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森の王と滅亡の国  作者: りと
森の王と滅亡の国
4/20

異変の予兆

 

「いい天気」


 日常は、夜明けと共に当たり前のように戻ってきたようだ。

 まだ城下は宴の余韻に浸っている頃だろう。警備の巡回ついでに遠目に見た市場は、いつもより人の流れがあったように見えた。


 三日に一度のシーツ交換の為に、井戸の側の洗い場に立ち寄り、フィリアは下女中(しもじょちゅう)たちの噂に耳を傾けた。

 噂の(もっぱ)らは、騎士団の手柄にバケモノの王の事、そして我らが団長の勇姿についてだ。


 当然、団長付きのフィリアを、彼女たちがタダで返す訳がない。赤褐色の瞳を輝かせた姿が、彼女の前に立ちはだかる。


「さって、吐いてもらうわよ、フィリア!」


 世話しなく手と口とを動かす彼女たちに紛れて、フィリアは壁際でこそこそと聞き耳を立てていた。存在感を限界まで消して、壁の花を勤めていた。

 だがあっさりと、腰に手を当て胸を張った姿に遮られて、小さくため息をこぼした。


 いつもならば息抜きも兼ねて話に乗るその姿も、今日ばかりは都合が悪かった。


「メイニー、だから今回は私付いていってないから、ルノ団長の勇姿も解らないよ……」


 フィリアよりも頭ひとつは小さい、お仕着せ姿の栗毛のその姿は聞くや否や、ソバカスの浮いた表情を怪訝に曇らせた。


「ええ? それじゃあアンタと仲良くしてる意味ないじゃない! 何の為の情報源よ」

「酷い言われようだなぁ。そう露骨に言われると、私も流石に傷つくよ……」

「あら、やっかみから貴女の身の回りのものを守ってあげてるんだから、それくらいいいじゃない」

「それにはとっても感謝してる」

「当然!」


 屈託なく笑った姿は、何か思い当たる節があったのか、気まずそうに口元を歪めた。


「……というか、稀代の団長様に認められてる貴女に限って、この程度の事で傷つくなんて思えないけどね」


 それまたどういう意味かとフィリアがひょいと眉をつり上げていると、メイニーはやれやれと首を振っただけだった。この事について、彼女も議論するつもりはないようだ。


「なら、あっちはどうなの? 魔物の王の方! 帰って来た団長様と一緒に居たなら、直に見る機会あったんでしょ?」


 矢継ぎ早に訪ねられて、流石のフィリアも苦笑いした。


「魔物じゃなくて森の王様だよ、メイニー」

「あら、人を食って襲ってくるような森なんだから、同じではなくて?」

「うーん、まあ、一応の訂正だよ」


 メイニーの表情を見る限り、彼女だけの認識という訳でもないのだろう。ならば必要以上に言うのも野暮(やぼ)かと諦めて、フィリアは小さく肩を竦めた。

 メイニーにとって、フィリアの反応は些細なことだった。


「それで、見られたの?」

「私は少し、ね。でもメイニーだって抜け出して見たんでしょ?」

「見たけど、あんなレース越しに何が解るのよ。だから聞きたいんじゃない!」


 よく見えなかったけど、なんかもっさりしてたからきっと見れた顔じゃないわね、と。予測を立てるメイニーに、フィリアは曖昧(あいまい)に笑った。


「昨日の今日で、団長が全部その件は預かってるから、あんまり私にも解らないんだ。また何か解ったら話すよ」


 今日はこの後の予定があるからと、やんわり断りを入れれば、流石のメイニーも引き留める事はしない。


「仕方ないわ。ただし、次はしっかり面白いもの聞かせて貰うわよ!」

「はいはい、またね」


 ひらひらと手を振って別れを告げると、絶対よ、と期待の籠った声が、フィリアの背中に念押しした。その熱意に感心してしまうと共に、何処まで期待に応えられるものかと苦笑してしまう。


 いつもであれば騎士団長の武勇伝としてあえて話すものも、今回ばかりは勝手が違う。団長直々に任された任務であるならば、恐らく機密扱いになる部分が、多くを占める事だろう。

