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森の王と滅亡の国  作者: りと
森の王と滅亡の国
15/20

兄と弟

 

 寄りたい場所がある、と。カラムは告げた。


「寄りたい場所?」

「確かめたい事がある」


 ルノが訪ねると、端的に返ってきた。


「……君、今までわざと無視していたね?」


 思わずそんな事を口にすれば、目的を持って歩く隣にふんと鼻で笑われた。


「さあ。どうでもいい事しか聞こえなかった覚えしかねえし、質問に答えないといけないなんて、そもそも言われなかったからな」

「感じ悪いね」

「何を今更」


 無駄口叩くなら他所行けと、ぼやくカラムにルノは苦笑した。だがその表情は、差し迫った状況に関わらず、どこか嬉しそうにも見える。


「じゃあついでに聞くけど、君が頑なに食事を取らなかったのは、一度死んだ影響で必要としてなかったからかい?」

「てめぇと共に食う飯はない」

「うーん、切ないな」


 カラムが向かったのは、先も訪れた城の書庫だった。その頃にはルノも目的地を理解していて、特に何かを言うことはなかった。


「あ、待って」


 ルノの静止も空しく、ノックもなくカラムが扉を開け放つと、驚いた様子でネヒトがこちらを振り返った。


「騎士団長殿? ええと、これは一体……?」


 戸惑った様子でルノとカラムを見やりながら、慌てて出迎えた彼に、ルノはなんと説明したものか迷い頬かいた。


「すみません、ネヒト管理長。実は――――」


 簡潔にどう説明しようと考えあぐねていたら、カラムは前に出ようとした姿を押しやった。まごついている姿の前にくると、一つ、また指を鳴らす。


「ちょっと寝てろ」


 すると、甘い香りと共にネヒトの意識を刈り取った。


「え」


 カラムは倒れる前に適当にネヒトを床に転がすと、腰に帯びた鍵の束を物色した。


「え、いやちょっとカラム? 君、何したの?!」


 目的のものを見つけると、淡々と奥を目指す姿をルノは慌てて追いかけた。

 まさか死んでないよね、と。恐る恐る訪ねたルノを、カラムはただ鼻で笑った。


「何って。ちょっと緊張を緩めて安らぐ香りを強めに嗅がせただけで、眠ってるだけだ」

「……それ、もしかしてレスラトにもやったね?」

「さあ、覚えてねえ」

「……道理で。いつも眠たそうにしてても寝ない彼が、人の気配があんなにもあるにも関わらずに、ぐっすり寝ていると思ったよ……」


 厄介な力を持っていたんだね、と。じとりと視線を向けられても、当人は素知らぬ顔をするばかりだ。


 カラムは檻の扉を開け放つと、真っ直ぐに向かっていく。ルノはただ、そのあとを大人しく追っていった。

 目的の人物は、すぐにいた。


「おや。思っていたより、早いお出ましだったね」


 じゃらりと鎖が響き、テーブルの向こうから顔をのぞかせたバニエルは微笑んだ。ランプの明かりが、彼が立ち上がったのに合わせて揺れる。


「あんたに聞きたい事がある」

「ふふ。頼ってくれるなんて嬉しいな、エル」


 そして、その背後にあるルノの姿にバニエルは首を傾げた。足元の鎖をじゃらつかせながら、腕を組む。


「あれ、騎士団長様。もしかして貴方の差し金ですか? だとしたら、私に答えられるものはありませんね」


 ルノの姿に不機嫌そうに声色を落とした姿に、ルノは慌てた。


「あ、いえ……」

「こいつは関係ない」


 そんなルノを遮って、カラムはきっぱりと言い放つ。


「あんたの好みとかどうでもいいから、俺はあんたの意見が聞きたいんだよ」

「森の事かな」

「話が早い」

「ネヒトがさっき騒いでたからね。森が攻めてきただの、戦火でここに火の手が回るのは困るだの」


 燃えたら燃えたで、書物なんて残ってても仕方ないだろうにね、と。くすくす笑う声には、バカにしたような刺さえもが含まれていた。

 それに同調するカラムでもない。


「あっそ。そんなことはどうでもいい。あんたなら、厄災の静め方に心当たりはあったりしないか」

「厄災、ね。うーん……そうだねぇ」


 腕を組んで僅かに首を傾げた後に、バニエルの視線は返ってきた。


「と、言ってもエル? 正直言って、過去の知識が今の君たちに役に立つとは思えないよ。君の事だ。どうせそもそも、森人(プランクルス)に知識を積極的に与えていたんじゃないのかい?」


 バニエルの苦笑に、カラムは微かに片眉をつっただけで答えなかった。だがその沈黙が、何よりも事実を肯定している。


「木々の処分は伐倒、焼却が基本だ。造園と一緒さ。まあ、厄災に焼却が効果的かどうかは怪しいところだけども。植物とはまた違う存在な訳だしね」


 ひょいと肩を竦めた姿は、近くに積んでいた書籍の山に体重を預けて腰かけた。


「でも、そう言うことを聞きたい訳じゃないんだろう? ならば器を壊すしかないんじゃないかな。他者から奪った知識を、血肉を、栄養を吸って蓄えているという、そのものを」


