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古代戦艦クルクス ~呪われた女教王の祈り~  作者: SheilaCross
Episode―3「水飛沫をあげて」
15/17

―4―



 シルヴィオは、誰もいない広い水中をライカモスの力で飛び回った。スピードはほどほどにすようにと言いつけられているから(というのも、慣れている選手でないと水圧で全身を痛めるのだ)、シルヴィオはそれを守って力まず気ままに泳ぐ。


 気持ちが良くなったシルヴィオは水面と飛び出し、空中で輪を描くと、再び水をかき分けて潜った。

 誰しもが知っている、だがしかし、誰しもが目にしたことが無い、かの海豚(イルカ)や鯨は、このような心地で地球の海を泳いでいるのだろう。


 はしゃぎ疲れたシルヴィオは、今度はゆっくりと泳ぎながら、ここを本物の海だと想像することにした。まず、旧約聖書の一番初めを頭の中で想像してなぞらえる。


 一日目に、始めに神が天地を創造された。神が「光あれよ」と言われると、光が出来た。二日目に、神は「大水の間に一つの大空が出来て、大水の=と大水の間を分けよ」と言われると、そのようになった。


 神は大空を創り、大空の下の大水と、大空の上の大水(つまるところ、この上の大水というのは、水蒸気だとか、雲だと考えられる)とを分けられた。三日目に地と海が分かれ、その後五日目に、海の中に生きものと空を飛ぶ鳥を創造された。


 海はここに誕生した。さて、思おう、我々の始まりの地の母なる海を。

 右に泳ごう、魚や海藻や珊瑚、生命に溢れている。それから左に泳ごう、水流の壁を越えれば、新大陸をみつけられる。水から顔を出せば、本物の空が広がり、その先遥か彼方に星々がある。(とお)くには、二日目に空と海に分かれたときに生まれた真っ直ぐ伸びる水平線があり、そこから太陽が登るのを眺めよう。


 シルヴィオはため息を吐き、頭の中に描いた海を掻き消した。虚しい思いに駆られたからだ。

 この水槽(プール)だって、クルクスでは一番大きいけれど、地球のソレと比べたらきっと笑ってしまうほど小さいのだろう。


 ……クルクスの暮らしに不満があるわけでは無い。そう無い、だがしかし、もしクルクスよりも広い世界がみられたら、もっと自分の心は豊かになるのに、と微かに思っていた。みなは感じないだろうか、この閉塞感を。もし人類が生存できるような星に出会えれば、きっとシルヴィオは果てしない、終わりのない旅をすることだろう。


 キューブに乗っていたあの男、あの銀髪男はクルクスが知らない宇宙を知っているだろう。シルヴィオは嫉妬とも言えぬ、怒りによく似た黒い感情が心に渦を巻いた。あの男は自由を手にしている。

 この闘いを解決すれば、クルクスは銀河ネットワークに再統合し、さすれば得られることだろう、大いなる自由を。


 気付けばシルヴィオは、泳ぐことを忘れ、死んだ魚のように、プールの真ん中でただ浮いていた。少し考え事をし過ぎたのだ。


 シルヴィオは、最後にプールを大きく一周し、ふと観覧席の方に近寄り大きなガラス窓の中を覗いた。

そこにはもう誰もいない。巡査団のみなは外に出て、軽食でも取って休んでいるのだろう。


 ふと、席に横たわっていた人が、シルヴィオに気付いて起き上がった。それは、エレナだった。

 エレナは少しの間寝ていたのか、ボーッとしながらシルヴィオをみつめた。それから思い出したように、乱れた三つ編みをほどき、髪を手で梳いて直した。


 エレナは立ち上がって、シルヴィオの元へと近寄った。ガラス越しのシルヴィオに触れようと、エレナが手を伸ばしたのに合わせて、シルヴィオもその手に重ねる。

 エレナの口がたしかに「シルヴィオ」と呼んだのを、シルヴィオはみた。


 エレナは、ティラナと同じ人間である筈なのに、しかし幼い頃から何もかも違う。シルヴィオは彼女をいつもみていた。ガサツなティラナとは違って、女の子らしい仕草や声。短く切り、硬い髪質のティラナとは違い、長く嫋やかな髪。シルヴィオとティラナの持つ碧い瞳(サファイア)とは違う輝きを持つ、優しげなみどり色の瞳……。そうして、いつもはにかんで笑うその表情。