 どうしたって頻繁に顔を合わすメイニーの追及を、次回からどうやってかわそうか、今から頭を悩ませてしまう。


 頭の片隅でそんな事を思いながら、足は自然と昨日出入りした塔へと向かう。

 恐らく騎士団長のルノは塔にいるだろう。果たして、自分が向かったところで何か手伝える事はあるのだろうかとは思う。

 だが、まずは日程の確認からしないことには始まらない以上、顔を出さない訳にもいかなかった。


 もう間もなくというところで、フィリアは通路で揉める二つの姿に気がついた。


 一つは詰め襟の制服姿で、恐らく給仕の見習いか。給仕に使う台車の側で、相手の勢いに困っているようだ。

 その給仕の見習いを困らせているのは、いずれかの警護の職につく者に違いない。しかし、フィリアにはその顔に見覚えはなかった。


 王付きの近衛兵(このえへい)に城を守る衛兵(えいへい)、ルノ率いる騎士団は主に森の脅威や外敵と戦うのに対し、市民を守るのは警備隊だ。神殿騎士とは戒律(かいりつ)上フィリアと反りが合わないが、その志には一目置くところもある。


 制服を見たところ衛兵のようだが、はてこの辺りに衛兵の手配はあっただろうか。記憶を掘り起こしてみるものの、心当たりはない。


 確かにこの場は騎士団に任された場所ではないものの、その近くで騒がれるのは、騎士団の管理不足と言われかねない。

 面倒事の予感しかしないけれども、立場が下の給仕見習いと目が合ったせいで、見過ごす選択が完全に失われた。

 しまったなと思ったのは、仕方がない。


「すみません、揉め事ですか?」


 あえて直接的に尋ねると、振り返った表情が目に見えて嫌そうに歪んだのは、やはり衛兵の方だった。フィリア=ローロリア、と歪めた口の中で彼女の名を呟いたのを、フィリアは聞き逃さなかった。


 どこの誰だか興味もないが不快に思いつつも、それを打ち消すように、誰かを彷彿とさせる笑みでにっこりと笑ってやる。


「今日はここらに衛兵の方の手配があると聞いてないですが、騎士団の管轄(かんかつ)に何か御用ですか?」


 それがかえって迫力を増していた。


「それとも急な手配の変更でも? でしたら直ぐに、宰相(さいしょう)様に確認して参りますので、所属と名前を頂けますか?」


 それほど大きな事にしたいのかと含ませて言えば、流石の相手も分の悪さを感じたらしい。隠そうともしていない舌打ちを残し、肩を怒らせ去って行った。


 顔の特徴、背格好を忘れないように見送り、絡まれていた姿へと目を移す。途端、慌てた様子でばっと頭を下げられた。


「申し訳ありません、フィリア様! ありがとうございます」


 年はフィリアと同じくらいだろうか。

 どこか頼り無さそうに、へにゃりと表情を崩した表情は平凡で、市勢に紛れれば全くと言っていいほど垢抜けない。手入れしているのだろうかと、疑いたくなるような少し伸びた癖っ毛が、好き勝手に跳ねた結果、表情を見えにくくしているせいもあるかもしれない。


「ええと、気にしなくていいですよ」


 フィリアは面食らって、気まずそうに頬をかいた。騎士団長付き侍従(じじゅう)でしかない自分が、まさか様付けさせると思っていなかったせいだ。

 話を変えるように、フィリアはワゴンに目を向けた。


「それで、これはどちらに?」

「あっ、こちらは赤木の塔にと頼まれまして」

「ああ、そしたら私が預かりますよ」


 気まずさから申し出れば、それこそ畏れ多いと(おのの)かれる。しかし、フィリアとしてもこの居たたまれない空気の中、彼と連れだって塔まで行くのは気が引けた。

 正直に言うと、むしろ嫌だった。


 擦った揉んだの末、やっとの思いでワゴンを受け取り、何度も頭を下げられながらその場を後にした。

 気疲れを感じながらも簡単に確認すると、国賓と言っていただけあって、おもてなしを意識したかのような、どれも美麗な皿に盛られているのだった。


 手探りのように、いくつも用意された種類の違うパンは、今朝の焼きたてだろうか。小麦の香ばしい香りが、バスケットから漂ってくる。

 三種のジャムに、バタークリーム。贅沢に並んだそれらと共に食べるのは、さぞ美味しいだろう。

 美しくカットされた色とりどりの果物に、ミルクの優しい香り立つポタージュスープ。葉物のサラダには、二種類ほどドレッシングが添えられていた。

 毎日手作りされる、爽やかな甘みが余韻を引くチーズと、城で一番人気の燻製ハムには、流石のフィリアも食い意地が少しばかり甘い囁きをしてくる。

 主に特別な日に奮われる事の多い料理長自慢のハムは、思い出すだけで口のなかに旨味が広がったように錯覚するほどだった。


 果たして、これがあの森の王の口に合うのだろうかと、ふと疑問にも思う。


 森にある恵みを普段食しているのだとすれば、きっとこれらは、彼が口にしてきていないものではないだろうか。得体の知れないものばかりでは、ただでさえ捕虜という心労があるところに、食の合わない精神的な疲労が加わるのは気の毒ではなかろうか。


