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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

after pandemic

作者: レイチェル大尉

(ちっ)

 野中は、心のなかで舌打ちをした。目の前には野卑た笑いを浮かべるごつい男が仲間を連れて近づきつつあった。

 気づいたせいで男たちは歩みを止めた。手にはそれぞれに得物を持っている。

「よう」

 リーダー格の男が声をかけてきた。「いいとこだな」

「まあね」

 周囲に素早く視線を這わせる。目の前にいる奴ら以外に迂回させた仲間はいなさそうだった。最も迂回されるような場所には座っていなかった。

 ずっと離れたところに数人の女がいる。

「どうだい、ここを出ていってくれないか?」

 出て行けとは言っているが、生きてという意味ではなさそうだった。話し合いとか脅しとか聞き入れそうになかった。

「嫌だと言ったら?」

 背を向けながら野中は言った。

「勝てるとでも?こっちは…」

 男の言葉が振り向いた野中を見て止まった。「そんな脅しが…」

 ズドンッ

 野中は言葉を挟まずに振り向くなりショットガンを発泡した。熊用の散弾が男の腹を中心にヒットして後方に吹き飛ばす。直ぐ側に立っていた男にも命中し「ヒィィいっ」と獣のような悲鳴をあげて尻餅をつく。4対1で絶対と思っていた男たちの崩壊だった。

「野郎!」

 生き残った男が棍棒を振り上げようとするがそれより早く野中は無造作にショットガンの第2射を発砲した。胸部にヒットして声にならない声を吐き出させて絶命させる。残った一人が逃げ出そうとするがいくらも進まないうちに背中のど真ん中を射抜かれて勢いよく前方に転がった。

 リーダーのそばに立っていた男が瀕死にも関わらず命乞いするが、もとより聞く気はなかった。山刀を抜くと無造作に首筋に打ち下ろした。

「ぅぅううう」

 腹に喰らって呻くだけになったリーダーの男がこちらに視線だけを向ける。

「昔のテレビの見過ぎだよ、あんた」

 ドンと山刀を打ち下ろして虫の息になっていた男の息の根を止めた。男たちは、御託を並べる前に一斉に襲いかかっているべきだったのだ。圧倒的有利を確信したことによって生み出された油断が命取りだった。

 視線をあげると女達は、姿を消していた。

「厄介なことにならなけりゃあいいが…」

 野中は、女達が姿を消したであろう方向を見ながらひとりごちた。

 人はもう共存できなくなってしまったのだ。


 その兆候は、既に何年も前から見られていた。警鐘を鳴らすものもいたが、経済の成り行きにしか興味を示さない現代人はほとんどそれを無視した。

 1つには、エボラ出血熱の流行だ。アフリカの奥地で見つかったその致死率の高い感染症は、治療薬が開発されたとか言われながら全く収束する気配が見られなかった。また、病原性の高いインフルエンザが頻発し始めたのもこの頃だ。SARSが流行ったのはもう少し前か?これらはウイルス性の疾患だ。それに加えて抗生物質の効かない多剤耐性菌による死者が癌による死者を数十年後には超えるだろうとも言われていた。

 だが、そんなことを真剣に危機感として捉えるものはほとんどいなかった。

 そんなことよりかは、温暖化や年々被害の程度が大きくなる自然災害のほうがよほど直接的で心配されていた。もしくは、いつ起こるかわからない地震。

 誰も、目の前にいるのに見えない脅威に注意を払わなかった。


 ことが一番初めに起こったのはヨーロッパだった。アフリカから流れ込んだ避難民から伝播し始めたエボラ出血熱が局地的に流行した。もちろん、それ自体もパニックだったがそこに折り悪くインフルエンザが被ってきた。避難民たちが集まっているところはお世辞にも衛生状態がいいとは言い難かった。栄養状態も悪く体力も落ちていた。ヨーロッパの気温は彼らには十分低かった。複数の要因が引き起こす免疫力の低下は、それらの感染症が小規模なパンデミックを起こすには十分だった。

 それは傲慢な人類に神が与えた試練だったのかもしれない。エボラウイルスとインフルエンザウイルスとが交雑したのだ。それぞれのRNAが交雑し1つの新しい形質を示すウイルスとなったとき、それはエボラを凌駕する致死率とインフルエンザと同等の強い飛沫感染力を獲得した驚異的な新型ウイルスとなった。

