、そうでなかったとしたら、彼の所作(しょさ)には違和感がありません。その違和感がないことが、私はとても異質に思います」


 なるほど、と。彼の事を思い出しているのであろう姿は、少し遠くを眺めていた。すぐにルノに視線は戻される。


「ふむ、他には何かあるか?」

「はい。彼の顔立ちに、見覚えがありました」

「ほう?」

「すぐに該当する貴人の方々に心当たりがなかったものなので、警備に使われていた過去の貴人名鑑をお借りしました」


 こちらを、と。ずっと隣に置いていた分厚い紐綴じの本を、ルノは開いた。

 人の姿絵を集めたそれは、爵位や家系毎に分けられたものの一つである。その中でも、ルノが持ち出したのは、少し昔に使われていたものだ。

 開いたそこには、姿絵を集めたものの中にしては珍しい、写真を納めた家族の姿があった。


「……私が思うに、彼は過去に離散した、バスティーユ家に縁のある者ではないでしょうか」


 はっきりと告げると、ギルフォビオは推考するように目を閉じた。やがて腕を組むと、なるほどと深く息をつく。


「ですが……」


 その姿に、とても言いにくそうにルノは続けた。


「ただ、縁のあるものだとしたら、私が調べた限り、彼に該当する人物が居ないのです。それがとても不確かな要素でございまして……詳細を調べきれておらず、申し訳ありません」


 ふうと深く息をついた王の姿に、ルノは背筋を正した。


「いや、恐らくお前の予測は大きく的を外れていないだろう」


 背もたれに身体を預けたギルフォビオは、真っ直ぐにルノを見つめた。


「アレスベルト。七年前のバスティーユ家が離散したきっかけは覚えているか」

「ええ。……確か、当主の指示で、長兄が三男を被験体として過激な実験を行い、結果死なせたというものだったでしょうか。その事をきっかけに、他にも動物や土地、領民にまで行っていた実験の詳細が明るみになった、とか。発展のため、新しい発見のためとはいえ、それが余りにも道徳に反する事柄だった為に、当主及び嫡男(ちゃくなん)である長兄の打ち首、次兄と末の娘は貴族籍を剥奪して、娘は城下にて慎ましやかに暮らしていると、聞き及んでおります」

「ああ。他には?」

「それから確か、告発した次兄のバニエルは、件の事には関わっていない事と、家の責任を負う事から酌量の余地ありとして、今は禁書庫を牢代わりに粛々と刑に服し勤めている、でしたか。生憎御目にかかったことはございませんが」

「そうだな、相違ない」


 ギルフォビオは神妙に頷いた。

 腕を組んだまましばし口を紡ぐと、やがて自身に納得させるかのように頷いた。そこまで知っているならば、と溢したギルフォビオは一つまた吐息を溢した。


「ここから先は、今はまだ、私の憶測の話になるから他言無用だ」

「承知しております」


 念押しの言葉に、ルノもはっきりと頷く。


「この憶測を出すには情報が足りていなかったが、お前の観察を聞いて、一つの可能性が出てきた」

「如何様に」

「……信じがたい話にはなるが、恐らく彼の地の王――――森の王は、死んだとされていたバスティーユ家三男、エガリエル・バスティーユではなかろうか」

「まさか。実験を生き延びた、と言うことですか」


 ルノもにわかには信じがたい話ではあるが、彼の傷だらけの身体が実験によるものならば説明がついてしまう。知識は元々の、家系の素養として身に付けていたもの。だとしたら辻褄が合う。

 そう考えていたルノの思考を遮って、ギルフォビオは「もし……」 と呟く。


「もし彼が、エガリエル本人なのだとしたら」


 その表情は、酷く苦い。


「私は彼を守らなくてはならない。国民として、あるいは被害者として。バスティーユ家の好奇心のままに実験を行わせてしまっていた、その償いにはならないかもしれないが……」

「ですが、まだ彼がそうと決まった訳ではないのでは」

「解っている。彼がエガリエルだとしても、魔境から生まれた存在だとしても、どちらにせよ、彼は“あの森”を御す為に必要な存在であることに代わりはない」


 我が国の為にも、と溜め息と共に溢した王は、強く拳を握っていた。


「ルノ・アレスベルト騎士団長。現状、貴殿に任せきりで申し訳ないが、再度願おう。彼を守ってやって欲しい。彼の身、彼の命。個人的な贖罪(しょくざい)もあるのはそうだが、この国に、彼は必要な存在だ。それに、恐らく――――」