 考えても仕方のない事ではあるが、気がついてしまった以上、そのまま気がつかないフリは出来ない。

 誰かに仕えるという意識を、フィリアは持たなかった事はない。それがルノでも、主ではないにしてもルノに頼まれた森の王でも、変わりはない事だ。

 様子を見て、進言するくらいは許されるだろう。


 決して、それを理由に少しばかりご相半にあずかれないだろうかと、それだけではない。自分の役割に集中しなくては、と、頭を振った。


 そういえば昨晩の食事はどうしたのだろう。早々に祝賀の宴に駆り出されていたフィリアは、その後彼の王が、どのように過ごしたのか知らない。更に言えば、その間騎士団長ルノが、どのように過ごしたのかも知らない。


 少しばかり気まずく思う。


 間違いなく、浮かれていた。長い間国の脅威とされていた、森の王を捕らえたせいだ。

 勿論、周りの者たちにも言えたことではあるが、自分の未熟を感じずにはいられなかった。気を引き締めなければと、気持ちを新たにせざるを得ない。


 赤木の塔の程近くに配備された、仲間の騎士団の姿数人が見られる頃には、先程の揉め事も嘘のようだ。横切る度に目線で挨拶すると、皆会釈を返し黙々と勤めている。

 そんな中、赤木の塔の扉前に立っていた背の高い姿だけは、手を上げて応えた。


「フィリア」


 表情の変化は乏しいものの、その表情はどこか嬉しそうに見えた。


「おはよう、レスラト。貴方が入り口の番だったんだね」

「おはよ。うん、そーみたい」


 褐色肌に白髪と、この地では全く見られない成りをした姿は、気だるげにひらひらと手を振っていた。その様子からは、まるで騎士の威厳や華やかさを感じさせない。


 実際フィリアが知る限り、レスラトが気だるそうにしている姿以外に見た覚えはない。瞳の色すら誰も知らないほど、いつも眠たそうにしており、食事時でさえ舟を漕ぐ事がある始末だ。