 その症状は最初は緩徐な咳で始まり、それが急激に激しい咳となり、最終的には気道からの出血を起こし呼吸不全となって死亡するというものだった。その致死率は、90%を軽く超えると言われた。

 初期に十分練られた対策を行ったなら封じ込めることも可能だったかもしれなかった。しかし、安易な警察力を使ってのアフリカ難民を中心とした患者を封殺しようとした結果、偶発的な発砲事件を呼び、難民たちは暴徒と化し離散し潜伏した。

 その結果、この新型で凶悪なウイルスは極めて短期間でヨーロッパを席巻することになった。ヨーロッパからの渡航者を受け入れないという政策が各国で承認される頃には殆どの国で第1号患者が発見されていた。

 インフルエンザよりやや長く、エボラより短い潜伏期間を得た新型ウイルスはその後の1ヶ月あまりで地球規模のパンデミックを引き起こした。

 まず、犠牲になったのは矢面に立った医師や医療機関の人間だった。驚異的な致死率を持った治療薬もなく予防方法もないウイルスに対し十分な予備知識がないままの状態で接することになった彼らは瞬く間に罹患し、死んでいった。医療機関に殺到した患者は、それが本当の新型ウイルスに罹患した患者であろうとなかろうと混在することによってさらに罹患者を増やす結果となった。治療が不可能な感染症であるとメディアがたとえ喧伝しようとも患者が向かう先は医療機関しかなかった。診療設備な不十分な施設であろうとなかろうと人々は医療機関に向かった。皮肉なことに医療機関が初期の感染拡大ポイントとなった。

 新型ウイルスにさらされ続けた医療従事者が消え、それでも経済活動を維持しようとした都会で人々は罹患していった。この感染症が、従来の感染症ではなく危機的なものだと理解されても行動が伴わなかったのだ。致死的パンデミックに遭遇したことのなかった人類はその対処法が身についていなかった。

 交通が麻痺し、物流が止まった都市はあっさりと飢餓地帯となった。都市が運営されるには毎日とてつもない量の物資が運び込まれなければならない。それが止まった都市は一気に人が住めるところではなくなった。治安を維持する警察官も罹患して死亡していった。都市が無法地帯となるのにいくらも時間がかからなかった。幸いなことに犯罪が多発したわけではなかった。せいぜい、無人化したスーパーから食料品が盗まれる程度だった。

 犯罪を起こす人間も犯罪を起こされる人間も急速に死んでいったからだ。

 都市を逃れた人々によって撒き散らされたウイルスによって地方の人間たちも例外なく死んでいった。

 

 人は死ぬにまかされ、文明のもとに生み出されたものは次々に麻痺していった。通信、電気、ガス、水道は全て止まった。インフラを支える人が死んでしまったからだ。最初の半年で、石器時代に戻ったとされる。スマートフォンはもはやなんの役にも立たなかった。

 小さなコミュニティを作って団結しようとした者たちもいた。しかし、その試みは大抵の場合成功しなかった。物資の配分のないコミュニティはなんの拘束力も持たなかったからだ。むしろ、集まっているだけに感染症が襲いかかったとき、瞬く間に罹患し死滅していった。


 どれほどの人間が生き残ったのだろう?

 野中は、闇の中に潜みながら思った。

 あのパンデミックから概ね7年が経っていた。どんどん都市機能が失われていく中で政府が機能している半年間に発表された数字によると世界の半分が、そして日本人の30%が死んだと報道された。その後は、集計するものもそれを拡散するものもいなくなった。テレビはひたすら砂嵐を映すだけだった。主要な電源が失われたことでインターネットもその機能を失った。

 1億以上の人間が、この日本にはいたはずだったが半分どころか1割も生き残っていないのではないか?と思えた。

 最初の2、3年は、友好的かどうかは別にして人を見る機会がしばしばあった。その後は、その頻度が急速に減っていった。

 伝聞する内容も悲観的なものばかりだった。

 そして、ここ2年ほどは人を見る機会そのものが殆どなくなった。

 だからだ、あんな奴らを近寄らせてしまったのは。

 問題は、他にも仲間いるのではないか?ということだ。


「中井たちが?」

 ブルブル震えている女達を見下しながら大野は言った。

「うん、銃で殺られたんだ、バン!バン!って」

 3人も連れていきながら自分も含めて全員殺られたなんてつくづく馬鹿な奴だと思った。これまで生き残ってきたこと自体が思えば奇跡だった。

「どんな銃だった?」

「わかんないけど、短かった」

 視線を向けた他の女も首を振っている。

「ああ、まあいい、いっていい」

 大野は苛立った。

 銃を持っていたとしても4人もの人間を相手に生き残るとは危険な人間だった。

 ふと、ここは抜けてしまおうかと思ったが、考えを変えた。向こうもグループだったら殺られてしまうかもしれないと思えたのだ。この時代に使える銃を持っているやつは危険だった。

