序章 凱旋
その日、森の王は捕らえられた。
命を支える恵みの森にして、外からやってくるヒトを拒み命を奪うという森の、王が。優秀な騎士団によって。
そんなバケモノの王が、やっと捕らえられた。
これでやっと、皆が安心して暮らせる。安全に、森の恵みを得られる。
一体どんな異形のバケモノかと思っていた。どんなバケモノが、『私たちの森』にずっと住み着いていたのかと。
騎士団が凱旋する。大通りには誰もが集まり、騎士団の勇姿とおぞましい異形の王の姿を見ようとした。
ファンファーレが先陣を切る。
騎士団の団員達は、隊を成した馬の上から誇らしそうに手を振った。その度に、高らかな楽器の音さえかき消える程に歓声がわく。
そうして隊は半分を過ぎ、一層歓声が上がる。騎士団の団長にして、今回の最大の功労者を乗せる白馬がやってきた。
どこかこの騒ぎに困っている様子のまだ若い団長は、眉尻を落として苦笑しているようだ。それでも、観衆に小さく手を上げ答えていた。
そして、その白馬に続くのは。
この日の為に二頭立ての馬車につけられた檻に、そのバケモノの姿はあった。その姿を見たものは、誰もが息を飲んだものだ。
そこには、枯れ葉の山がうずくまっているのかと思った。異形のバケモノは、ヒトの姿をしていたのだ。
でも、きっと。私たちとは違うに違いない。
どうしたら、あんな泥でもかぶった髪の色になるのだろう。きっと手入れもしていない。ぼさぼさに好き放題に伸びた頭髪は、わずかに鼻筋が見える程度だ。
どうしたら、死体みたいな肌の色になるのだろう。縛り上げられた左腕は、一度も日を浴びたことがないみたいに白い。きっと、私たちのような血も流れてないに違いない。
見えたのは、それだけ。
薄いベールのかけられた檻の中は、正直言うとあまり見えない。よく目を凝らして、ふわりと吹いた風にベールが煽られた拍子に、やっとそれらが解ったくらいだ。せっかくの『捕獲物』なのにそれを誇示しようともしないなんて、やはり、団長は慎ましやか過ぎると思う。
団長とバケモノの王を閉じ込めた檻が過ぎ去ってから、ハッとした。
まだ周囲は興奮冷めやらない。パレードを追う人々も多いくらいだ。きっとここから、国を上げて大宴会が始まるだろう。
城では騎士団皆を労う会食が行われる予定だった。パレードよりも先に城へ、出迎えを間に合わせなくては。
見物気分もここまでで、私は慌てて人混みを抜けて城を目指した。