 “移民”と影で揶揄(やゆ)されている事から解る通りに、出自は国の外である。それ以外は不明だ。

 しかし騎士団の中でも、実力は上から数えられるほど確かなものなので、実力主義の騎士団では誰もが一目を置いている存在である。


 なるほど。思い返してみれば、ここまで来るまで見かけた団員たちも、彼の地の王の護衛をする事に、忌避感のない者たちばかりだった。

 ルノの配下は癖のある者が多い中でも、絶妙な采配だと舌を巻く。


 フィリアが押してきたワゴンに目を留め、レスラトは首を微かに傾けた。


「あれ、ごはん?」

「うん、そう。預かってきたんだけど、団長はまだいる?」

「んー…………まあいっか。うん、ずっといるよー。なんか書類とか本とか色々持ち込んでたから、あの王様に熱心に構ってるんじゃない?」


 一瞬だけ不思議そうに首を傾げてから、レスラトはひょいと肩を竦めて見せた。ありありと浮かぶ光景に、フィリアも苦笑をせざるを得ない。

 扉を開けるのに手を貸してくれたレスラトに、仕方ないねとフィリアも肩を竦めた。


「面倒見の良さが団長でもあるからね」

「んー……そうだね」


 締まりのない反応にいつもの事ながら呆れつつ、ありがとうと述べれば嬉しそうに表情が緩んでいた。


「じゃあ、また後で」

「うん、またね」


 軽い挨拶をしながらフィリアが首だけ振り返ると、先程自分がした時と同じように、ひらひらと手を振り扉を閉じる姿があった。

 そのまま真っ直ぐ進むと、すぐに視界は開ける。


「失礼致します」


 本来であればもっと早く言うべきだろうが、赤木の塔全体に響かせられる程の声量を、フィリアは持ち合わせていない。

 おまけに入り口入ってすぐにある応接間のテーブルと、張り出し窓に座る姿を見かけては、あえて騒ぐ必要もなかった。


 来訪者に気が付いていた騎士団長ルノと、程なく視線が合った。


「おはようございます団長、カラムさん」


 応接間の入り口で一度足を止めて礼を取ると、ルノは柔らかい表情のまま頷いた。


「おはよう、今日も早いね」


 窓辺に膝を立てて座る彼の地の王は、一瞬たりともこちらに目を向けることもない。仕方がないと思いつつ、改めてその姿を伺うと、フィリアは思わず目を見張った。


 ルノ以外の人の気配がそこにあったから、昨日の森の王だと認識した。しかしまじまじと見た今の彼は、それと解らないほど見違えていた。


 泥でも被ったような色は、然して変わりはないが、頭髪が整えられたことで表情が初めて解った。

 驚いたのが、彼の地の王が思っていた以上に若く見える事だろうか。フィリアほどではないにしても、随分と若い。かなり若く見られるルノと比べるよりも、どちらかと言うと、自分と年は変わらないのではないかと当たりをつけた。


 窓から射し込む日差しを楽しんでいるかのように、袖から覗く数珠枷も構わず右手を光に晒していた。表情こそは動いていないが、どこか落ち着いたように見えるのは、恐らく気のせいではない。


「ところでフィリア、それは?」


 正直に言うと、疑問が浮かぶままに問いかけをぶつけたい。しかし、答えてくれる見込みは全く無さそうだ。

 さらにフィリアの気を引くように、ルノは尋ねた。


「あ、はい。食事をお持ちしました」

「食事?」


 また不思議そうにされ、フィリアもいい加減おかしさに気がつく。手元の分厚い本を閉じてこちらにやって来た姿に、不安を感じずにはいられない。


「あの……ルノ団長……?」


 よくよく見ればルノが座っていたテーブルには一人分の空の皿と、一人分の手付かずのワンプレートが置いてある。まさかという思いに、ドームカバーの中身をまじまじと伺っているルノを、恐る恐る見上げた。

