表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の王と滅亡の国  作者: りと
森の王と滅亡の国
17/20

対峙

 

「さて、くだらねぇお喋りもここで終いだ」


 カラムは足を止めると、同じように木立の向こうに目をやった。

 火を貸してくれ、と。差し出された手にルノはカンテラを預けた。


 木立の向こう、左前方からは、せせらぐ水の音が聴こえてきた。そっと伺うと、開けた土地が広がっており、カラムが森の中で居住を構えていた一角だと解る。

 その空間の真ん中に、巨大な(うろ)を抱えた巨木があった。


「あのバカ……暴れやがったな……」


 その周りは随分と荒れていた。決して細い訳ではない、大の大人が三人手を繋いで手が届くか解らない程の太さのある大木が、なぎ倒されていたのだから。


 カラムは悩ましそうに眉間を揉むと、隣に向けて溜め息をついた。


「説得はしてみる。……だが、正直聞く耳を持つかは解らねぇ」


 あいつが何処まで憎悪に感情を動かしたのか解らないから。ぽつと呟いた声には、悔しさが滲んでいた。

 カラムは緩く頭を振ると、もう目は反らさないと顔を上げた。


「身の危険を感じるようなら、戦ってくれて構わない」

「そうなると、命の取り合いになるよ。……彼に、命って概念があるのか解らないけど」

「だろうな。まあ、解らないのも仕方ない。俺にも解らない。だからこそ理想は宥めるか、俺があいつの器をより分け――――と、気付かれたな」


 ざわ、と。風もないのに空気が揺れていた。眠りについていた獰猛な何かが目を覚まし、息を潜めているみたいだ。

 緊張感が高まったせいか、居心地が悪そうに枝葉がかさかさと小さく鳴る。


 ここに居ろ、と。カラムは身ぶりで示した。どうするつもりなのかとルノが目線で訴えるが、ただ反らされただけだった。



「こそこそとそこで何をしている」



 聞こえたのは、苛立ちを押さえたような静かな声だった。それでいて、敵意の籠った硬質なものだった。

 ルノがそっと木立の向こうを伺うと、巨木の麓にて倒木に腰掛け、足を組んだ姿があった。いつの間にそこに居たのかなんて、考える余裕もない。


 枯れ草のような頭髪に、まだ若そうに見えているにも関わらず、生身で飢えた猛獣を前にしたような威圧感に間違いようが無い。一度無防備なところに直面して恐怖した、()の“厄災”の姿が、そこにはあった。

 ルノがはっと息をついたのは、完全に無意識だった。以前よりはと言えど、緊張感が拭えない。


「セラン、俺だ」


 だが、カラムの受け答えは至って気負った様子もなかった。

 ずかずかと下草を踏み分けその元に向かうと、相手は眩しそうに目を細めたような気がした。


「……エ……ガ? 本当に……?!」


 信じられないと言わんばかりに、驚愕して目を見開いていたのは一瞬の事だった。青年は、幼い子供がそうするように、倒木から転がり落ちるように駆けてきた。


 余りにも必死な様子に、流石のカラムも苦笑した。

 成りは大きくなっても、自分の知っているセランと代わり無いのだと、どこか安堵したのか肩の力が抜けたようだった。


「エガ……エガ!」


 飛んできた姿を抱き止めようと、邪魔になるカンテラは地に置いて、腕を開けた。途端、カラムが想像していたよりも、強い衝撃にわずかによろけていた。


「エガ、本当に? 幻じゃない?」


 必死にすがり付く姿に負けないように、安心させるように。カラムは決して見せなかった笑みを自然と浮かべていた。


「ああ、俺だ。心配かけて悪かった」

「本当に本当に、心配した! もう戻って来ないんじゃないかって! 不安で、怖くて」

「ちょ、待てセラン。重い。お前でかくなった図体考えろ」

「あ……ごめん。嬉しくて、つい」


 あまりにもすがるから、流石のカラムも堪えかねた。倒れるぎりぎりの所でその身体を押しやると、今気がついたと言わんばかりに押す力を緩めていた。


「本当に、良かった」


 それでもセランは決して離れようとはしなかった。抱きついたまま、花を咲かせるように笑った。その表情からは、騎士団のもの達を威圧していたものと同一だとは、到底想像がつかない。


「……お前、何人食って成長した?」

「ああこの身体ね、便利だろう?」


 思わず訪ねたカラムに、セランはあくまで楽しそうに肩を竦めた。


「汚らわしい奴らがやってきたんだ。無遠慮で、浅ましくて。大切なボクたちの家を壊しに来たんだ。だから奴らを追い払わないとと思って、やつらをひとつ潰す度に、どんどん力が沸いてきたんだ」


