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ティラナがエレナに何か言い返すべきか悩んでいるうちに、バタバタする音が下から聞こえ、シルヴィオが姿を現した。「うわー! もう食べ終わっちゃった? 何だか今朝は全然起きれなくてさ」
レオナルドが笑って答えた。「まだ終わってないよ、シル」
「おはようございます、みなさま。……あ」
シルヴィオと共に現れたアイリーンはトキがティラナに同行していないことに気が付き「失礼しました」と、きょうだい水入らずの場からすぐに引き下がろうとした。
「あ、待って」とレオナルドがアイリーンを引き止める。アイリーンだけでなく、ティラナもぴくりとその呼びかけに反応した。
アイリーンは(また、ティラナも)、レオナルドのこれから言おうとしていることをすぐに勘付いた。
アイリーンはすぐさま「はい」と答えるも、しかしその瞳はあきらかに彷徨った。(触れられたくないものに触れられてしまった人がみせる、嫌悪と動揺が入り混じったあの表情! それを彼女は表に出さないよう努めたが、やはり口角は少し歪んだようだ)。
ティラナは、気まずさから、あからさまにアイリーンから顔を背けた。
レオナルドはティラナの横顔をみて、ほんの少し、ただ僅かに口角を上げる。そして穏和な態度で話を続けた。「聞かれるよ、今日。帝都神父のこと。考えを準備しておきなね」
アイリーンはティラナの、そのほとんど後頭部しかみえないほど背けられた姿を一瞬のあいだだけみつめると、視線を床に落とした。そして「……ご忠告、どうもありがとうございます。では」と言い、踵を返した。アイリーンのパタパタと階段を降りていく音が広間に響く。
「アイツ、ちゃんと考えてるよ、多分」
そう言って庇ったのは、シルヴィオだった。レオナルドの前の席に着く。レオナルドが申し訳なさそうに「余計なお世話だったね」と言った。
「まあ大丈夫だと思うけど。……待たせてごめん、食べよう。俺、ローザのサンドウィッチ楽しみにしてたんだ」
ティラナはようやく背けていた顔を前に向き直り、ため息を吐く。昨日の帝都神父と、先ほどの緊張した面持ちのアイリーンの顔を思い浮かべていた。
エレナが「ね、いーい?」と尋ねると、きょうだい達は頷きながら手を合わせた。
エレナが食前の祈りをあげる。「父よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心とからだを支える糧としてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」
ティラナとレオナルドが揃えて「アーメン」と答えるなか、シルヴィオは「あ、学校のチャイムが聞こえる」と言った。
使用人が運転する車で巡査局へと向かうと、四人の王家と二人のサーバントは二階の会議室の扉を開いた。巡査団のメンバーは既に揃っている。
テーブルはなく、五面に浮き出るホログラムボードを真ん中に、十一席ある重厚な一人掛けソファーがそれを取り囲む。書記の黒沢が手元のボードに書き込むことで、本体のボードに反映される仕組みである。
「それでは、会議を執り行う」郡山が立ち上がった。
「キューブの目的を推測し、対策を考える。これが今日の議題だ。銀髪男の名を……そうだな、仮にアルゲントウム、アルとする。彼が何のためにクルクスを襲うのか」
ボードに『議題』そしてそれに続いてどんどんと文字が打ち込まれていく。郡山は続けた。
「帝都神父は、アルを海賊と言った。たしかに無きにしはあらずだが、神父の持論にはあまりにも穴がある」
伊勢が挙手をしながら空いた片手で眼鏡をかけ直し、郡山が頷くと丁重に話し出した。「もし……彼らが海賊だとしても……、戦艦を襲うなら集団で一斉に襲いませんか? キューブは一体しか見受けられませんでした。よって襲うことが目的ではないのでは?」
それに対し、本宮が咄嗟に発言する。「だがしかし、技術の発展でたとえ一機でも、古い戦艦くらいなら討ち取れるほどの強さがあるとしたら? それか、僕らがみえていないだけで、他にも何体もいるのでは? 事実、キューブも突然現れたり消えたりする」
ティラナは足を組みなおし「いいか?」と言った。「襲えば相手に反撃されることなんて、至極当たり前のことを、ヤツはまるで、全く予想していなかったかのように、初めて知り得たことのように酷く驚いていた。どうもその様子からして、海賊だとは思えない。何かの別の目的がありそうだ」
みなの様子を伺いながら、シルヴィオが言う。「俺も同意だ。アイツの格好、制服みたいじゃなかった? これはあくまで俺らの基準だけど、ちゃんととした何かの社会的組織だと思う。研究員とか、それこそ警備軍のようなもの……。まあ未来を生きている彼らの、普段の格好がアレなのかもしれないけど」
書記の黒沢が、パッと顔を上げる。「社会的組織、ですか……。では、攻撃が必要な目的とは? あの威嚇閃光の意味は?」
それに対し、本宮がこう答えた。「えっと……、例えば我々をどこかへ導こうとしている、とか。あとは何かを調査をしているとかでしょうか」
郡山が「それなら攻撃はいらないだろう。普通にコンタクトを取ればいい話だ。別の戦艦と間違えているのでは? アルにとって敵である戦艦と」と反論した。
少しの沈黙の後、橋下が問う。「我々より発展しているのに、そんなことがあり得るのでしょうか?」
「ならこうはどうだろう。今は戦艦ごとに何かコードや信号を持っていて、クルクスがそれを持たないから、海賊だと間違われている。それに我々は……キューブに対して先に攻撃してしまっているし」
ティラナが瞬発的に怒鳴った。「威嚇する未知の物体をほっとけというのか!」
「いえ、いえ……。あくまでこれは推測ですので。一年前、レオナルドが盾になってくれなければ、クルクスが焼かれたかもしれません」
みなの視線が気遣うようにレオナルドへと向き、レオナルドは困ったように眉を下げて、いつものように柔和にゆっくりと話し出した。
「……しかしやはり、あのときはおれが先に撃ってしまったから……、アルが撃ち返してきたんだと思います。あ、一年前にキューブに乗っていたのがアルなのかは分かりませんが……。でもおれはアルな気がするんです。なんて言ったらいいんだろう。なんとなく感じたんです。それに、おれは思うんです。アルは悪い人じゃないって」