 テーブルから持ってきた銀の匙に、ルノはただ食事を掬う。


「うん、まあ予想通りだね」


 あっけらかんとルノは告げた。その表情は、何かを気にした様子はない。だが、彼の手にしている匙が目の前で黒くなっていく様に、フィリアはさっと血の気が引いた。


「っ……あ、も、申し訳ありません! そんな、私……私……そんな……」


 よもや運んでいた食事が、どれもかしこも毒に侵されていたとは思わなかった。


 しかし知らずとはいえ、預かって運んだ事は紛れもない。ルノが気がついていなければ、国賓という名の重要人物を、もしかしたら殺めてしまうところだった。


 その事実に、フィリアは頭を下げて冷や汗と肝の冷える感覚に、ただ震える事しか出来なかった。申し訳ありません、と、何度も何度も口にして、自分の愚かさをただ呪う。


「フィリア」


 静かな声が、やれやれと言わんばかりに告げた。


「反省はいいよ。さっきも言ったけど、予測できていた事だからね。それに、レスラトも解ってただろうに君を通しているから、反省するなら彼にもしてもらわないと」

「えっ……?」


 予測できていたという言葉に、停止していた思考回路が、少しずつまた動き始めたような気がした。


「ちなみに、これを運んでたのは誰か覚えてるかな?」

「運んでいた者、ですか……?」


 まだ鈍っている頭で、懸命に思い出す。自分でも、驚くほど視線が泳いでいるのが解った。


「給仕見習いの者が衛兵に絡まれていたので、それを助けまして……」

「給仕見習い、か。誰か覚えてる?」

「え、絡んでた方ではなくですか?」


 聞かれた内容が意外で、思わず目をしたたいた。


「うん。衛兵なんて僕らの事嫌ってるし、恐らく使われただけだよ。彼ら血の気が多いから、焚き付けるのは簡単だろうからね。それより、運んでいた方が気になるな」

「ええと……」


 給仕をしていた見習いの姿を思い浮かべて、フィリアは眉をしかめた。

 記憶力は悪い方ではない。もちろん、衛兵に多く注視していたとはいえ、助けた相手の事を忘れる筈がないのだ。だというのに、フィリアの中に印象が驚くほど残っていない。


「ええと……その……申し訳ありません」

「覚えてない?」

「…………はい。男、だったと思うのですが、今思えばそれすらも曖昧……です」

「うーん、フィリアでもか」


 考えるように手にした匙をくるくると回して、ルノは肩を落とした。


「となると、少々厄介だね」


 配備を代えないといけないかと、珍しくぼやく姿にフィリアの不安は一層増した。


「ああでも、ありがとうフィリア。お陰で予測は確信に変わったよ」


 にこっと笑ったルノの様子はいつも通りで、一連の事はルノに使われていたのかと理解する。その事実がフィリアを酷く安堵させた。


「……いかがされますか」

「うーん、そうだねぇ」


 ワゴンに匙を起き、テーブルの空の皿と資料を集めたルノは短く声を上げた。


「レスラト!」

「え、はい? 呼びました?」


 そうっと扉を開けた姿は、何故自分が呼ばれたのか解っていない様子でフィリアと顔を見合わせる。そのへにゃりと歪んだ口元は、フィリアを通したことについてだろかと、如何にも嫌そうだ。


 不意にルノはフィリアの表情を覗き込んだ。


()()()()フェ()()()()()()

「っ……」


 刹那、フィリアの焦点は遠くを見てた。二度、三度とまばたいて、どこか表情が抜け落ちたところでルノを見返した。


「…………おはよう、()殿()


 溌剌(はつらつ)とした様子はない。まだ少し寝ぼけたような声は、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


()が迷惑かけてごめんね?」


 こてんと首を傾げた姿は、悪びれた様子はない。

 それはルノも解っていた事なのだろう。言及すること無く、二人に向き合った。


「レスラト」

「はあい」

「フェリシアンナ」

「うん」


 改めて呼ばれた名に、空気がぴりりと張り詰める。事態はそれほど重いのだと、否応なしに知らしめる。


「二人に厳命だよ。僕が彼の側に居られない間、あるいは護衛に戻るまで、誰も側に近づけるな。王の名を語っても、絶対に。死なせるな。命を賭して彼を守れ。いいね?」

「了解」

「うん」

「フェリシアンナ、獲物はあるね」

「あるよ」


 先程うろたえていた姿はない。神妙に頷いたフィリア――――フェリシアンナは、上着の内に吊った短剣に手を添えた。


()もこれがないと、急に困ること理解してる。……それはいいんだけど、主殿。あんまあたしに殺させないでよね。()の事、これでも結構気にっているんだよ? 壊れたら、嫌なんだけど」

「知ってるよフェリシアンナ。でも君なら相手を生かしたまま捕らえられるって思ったから、頼んでいるんだよ」


 ぷくっと頬を膨らませていた姿は、ルノににこりと笑いかけられて、そわそわと足元に目をやった。期待されて満更でもない様子に、レスラトだけが呆れてわざとらしく首を振っていた。


「嬉しい。頑張る」


 照れた表情を誤魔化すように、フェリシアンナは不意にルノが開けていた皿に目を止めた。


「あ、こらフェリシアンナ」

「だいじょーぶだいじょーぶ、この程度の毒効かないよ」


 行儀悪くハムをつまんで、ぱくりと口にした姿に、ルノは呆れた。


「ああもう、僕はもう行くから。後は頼んだよ」


 このまま留まれば、つまみ食いが始まってしまう。それを危惧したルノは、さっさとワゴンを押して塔を出る。

 その背中を名残惜しそうに眺めているフェリシアンナの姿に、レスラトだけが呆れて肩を竦めていた。


「まーったく、君は久しぶりに会ったらいつもはしゃいで目障りだね」

「レスラト……」

「なに? 言い訳とか聞きたくな――――」

「したしびれた」

「は……?」


 ぽかんと口を開けたレスラトは、直後に苦い表情を浮かべた。


「ホントに、はしゃぎすぎでしょ」

「……ちょっと、ねる」

「それで何かあったらどうするつもりなのさ」

「そう、ならないように、する。……おやすみ」

「ただの馬鹿じゃないの」


 冷たく言い放った姿は、フィリアは可愛げあるのにね、と追い討ちをぼやく。


 そんな声を気にした様子もなく、フェリシアンナは部屋の隅に向かうと座り込んで小さくなった。間もなく、すやすやと寝息を立てていて、レスラトは一層天を仰いでいた。


「早速今、狙われたらどうするつもりなんだ?」


 その間、彼の地の王がこちらの一連のやり取りに、注意を向けることはついぞなかった。

 

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