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古代戦艦クルクス ~呪われた女教王の祈り~  作者: SheilaCross
Episodeー4「血飛沫をあげて」
16/17

―1―



 翌朝八時、学校がある日にしてはかなり遅い時間にティラナは目覚めた。


 会議のために午前、あるいは午後まで及んだときは全日欠席すると、昨夜の時点でトキに連絡させておいた。緊急時であるのだからこちらから連絡しなくとも欠席の理由くらい汲んでくれるはずであるが、敢えてそれをさせた。

 学校にティラナを待っていてくれる友達なぞ一人だっていないが、ティラナ自身の気持ちが落ち着かず、『生徒であるティラナ』という日常の自身を守る為にあえて取った行動に思われる。



 ティラナは食卓のある広間へと降りると、いつもは用意されているはずの朝食がないことに気が付いた。

 台所からエプロン姿のローザが現れ「ティラ様、おはようございます」と言って深々とお辞儀をした。

「ああ、おはよう。朝食は?」

「ええ、実は、昨夜もレオ様とレナ様はキアラ塔に泊まられたようでしたので、朝食はウゴリーノ塔で、四人で一緒にお召しになったらどうかと思いまして」

「……あ、そう」

 ティラナの背後に立つトキが「では、あとでお迎えにあがります」とティラナに言った。

 ローザが「あらあら、シル様はまだお目覚めじゃないのかしら。アイリーンは起こすのが下手ね。ほんとうに駄目な子」と独り言を呟いたが、広間をあとにしようと背を向けたティラナには届かず、ローザの息子であるトキだけが聞いていた。


 ティラナとシルヴィオが育ったエリア塔の向かい側に建つのが、レオナルドとエレナが育ったキアラ塔で、その二つの真ん中に聳える一際古い塔、それがウゴリーノ塔である。

 向かい合うエリア塔とキアラ塔のそれぞれの背面には、サーバントの為の館が二棟ずつ控えている。


 エリア塔の奥に控える二棟のうち一棟は、ローザと、エリア塔内のメイド室に入りきれないほどいるティラナの為のメイドたちの一部がこちらにも住み込んでいて、これは『鴇畑(トキハタ)邸』と呼ばれる。


 もう一棟は現在、アイリーンの妹であるエミリーだけが暮らしている。これは『エディンバラ邸』と呼ばれる。一年前までは、シルヴィオに仕えるメイドの為の寮となっていたが、みな夏区にあるシルヴィオの別荘へと移動した。


 鴇畑邸とエディンバラ邸は、距離こそ近いが、そこには目にはみえない大きな、どんな海溝よりも深い溝がある。幼い頃、ティラナとシルヴィオは、アイリーン姉妹とよく一緒に遊んでいた。あれはまだ……エディンバラ夫妻も健在で、そしてトキは存在しなかった頃……ティラナが七歳までの話だ。


 キアラ塔の背後にも二棟建物が控えているが、『レオナルド』と『エレナ』の為のサーバント制度はずっと昔に廃れたので、ほとんど廃墟と化している。メイド達の数も少ないので、キアラ塔内のメイド室だけで事足りる。シルヴィオと同じく、みなそれぞれの区の別荘に移動したので、現在キアラ塔側には人っ子ひとりいない。


 真ん中に聳えるウゴリーノ塔だけ別格で古めかしいのは、地球にあった塔を、経つ前にクルクスに移したもので、塔が地球でどれほどの時間を過ごしたかは資料が無く不明であるが、(これはあくまで語り継がれた噂に過ぎないが)少なくともクルクスの復活(レスレクティオ)歴も入れると千年は経っているとのことだ。


 ティラナはあまりこの塔が好きではない。昔ながらを大切にする為に、電気さえ通されず、夜には蝋燭で光を灯す。昼でも薄暗く気味が悪い。


 何より、ティラナとシルヴィオの実母である先代ティラナが、ふたりが生まれてすぐに、喉を切り裂き自死した塔であるから。時折、ティラナはこの塔にいるとゾッと背筋が凍ることがある。


