エピソード0
我々よりも困難に見舞われた船団が、他にあるだろうか? 永遠よりも広い大海原、この無限世界を旅する数多の船団のなかで!
我々を運ぶこの船の名は都市型船団クルクス、通称戦艦クルクス。とある修道会(地球で今もなお現存するであろうから、今は伏せておく)が発足した、ある意味では巨大な教会とも言える、神と祈りと共に宇宙を行く船団であった。多くの修道士と共に敬虔な信者たちが船体内の都市へと移住し、我々は華々しく見送られながら地球を経った。
しかしながら、クルクスは出発から二・三十年して(七百年経った今で言うなれば、初期も初期だ)に原因不明のトラブルがあり、通信機器やレーダー全般が停止、宇宙に散らばる全船団が情報共有するネットワークから外れてしまうという、恐ろしい事故が起きたのだった。その上、これは誠に不思議なことだが、クルクスはこの七百年間で一度も他の戦艦に遭遇できずにいる。
まったく、本当に不可解な現象だ。定期的に小型飛行機で捜索しても、漂う隕石の塵屑が戯れて邪魔をするだけで、何も得られはしない。レーダーを我々自らの力で直すことがもしできたのなら、どれほど良かっただろうか。盲目となったクルクスはそのまま、宇宙の現状況を知ることもなくただただ孤独に旅を続けている。
民衆は半ば諦め、自らの船団を古代戦艦と揶揄した。七百年あれば共通語にも変化があるだろう。もしかしたら人類はもう全く違う言葉を話しているかもしれない。さらなる発展をし、みたことも無い機械を操っているだろう。どこかで宇宙生物と出会い、共存しているかもしれない。さすれば他所の船団からみたこのクルクスはきっと宇宙に浮く古代都市に違いない。
さて、話はクルクスの船体となるが、これは限界が近い。神が我らに与えたもうた自然は、人間や動物を生かし育てる。その大いなる自然を、今やクルクスは現状を保つことすら危うい。循環機能を操る機械は、日々足腰の痛みを訴えるような(または咳が治らず、まともに話せないような)痛み苦しく可哀想な老人になってしまった。
既に人口調整をしたり、船体のあまり使用しない機関や都市の一部を取り壊して、それらを再利用して補修に当てているが、そんな誤魔化しがいつまでも保つわけでないのは明白である。
他にも、燃料の件もある。必死に宇宙の塵屑を収拾して燃料に換え、この巨大な戦艦をなんとか突き動かしている状況だ(循環機能が上手く回っていた頃は燃料の心配など要らなかった!)。鼻息荒く勢い良く出発をしたあのクルクスが、喘息の呼吸のように細く苦しく心許ない足取りの旅をしているだなんて、先祖は思ってもいなかっただろう。
そうして、恐らくこれから環境は更に悪化の道を辿り、あと百年二百年でもしたら、一呼吸の酸素を生み出すことすら難しくなるであろう。クルクスにとって一番恐ろしいことは、この広い宇宙の中を一歩も前に進めなくなってしまうことだ。
そろそろ他の船団もしくは宇宙ステーション、または人類環境のある星に出会わなければならない。クルクスは補給をし船体を直し、いやそんなことよりも新しい共通言語を得て技術の知識も更新しなければ、確実には終わりのときがやって来るだろう。
嗚呼、この話をしたらもしかすると、みなに苦笑いをされるかもしれない。しかし事実を話そう。
こんな状況下であってもクルクスの民が焦るわけではなかった。先ほども申した通り民衆はみな半ば諦めている。祈りが神に届き奇跡が起きればと、人々は熱心にミサに通う。
しかしそれは表向きの顔で、仮にもし本当に終わりが来ようとそれは恐らく孫の孫……さらにその孫くらいの世代であり、今の自分たちには関係ない、祈り以外にできることなどない、と考えているのが本心であった。ただそれは恐らく潜在的に我々に根付いている考えであるかもしれない。神の御言葉(種)は、善い心と忍耐(と言う名の土)に育つと神の子イエスは言った。
では民衆でなくそれを統べる王家はどうなのか? 政府は、修道星庁は、警備軍は一体何をしている?
勿論、この戦艦のため日々議論はされている。
だがしかしこちらも本心は民衆の総意と殆ど変わらずである。……いや、変わらず、だった。七百年を平穏と過ごしてきたクルクスには、今、新たな問題が起きているのだ!
そうだ、遅くなってしまったが紹介しよう。その問題に挑む我が戦艦の女教王を。
神に愛されし勇敢な戦士である我が女教王、その名は、ティラナ・M・クルクス。
それと、女教王の双子の弟、准王シルヴィオ・M・クルクス。
そして、発展のあまりに倫理を外れたことによって、今は禁止したクローン技術(それは我が戦艦の誇りだった、本当に)を、特別な例外として使用された、ふたつの命。
ティラナ女教王のクローン、エレナ・T・クルクス。
シルヴィオ准王のクローン、レオナルド・T・クルクス。
この戦艦の運命を背負わされた四人の可哀想な子どもたち! 彼らはまだ十六歳だというのに! 彼らは茨の冠をかぶり、血の涙を流している。神よ、どうしてこのような試練を我々に授けるのですか!
さあ、我が戦艦の苦難の道をみよ。