 実在しているのかは私には解らないけどね。そう肩を竦めたバニエルに、カラムは完全に眉をひそめた。


「例えばそれで、あいつは無事で済むのか」

「“無事”の定義にもよるなあ。流石に全く同じように戻るとは思えないね。でも、何かしらが残りはするだろう。挿し木で次世代を繋ぐ事が出来る植物と、そこは多分一緒さ」

「……そうか」


 やはり、と。カラム自身も同じ結論を出していたからなのだろう。ならやる事は一つだと、呟いた声はどこか決意を感じさせた。


「俺は行く。……ありがとう、バニエル」

「ふふ、可愛い弟の為ならお安いご用さ」


 ひらひらと愛想よく手を振ったバニエルは、本当に頼られた事が嬉しいのだろう。願わくば元気でと、笑っていた。それにただ、カラムは深く首肯する。


「あの、バニエル殿」


 そんな彼の姿に、ルノは躊躇いながら訪ねた。


「……なんだい? せっかくいい気分だったのに。王の犬である君と話す事はないのだけど」


 案の定の反応に、思わず苦笑してしまう。


「私と話したくない気持ちは解りますが、貴方の死活問題ですので、どうか聞いていただけると」

「ふむ……別に興味はないけど。まあ、聞こうか」

「現状、城が森に襲われている今、牢から出られない貴方が危険に晒される恐れがある。追ってここから出て避難できるように手配するので、暫しお待ち頂きたい」

「ああ……」


 そんなことか、と。本当に下らないとまで言い放ったバニエルに、嫌われたものだとルノは反論だけはぐっと堪えた。


「折角です。お優しい騎士団長様に免じて伝えましょうか」


 バニエルは手を後ろに回して、ぐっと首輪を引っ張って見せた。途端、いとも簡単に首輪は外れた。


「生憎、暇な時間が多かったものでしたから。観察ついでに()()を分解して遊んでいたのですが、どうやら壊してしまってね?」


 こんなところに希少本がこれでもかと取り揃えていなかったら、とっくにどこかに行ってましたよ、と。

 足の鎖も外して見せ、告げたそんな皮肉に、ルノも流石に頬がひきつった。


「それ……確か城の研究者達が考案した最新鋭の(かせ)でしたよね?」

「へえ、そうでしたか。てっきり運動が足りなくなる私へ、運動力向上の配慮だと思ってました。まあ、()()()()()脆弱過ぎる構造だったんじゃないですか?」

「……後日参考までに研究者に伝えておきます」

「はは、期待しておきましょう。私には関係ないですけど」


 バニエルはもう、ルノと会話する気もないのだろう。カラムに目を向けると、小首をかしげてふわりと笑った。


「行っておいで、エル。時間は限られているよ」

「ああ。……精々元気で」

「ま、ぼちぼち過ごすさ」


 それっきり、カラムは牢の鍵を投げ渡すと、振り返る事はしなかった。

 僕がいるにも関わらずに堂々とそう言うことしないでもらえるかな、と。苦言を申したルノの言葉は黙殺された。



 城に最早用はない。そう言わんばかりに正面の城門を目指そうとしたカラムを、今度はルノが先導した。

 だが道中、城から脱出する手助けに何も感じていなかったルノも、思わず苦笑と溜め息が漏れ出てしまう。


「まさか枷を壊してしまっていたとはね……」

「ハッ。アホくさ」


 ぽつと呟いた言葉は、即座に後ろに笑われる。


「罪を償う為だけに、大人しくする殊勝な性格してる奴がいる訳がないだろ」


 何を当たり前の事を言っているんだ、と。ばっさり言い放ったのは、紛れもない本心だろう。

 確かにその通りだ、と。ルノも肩を竦め肯定した。


「それにしても、君の助けたい彼を救う手だてに、心当たりがあったんだね。てっきり力ずくで僕が止めればいいものだと思っていたよ」

「別に。その手もなくはないが、もっといい方法を、昔見かけただけだ」

「あそこにはバスティーユ家の蔵書もあっただろうから、そちらを見た方が早かったんじゃないかい?」

「ハッ、あほか。覚えている内容についてわざわざ調べる必要あるかよ。文献読み漁って解るなら、わざわざあいつ(バニエル)の考えを聞きに行ったりしねーよ」


 その答えは、ルノにとって意外だった。


「あれ、学問は嫌いなんじゃなかったけ?」


 おいおい誰に聞いたんだか、と。呆れた様子でカラムはぼやいた。


「ああ、死ぬほど嫌いだね。知識欲を満たす事は好きだが、それを何かに役立てろって、騒ぎ出す奴等ばかりで反吐が出る。どうせ歯向かう体力もなかったしな。何故、何も成さない知識をつけるだけが、悪いって言うんだ」


 やりたい事、知りたい事を、やりたいままに望むのは当然だろう、と。バカな事を聞くなと(なじ)られ、ルノはまた苦笑した。


「そう、だね。全く、その通りだと思うよ」


 ままならない事ばかりさ。そう肩を竦めたかと思うと、ルノはふと足を止めて振り返った。


「でもだからこそ、僕はままならないなりに、ずっとずっと足掻き続けてやろうって思っているんだ」


 まだ道半ばだけどね、と。おどけたものの、それが心からの言葉だとカラムにも解った。


「……ああ。全くその通りだ」


 唸るような返答は、自分にもまさにそれがあるから。“それ”を口に出したくなくて、必要以上の無駄口を叩こうとはしなかった。

 ただひたすら、彼らは足を運ぶ。


「ああ、そういえばカラム。君は馬には乗れるのかい?」


 ようやく(うまや)が見えた所で、ルノは思いだしたように振り返った。だが、ここに来て目を反らされ得た沈黙が、何よりも如実に語っていた。


「あー、まあ。構わないよ」


 ルノも余計な事を聞いてしまったと、この時ばかりは気まずく思った。

 

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