 いつのことだったか、この塔の中で、巨大な蜘蛛の巣が蝶を捕らえ、その主が食らいついているのをみた。蝶が罠にかかったのでは無い。誰か人間が、その手で捕らえた蝶を、蜘蛛に喰わせるために糸に引っ掛けて主に献上したのだ。

 誰だったのだろうか。


 それは幼い頃の思い出なのか、夢であったのか定かではないほどに曖昧だが、どうしても、自分とそっくりな女の姿が頭にチラつくのだ。

 女の白い手が、蝶と蜘蛛を指す。何かをティラナに言いながら。

 その記憶がさらにこの塔に漂う死の匂いを嗅ぎつける。


 ギイイと鳴る木製の扉を開けると、朝陽が玄関の間を燦々と照らしていた。古い絨毯を踏みながら螺旋階段を一歩ずつ登り、途中、ティラナは中心部に寄り、上を見上げる。最上階には、飾りと化した鉛の鐘が変わらず存在していた。


 レオナルドとエレナは、二階の広間のテーブルに、喋ることもなく静かに並んでいてティラナ達を待っていた。

 陽の光がふたりの背を包むように、じっくりと焼いていくように、照らし出す。

 それでも朝陽は広間の半分ほどしか届いておらず、部屋の半分ほどは暗がりのままだ。ティラナはその静寂のコントラスト世界に立ち入ることを迷った。


 何も無い部屋だ。何の飾りも物もない……、いや、円卓の上にひとつだけ花瓶があって、そこにはラベンダーが生けてあるが……、あとは椅子だけがある、がらんどうとした部屋である。

 レオナルドもエレナも待つことが苦ではないのだろう、朝食を目の前にしても、現れる筈のきょうだいの為の席をみつめて、ただ、ただじっとしている。


 ふとレオナルドがティラナの来訪に気が付いた。笑顔で入り口まで迎えに来ると、恭しく、まるで王子が姫にするそれのように手を取り、エレナの目の前の席へと導いた。


 レオナルドはティラナのために椅子を引きながら言った。「おはよう。可愛いおれたちの()()()()

「おはよう、わたしたちのティラ」

 「おはよう」ティラナは尋ねた。「……なんでわざわざこの塔に? エリア塔で食べればいいものを」

 エレナがそれに答える。「エリア塔は人が多いのだもの。それにわたしはここが好きよ。何だか懐かしい匂いがしない?」

 「埃とカビの臭いしかしないが」ティラナは眉間に皺を寄せ、思ったことを率直に言った。

「……私たちの母親はここで死んだというのに」


 ティラナが思っていたよりも、その声は部屋に響き渡った。大きい声を出したつもりでもないのに、開けっぱなしの扉から、外の螺旋階段まで響いたように感じて、ティラナは気不味く思った。もし幽霊というものが実在したとしたら、五階に鎮座する母親の元まで届いてしまったことだろう。


 ティラナが顔を上げると、いつも微笑んでいる優しいエレナの顔から表情が消えていた。「レナ?」

「……わたしたちに親なんていないわ」

 透き通った氷河のような、まるで冷たい声だった。エレナは続けた。「わたしとレオは、誰かに産んで貰ったことも、育てて貰ったこともないわ」

「……レナ……」


 ティラナが思わずレオナルドに目線をやると、レオナルドは困ったように眉を下げて、首を掻く。否定はしないが、ティラナの手前同意はしかねる、といったところだろう。

 ティラナはエレナをみつめ直し、言った。「そうだな。私とシルの、産みの親だ」

 エレナは「うふふ」満足そうに頷き、言った。「『ティラナ』はこの部屋で死んだわけじゃないわ」


 ティラナは何か不吉なものを感じるのと同時に、同じDNAの人間であるはずなのに、なにがここまでふたりをまったく違う生きものへと造り替えたのだろうかと、不思議に思った。



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