「どうするんです?」

 二宮が、女達が立ち去るのを待ってから言った。

「考えているよ」

「素通りしちゃいましょうよ」

 そう言ってきたのは木村だった。「通り過ぎて二度とこんなところ来なきゃいいんだよ」

 確かに、場所に拘るつもりはなかった。だが、通り過ぎてしまってもここにいるということはずっと頭の片隅にこびりついて忘れることはできないだろう。

「相葉を呼べ」

 

 2日は、無事に過ぎた。

 だが、野中は安心したりしなかった。

 むしろ、この静寂は危険な兆候だった。生き物の気配が減っていた。奴らは、やはり仲間がいたのだ。そして、そいつらは頭がもう少し切れる奴らだと思った。でなければとっくに襲いかかってきているはずだ。

 野中は、今朝からは特に注意を払って用心していた。

 そいつは、茂みの中をのっそりのそりとやってきた。気配をうまく消している。それでも野中には何かが近づいてきているのがわかった。

 仔細な方位や距離までは分からなかったが、そいつが刻一刻と近づいてくるのだけは分かった。


『ガランガラン…』

(しまった…)

 相葉は、動きを止めて息を殺した。足をおろした先でペコっと小さな音が鳴ったと思ったらその音はあたりに鳴り響いた。そんなに先まで響くような音ではなかったが、もしこの音に注意を払っているものがいたとしたら?

 そして、そういうやつがいるならその距離はそう遠くにはいないはずだった。

 頭の位置を低くして身を潜め、あたりに神経を集中させる。呼吸さえも最低限にして浅くする。

 相葉は、身を潜める能力に関して誰よりも長けていると自負していた。だからこそ生き残ってこれたのだ。身を潜めてさえいれば大抵の災厄は通り過ぎたし解決できた。

 どれぐらい時間が過ぎたろう?息を潜め、身動きすらせずかなりの時間が過ぎた。何も起こらなかった。

(ビビらせやがって、置き土産ってやつか?)

 そうひとりごちると相葉はゆっくりと身を起こし、頭を出した。けして、急には動かずゆっくりと視線を周囲に配る。

『シュッ』

 何かが猛スピードで空気を擦過した音がしたと思った瞬間相葉は頭にズンッと衝撃を受けた。そして、次の瞬間には即死していた。

 ドサッと転がった相葉のこめかみにはスッとアルミの矢が突き立っていた。


「どうやら一人だけのようだったな」

 ボウガンに次の矢をつがえながら野中はぼそっと言った。

 その男を見つけたのは随分前だったが、他にも仲間がいるかも知れないと考えて射つのをためらっていたのだ。その男は、異様に慎重なやつだった。金物のトラップに掛かってから次に動き出すまでにゆうに1時間は掛けた。この時代を生き残るには有用な能力だった。

 恐ろしいほど慎重なやつだったが、もう何年も前に仕掛けてほとんど自然と同化してしまった鳴子に気がつけなかった。それが、命取りになった。

 鳴子のせいで正確な位置を知られてしまったからだ。

 最終的にはいるとわかって待つものといるかどうか分からずに待つものの差が勝敗を決めた。野中にとってはいると分かっている以上いくらでも待つことができた。だが、ヤツにとっては違った。それに、やつは野中を探すという目的があって動いていた。だから、動いた。驚くほどゆっくりと。

 だが、それは野中に格好の標的を提供することになった。

 

「どうやら殺られたと思うしかないですね」

「だな」

 大野は、苛ついた。

 これまで相葉が帰ってこないということなど一度もなかった。それが5日経っても帰ってこなかった。まだ餓死するというほどの日数ではなかったが期限は切ってあった。それを2日過ぎても帰って来ない以上死んだと判断するしかなかった。