「レナ」


 水中の声は、マスクから零れる泡となって登っていく。真っ直ぐと向けられたエレナの視線に、シルヴィオは胸が詰まる。シルヴィオは酸素を運ぶマスクを外した。

 シルヴィオはほとんど無意識的に、エレナへの思いを口にしていた。

 エレナが目を丸くして、首を横に傾ける。「な・に?」と大きく口を動かした。

 


 C都へと帰る前に、一行はクルクス(イチ)の巨大さを誇る名市場を少しだけ覗くことにした。

 山盛りに積み上げられた鮮やかな果物をみて、ティラナは、オーシャナンドスカイのドームを彩る旗やバルーンの色とりどりな様を思い返した。

 何処もかしこも派手に飾るのが、この区民の好みであるのだろう。


 市場の脇の建物から建物へ、間に吊るされた幾何学模様の絨毯は、点在する絨毯屋のそれぞれ作品であるらしい。

 どこからか甘辛い匂いが漂い、ティラナの鼻を擽った。タレ漬けチキンのフードスタンドの前を横切る。

 だが二歩歩けば、別の匂いに変わる。人工的な甘い匂い、恐らくフレグランスショップ。

 またさらに三歩進めば、今度は煌めく光に目を奪われる。丸いガラス玉の中作られた小さな海、観賞用ランプがゆっくりと回転していた。中でオモチャの魚がぎこちなく泳いでいた。

 聴こえるだろう、三拍子の変わった陽気な音楽が、人々の会話の合間から。

 熱気を持つ店と冷気が漂う店が入り混じるから、無意識に肌さえも店を嗅ぎ分け、その店久に導こうとする。


 五感全てに訴えかけるようなその市場は、オーシャナンドスカイのドームの面積よりも広い筈なのに、店と人々の多さで真っ直ぐに歩けない程密度が高い。


 こうして活気があるのは、ここ夏区が一番人口が多いからであろう。なんせ、クルクスの人口の四割を占めるのだ。次に多いのは春区で、これが三割。そして秋区が二割、冬区は一割。(ただし、これはC都の人口を除いた割合とさせてもらう)


 対の位置にあるティラナが有する冬区は、行政機関の一部があることから街全体がお堅い雰囲気で、区民性はまさに『寡黙』であるが、シルヴィオが有する夏区の夏区民の人間の特徴としては、人懐っこく、気安さがあり、自由人であることが挙げられる。



 まさか、この喧騒の市場に女教王がいるなんて、誰も思ってもいないだろう、一行に気が付く者はいない。

 アイリーンとトキはすぐに外に出たがった。これだけの人がいれば、不届き者がいないとは限らない。まだみていたいというティラナと、何か食べたいというシルヴィオの要望に、サーバントの二人は眉間に皺を寄せながらも頷いた。


 橋下と本宮の提案で、巡査団とサーバントで二人を囲みながら歩くことにして、もう少しだけ滞在を楽しむことにした。

「平和だ。昨日まさか避難勧告があったとは思えない」

 郡山が答えた。「そうですね」

「民衆はみな、昨日のことをどう思っているのだろう」

「夕方頃に再びキューブが襲来したと通達されるようですね。あの銀髪男のことは伏せて」

「恐ろしく思うだろうか」

「ええ。でも民衆は……、政府や警備軍、そして我々巡査団に託す他に無いですから。信じて、自分たちは日常を送るまでです。パニックを起こしたところで何もできることはないと、一年前の件から学んでいるでしょう」

「そんなものなのか」

「そんなものです。少なくとも、この夏区は」


 ティラナがふと振り返ると、郡山とトキしかおらず、ティラナが郡山と話しながらじっくり店を眺めている間に、みなはそれぞれ好きに食べ歩きをしているようだった。人並みの間に、先ほどの提案をすっかり忘れた橋下たちが何かのフードカーに並んでいるのがみえた。


「ティラ、みて。これ可愛いでしょ。美味しいわ」

 人混みから戻ったエレナが、ニコニコとチョコレートがけのスイーツをティラナに差し出す。一瞬躊躇したが、一口噛り付いて「もう帰るぞ」とティラナは言った。




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