 だからこれからは、エガに守られるだけじゃない。そう心から嬉しそうに笑うセランに、悪意はなかった。


「でもね、エガを取り戻すためには、あいつらを一個ずつ潰すだけじゃ足りないって気がついたんだ」

「……どういう事だ」

「別に知りたかった訳じゃないけど、森の外にはあの汚らわしい奴らが沢山いるって解ってしまった。本当に、不愉快で、全く知りたくも無かったけど。でも、虫が沸いてくる場所を潰さないと家に入ってくるみたいに、あいつらもまた同じなら、巣を潰さないとって思ったんだ」


 だから、と。内緒事を打ち明けるように、セランはくすくすと笑った。


「あそこを徹底的に壊そうと思ってね、さっき準備していたんだ。エガを見つけたあともね、ずっと、ずっと。あいつらの巣が思っていたより広かったから、結構大変だったんだ。あとは夜明けを待てば、それでおしまい。むしろ、今からちょっと無理してでも始めていいかも。エガも戻ったし、道をわざわざ作ってあんなところに繋ぐ必要もない。こんな素敵な事はないよ」


 ねえ、誉めてくれるでしょう? 今度は力加減をして抱きついてきた姿を、カラムは無下にはしなかった。だが、歓迎をすることも出来なかった。

 きちんと話し合わなければいけないと、否応なしにカラムは感じた。


「セラン、ちょっと聞――――」

「ねえエガ。教えてよ」


 しかし、エガの言葉は聞きたくない。そう言わんばかりにセランは訪ねた。


「どうしてあの時、ボクにやらせてくれなかったの。そしたらあんな人間達に、エガが連れて行かれる事だってなかったはずだったのに」

「セラン聞け。あの時は、あいつらと戦う必要が無くて――――」

「ねえ。どうしてボクを置いて行ったの。いつも側に居てくれるって言ったのに」


 肩に顔を埋める姿に、カラムは返答を躊躇った。どう伝えたら納得するのか、迷ってしまった。

 その一瞬の躊躇いに、セランの腕に力が籠る。


「エガ、それとも。()()()あいつに(たぶら)かされたとでも言うの?」

「は? いや違……」


 刹那、ざわと空気が冷えきった。否定の言葉も聞きたくないと言わんばかりに、セランはその腕の力を強めて、慌てたカラムを離さなかった。


「聞きたくない。いや、答えなくても大丈夫だよ。ボクがちゃんと解っているから。助けるからとか、和解しようとか。適当な事を言われたんでしょ?」


 大丈夫。今度こそボクが全部やるから。

 心から嬉しそうに笑うセランは、漸くその腕を離した。


「だから、エガは()()で見ていて。ボクがもう、エガに守られるだけじゃないんだって。ちゃんと見ていて?」

「待てセラン!」


 慌てて離れようとする姿を、カラムは掴まえようとした。

 しかし、それは叶わなかった。いつの間にかカラムは、セランと入れ換わるように、幾重にも蔦に絡め取られていたせいだ。


「止せって、セラン! くそっ、離せ!」

「ちょっと離れていてエガ。ここは危ないし、万が一怪我なんてさせたくないんだ」


 慌てるカラムに構わずに、セランは巨木の方を指した。するりと意を組んだ蔦が、絡めとったカラムごとそちらに動く。

 カラムがどんなに離せと指示を出したところで、まるでそっぽを向かれたみたいに言うことを聞かなかった。


「ごめんね、エガ。その蔦にはエガの言うことを絶対に聞かないでって、きつくお願いしてあるから、エガにはほどく事は出来ないよ。代わりにすぐに済ませるから、待っていて」