 敵は、予想以上に凄腕らしかった。

「もう、無視していきましょう」

 木村は、再度言った。

「いや、危険だ」

「その気があるんなら襲ってきてますよ、関わらずに行くべきだ」

 大野は木村を睨めつけた。

 木村の言うことのほうが正しいのは理解できていた。こんな山の中の猫の額ほどの平地に興味はなかった。周囲になにか収奪するものがあるわけでもない。今までだって危険なものは危険なものとして避けてきた。しかし、それは相手が圧倒的に有利だったり物理的に不利だったときだ。

 女を頭数に含まなくてもこちらにはまだ14人いた。

 それなのに、相手のこともよく分からずに引き下がるのはグループのリーダーとして許せない気がした。

「動いたら襲ってくるやもしれん、後顧の憂いは残すべきじゃないと思う」


(どんなやつかしら?)

 佐々木は、道案内をしてくれた女達と分かれるとことさら周囲に気を使うわけでもなくスタスタと歩いた。自分が、囮であるということを十分に意識して。

 パンデミックが始まったとき、佐々木はまだ高校生だった。友達と適当に馴れ合って適当に時を過ごしていた。何人かの男とも付き合った。同級生だったり社会人だったり、年の離れた男もいた。みんな佐々木の若さに貪りついてきた。その先にどんな人生が開けているかとか気にしたこともなかった。

 そんな自堕落な生活をパンデミックは一瞬にして奪い去った。

 機転を利かした父親が周囲よりほんの少し早く地方へ逃げたおかげで、佐々木はパンデミック最初の年を生き残ることができた。携帯がなくなり、学校に行く必要もなくなり、何もすることがなくなった田舎で平凡な日々が続くのかと思った。

 だが、それは間違いだった。

 ある日、田舎はなんの前触れもなく襲われ、大勢が殺された。

 佐々木が殺されなかったのは、若くて綺麗な女だったからだ。そこには価値があった。殆どのものに価値がなくなっても若い女には価値があった。あとは、それを武器に流れていった。弱い方から強い方へと。

 この何年かの間で感情というものは殆ど失くした。その代わりに得たものがあった。そのグループが存続できるかという嗅覚だった。その能力は、年を経るごとに、グループを変わっていくごとに研ぎ澄まされていった。今また、このグループの存続が続かないと分かったのだ。だから、成功しようがしまいがもう佐々木は戻るつもりがなかった。


「ほう、今度は女か」

 野中は、双眼鏡を覗きながらひとりごちた。

 だが、その女にはそれほど注意を払わなかった。その女に遅れて少なくとも2人の男がいるのが分かった。女がスタスタ歩くせいで男たちの姿もまた丸見えだった。

「3人か…」

 もう1人を発見して野中はどうするかを逡巡した。フト野中は笑みを浮かべた。

 男が1人消えた。


「ギャッ」

 佐々木は、背中に叫びを聞いて一瞬だけ立ち止まって振り返った。

 男たちが、その悲鳴した方へと駆け寄っていくのが見えた。そこには第4の男も混じっていた。本来なら最後まで姿を表さないはずの男だった。

 佐々木は、それだけを確認すると再び前を向いて歩きはじめた。

 どんどん歩いていった。もう、あのグループに戻る気はなかった。グループを離れてどれほど生きられるかは分からなかったが、もうどうでも良かった。特に生きていて楽しいことがあるわけでもなかった。

 人に出会えさえすれば生きていくすべはあると思っていた。それが特に男なら。

 幸いにして、この何年間の行動でどんなところに人がいるのか判別がつくようになっていた。それが危険な相手かどうかを見極めるすべも少しは身についているつもりだった。

 いずれにしろ、今は一人になりたかった。


「しまった…」

 落とし穴の底で木材やパイプに刺し貫かれた松村を発見して思わず高田はひとりごちた。敵が、松村に襲いかかったと思ったのだ。一気にかたをつけようと思った。

 しかし、そうではなかった。

 松村は、不用意にも敵がどれぐらい前に掘ったかもわからない落とし穴に落ちたのだ。

 これも何もかも佐々木がやたらスタスタ歩いていったせいだ。

 決め事ではゆっくりと歩いていくということになっていたのにだ。決めたとおりにゆっくりと進んでくれていたなら松村は落ちないで済んだかもしれなかった。

「ちくしょう!」

 高田は低く罵った。佐々木は、仲間が死んだにもかかわらずそれを気にも止めるでもなくずんずん歩いていた。

 やがて、視界から消えたが、高田たちはそれを追うことはできなかった。

 松村の叫び声は、かなり遠くまで響いてしまったに違いないからだ。


「もう1人いたのか」

 野中は、双眼鏡の中で慌てる男たちを見ながら言った。「にしてもあの女はなんなんだ?」

 一瞬だけ女の方を見るが、変わらず歩き続けている。

 女は、一度だけ振り返っただけだった。仲間なのだろうが連携する気はまったくない様子だった。

 だが、そのおかげで第4の男、ボウガンを持った男を発見することができた。スコープ付きのボウガンを持つ男は危険な相手だった。もし、気がつけなかったら厄介なことになっていただろう。