 言いかけて、言葉を切った。何かを躊躇う素振りを見せたギルフォビオは、やがて緩く頭を振った。

 とにかく頼む、と。まだ言うべきではない言葉を飲み込んだ姿に、ルノが追及する事はない。


「承知。彼の身柄、安全の保証を約束します。私自身が、あるいは私が側にいられない事態の時は、私の小飼が必ず付きますので、どうかご安心を」


 力強く頷いて見せたルノに、王は唇を引き結んで頷いた。


「しつこい様だが、くれぐれも頼んだぞ」

「はい、お任せを。……ならば、二点目を早急に申し上げます」


 眉尻を下げたギルフォビオは、安心した様子で微かに笑った。


「ああ、すまない。そうだったな」

「彼の食事の事なのですが、今朝方、彼宛に運ばれてきた食事は全て、毒に侵されておりました」

「なんだと!」


 ギルフォビオの安堵も一瞬の事で、椅子を蹴り倒す勢いで前のめりになった。


「ああ、いえ。彼の口には一切入っておりませんのでご安心を。彼には、私が目の前で調理して先に食べて見せたのですが……ついに食してはくれませんでした」

「そうか……」

「今は、持ち込まれた料理は研究塔に引き渡して、解析の依頼をしております」

「ああ、大事ないなら良かったが……。そうか、お前が手ずから作っても駄目か……。流石に国賓として扱うのが露骨すぎたか……?」


 疲れた様子で背もたれに身体を預けた、自問自答する姿に、ルノは問いかけた。


「料理長にも同じく通達を?」

「ああ、そうだな」


 何を今更と、言わんばかりの表情だった。


「左様でしたか。ならば厨房や給仕、もしかしたら侍女の方にも一度確認を入れた方がよいかもしれません」


 ルノの提案に、ギルフォビオは眉をひそめた。


「そうだな……無いものとは思いたいが、彼らの誰かが企みをしているとお前は言うのか?」

「もちろんその可能性はなくはありません。あまりにも用意周到な者の行いに思えましたので、特に気になってしまってしまいまして」

「どういうことだ?」

「彼の食事を運んで来たのは、給仕の見習いだったと報告を受けたのです。それも、小飼の記憶に残らない技量を持ったやり手でした」

「本来運ぶ予定だった者が、間者かなにかと入れ替わっていた、と?」

「おそらく。あえて見習いに扮したのは、狙われてる事を明らかにしたかったのか、あるいは別の意図があるのかは解りませんが」

「ふむ……差し置いておくには余りにも不安がある、か」


 何を何処まで洗えば、それは明らかになるだろうか。全貌の不透明さに、ギルフォビオは腕を組んだ。


「私としては、国賓として彼の地の王の周辺警備を固めきるよりも、まずは狙われてる根元を探るのがよいのではないかと考えます」

「……ああ、同感だな」

「そこで一つ、お願いがございます」

「言ってみろ」

「彼――――カラムとバニエルの対面の許可を頂けませんか」

「バニエルがエガリエルと認めるならそれもよし、バスティーユ家として彼の存在が不都合という動きを見せればそれもよし……か」

「ええ」


 同意に頷くルノを見つめたギルフォビオも、緩やかに頷く。


「いいだろう。明日、時間は追って知らせる。その時の動線と警備の配置はアレスベルトに一任しよう。書類を遣いに上げておけ」

「承知。ご配慮頂き感謝致します」

「いや、よい。こちらも助かった」

「身に余るお言葉です」


 ルノがはにかんでいると、一つ肩の荷が降りた様子のギルフォビオが、王ではない顔で訪ねた。


「訪ねてもいいか、アレスベルト」

「はい」

「彼とは仲良くなれそうか」


 投げ掛けられた言葉に、ああとルノは理解する。


「どうでしょう。しつこくすれば話してくれるのですが……警戒心が強いので、苦労はしそうです」

「はは、そうか」


 苦笑を浮かべた様子は、成長期の子を持つ父親のようで、ギルフォビオにとって、カラムの存在は子に等しいのかとルノは自然と理解した。その理由を訊ねたところで、答えてもらえるものではないだろう。


「報告でも必要なものでも、また何かあったら言ってくれ」

「御意。御前失礼致します」


 下がってよいと、手を挙げて合図したギルフォビオに、ルノは一度深く頭を下げて礼を取ると、差し出された剣を受け取った。


「そうだ、アレスベルト」

「はい」

「明日、森の調査団が組まれる。主な護衛は衛兵が勤めるが、もし熱火弓(ねつかきゅう)の射手に空きがあるなら少し回してくれまいか」

「そうですね……。では、第四騎士団のエリオに伝えておきます。足りますか?」

「十分だ」

「承知致しました。それでは」


 改めて失礼致しますと一礼を取り、入り口とは別の扉に向かう。

 くれぐれも頼んだぞ、と。追った声は国王のものだった。


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