「待……この、セラン!」


 カラムの呼び掛けはただ、空しく響く。

 セランが少しだけ申し訳なさそうにしていたのも、束の間だった。カラムに背を向けた姿は既に、表情をなくしていた。


「さあ、人間。まさかお前一人でボクに挑もうなんてね。本当に愚かだね。それとも舐めているのか。せめて頭数があれば、もしかしたら希望はあったかもしれないのに」


 冷たく言い放った姿は、真っ直ぐにルノの隠れていた場所を睨み付けていた。


 仕方ないか、と、一つ息をついてルノは前に出た。


「別に、君の事を(あなど)っている訳ではないよ。ただ仲間がいると、彼らの身の危険が気になってしまってね。一人の方が気楽なんだ」


 緩やかに首を振った姿に、緊張や恐れは感じさせない。

 実際、ルノの心は落ち着いていた。何も知らない化け物に、不意を突かれて萎縮したあの時とは違う。


「僕はルノ。ルノ・アレスベルト。王国騎士団の騎士団長を勤めている」


 丁寧に名乗り、胸に拳を添えて騎士の礼を取った。


 セランの事は、カラムに聞いた。正体を知った。親を求める迷子とそう変わらないと感じてしまった。

 厄災と呼ばれる存在で、人間を憎んでいる。否、憎むように自分達の手で仕向けてしまった。

 そして彼をどうにかしない事に、国を守る手だてはないと。そう確信してしまった。


 ならば、と。

 人を傷つける為に決して抜かない剣を、外界の敵を打ち払う純灼鉄鋼(じゅんしゃくてっこう)の剣を、すらりと抜いた。微かに赤みを帯びた刀身が、カンテラの灯りに艶めいていた。


「僕は、君を止められる唯一だよ。自慢じゃないけど、僕は誰よりも強いから」

「ほざけろよ」

「まさか。僕は本気さ」


 ルノは小首を傾げて不適に笑うと、祈りを捧げるように目を伏せ構えた。鋭く息を吸い込んで、呼吸を整える。

 セランを見据えた眼差しには、確かな自信と力強さが兼ね備わっていた。


「いくよ」


 ルノは強く地を蹴った。僅かに堆積した落ち葉も、苔むした岩も、足元の滑りやすさなんて関係ない。一息でセランの目前まで迫ると、右上から片手で切りかかった。

 セランの視線は、はっきりとルノの動きを捉えていた。反射的に腕を盾にした動きに合わせて、切りかかった剣を受けようと、蔓が同じようにその前を遮った。

 しかし、蔓に剣の衝撃すらなかった。


「ぐっ……!」


 それどころか、左から飛んできた回し蹴りに胴をやられて、セランの身体は吹き飛ばされた。


「くそっ」

「こちらだよ」


 即座に起き上がったセランは、先の場所を睨みつけるが、そこにルノの姿はない。鋭い突きを繰り出そうとするルノの剣が、既に目前で、カンテラの明かりを受けてぎらりと光を放っていた。


「舐めるなぁ!」


 苛立った声に呼応して、即座に地が盛り上がった。否、恐ろしい速度で木の根の槍が、ルノの行く手を阻み、串刺そうとしていた。

 ルノはそれに反応して後ろに飛び退くと、ふむと唸った。


「痛みが君にあるのか解らないけれど、蹴った感触は人と変わらないな。反撃手段も君が認知してから、か。まあ、反撃されるとどこから来るのか解らないけれども……別に、恐れる相手ではないね」


 感触、反応。ルノはつぶさに伺って、制圧する手だてを考えた。


 決してセランから目を離さずに、切っ先は外さずに。どうにか森の妨害を避けながら取り押さえる方法はないものかと、僅かに首を傾げる。


 それからと、ちらりと奥を伺った。自分がどうにかするよりも、囚われたカラムに一役買ってもらうのがいいのではと、先程の話に薄々ルノも気がついていた。


「それにしても、君の反応は随分と人間臭いな。もしかして、君が取り込んだって言う人たちの影響なのかな?」

「黙れ」


 ()()掴みかかって来た姿を、半歩身を引くだけで避けたルノは、期待ハズレだなあと呟き煽った。


「まさか、君がこれしきとは言わないね?」

「黙れよ」


 かかってきなよ。その言葉に乗せられるままに向かって来ようとしたセランは、途端、何かに気がついた様子で、スッと目を細めた。直後、ああと冷ややかに笑う。


「ああ。そうか。危ない危ない。本当に人間ってやつは狡猾だね」

「なんの事かな?」


 首をことりと傾げたルノと、遠くのカラムにちらりと目を向けセランは吐き捨てた。


「ボクをエガから引き離して、またエガを拐おうって言うんだろう? 浅ましい。思い通りになんかはさせない」


 いつの間に、自分とルノの立ち位置が入れ代わっているのだと、言わんばかりだった。ルノに誘われるままに向かっていたら、セランは確実に、カラムから離れていただろう。


「ハハッ! ならもっと本気でおいで。でないと、僕が拐ってしまうかもよ?」


 にこりと笑ってみせたルノに、セランは苛立ちを隠そうともせず睨み返した。


「ふん、お前にはこっちの方がお似合いだよ」


 セランが吐き捨てるように告げ地を指すと、再び地面が隆起した。それはみるみる内に、人あるいは四足の獣の形をとっていた。その数およそ十基ほど。


「おっと、これはちょっと意外だな」


 取り囲まれてもルノの飄々とした様子は変わらない。かかっておいでと手招きした姿に、それらは誘われて躍りかかっていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