 順序さえ決まればあとはそこまで厄介な相手ではなさそうだった。男たちには、かすかな怯えが見えていた。

 地の利は、野中にあった。


「だから行こうと言ったんだ」

 結局、5人は夜を迎え、朝日が登ってきても帰ってこなった。半ば分かっていた結果だった。だから木村は、少し強めに言った。

「うるさい!」

 大野は、邪険に言った。「リーダーは俺だ」

 それに対して木村は、鋭い視線を送るだけで応えた。

 男を4人失ったことも痛かったが高田をボウガンごと失ったことが痛かった。グループの数少ない飛び道具をその使い手ごと失ったのだ。人数以上の戦力ダウンだった。

 男たちもそうだったが、女達にも怯えが芽生えていた。

 佐々木も帰ってこなかった。少しトウはたっていたがまだまだ使える女だったのに、と思う。

 今度でかたをつけるつもりだったが意に反して追い込まれてしまった形になってしまった。

 もう一晩よく考えよう。

 大野は、焚き火にあたりながら思った。


「だから行こうと言った」

 木村は、もう何事も成せなくなった大野に向かって吐き捨てるように言った。

 大野が寝込んだところをナイフで喉元を抉ったのだ。なんの抵抗もできない男を殺すのはいとも簡単だった。

 木村の独断でやったわけではなかった。

 言うなればグループの総意だった。

 これまでの大野は、大きな齟齬を生じさせることなくうまくグループを導いてくれた。勝ち易きに勝ち、見込みのない戦いは避けてきた。死人や怪我人が出ないこともなかったが、それは結果に見合うものだったと言えた。

 これまでは。

 それが何故だか分からなかったが、大野は今回に限り得られるものも見込めないのにのめり込んだ。相葉が殺られたところで見限るべきだった。木村自身も流石に4人が返り討ちになるとは思わなかったのだけれど。

 これまでグループの誰もが従ってきていたせいで大野は信じすぎた。

 だが、大野が思っているほど全員が大野を信じていたわけではなかっただけのことだ。その兆候は少し前からあった。だが、大野はそれに気が付かなかった。

 信じすぎて傲慢になっていたのだろう。

 10人がいなくなってなお諦める様子を見せない大野を誰もが無言のうちに見限ったのだ。男も女も。

「行くぞ!」

 そう言うと残ったグループの人間に木村は声をかけた。

 人数の減ってしまったこのグループをうまく御していけるかは分からなかったが、やってみるしかなかった。少なくとも大野ではなく木村に託されたのだ。

 それに収奪を中心とする活動は限界が見えてもいた。最初はうまくいくように見えたが、そのうち収奪する対象自体が減ってきた。人はどんどん減っているのだ。

 今回出会った相手は、どんなグループかは分からなかったがこの地に根付いていると思えた。根付いたやつは強いと思った。これまでもそうだった。負けてこなかったが根付いているやつは強かった。

 大野が決してやらなかった荷車の引手を握りながら木村は出発をした。

 追撃を恐れるものもいたが、追撃してくるとは思えなかった。そういう手合だと思った。


「いなくなったか…」

 野中は、最後に3人を一人づつ仕留めてた日から更に用心を重ねた。しかし、2日経って気配が完全に消えたのを悟った。

 森や林に動物や鳥の気配が戻ってきていた。

 総数がどれだけいたグループだったか分からなかったが、10人近くを失って戦意を失ったのだろう。悪意を持った連中も屍になっては大地に戻っていくだけだ。

 久々に緊張を強いられ神経を消耗した。肉体が弛緩しきってしまっていないことを確かめられたのには感謝だった。同時に日々の鍛錬にもう少し活を入れようと心を入れ直すきっかけにもなった。

 とにかく危機は去った。

 川面に釣り糸を垂らしながら再び訪れた長閑な日常を満喫することにした。

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