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ティラナが愚痴を零す。「なんで私まで……」
「あら、こういう付き合いも大切なのよ、ティラ。といっても、わたしもこんな大人数で何処かに行くなんて初めてだけれど」
エレナが言った。
郡山影久、黒沢・アラン・相馬、本宮龍之助、岩瀬伊勢、橋下アスル双葉。
巡査団である彼らに加えてシルヴィオ、そのサーバントのアイリーン、レオナルド、エレナ、最後にティラナとそのサーバントのトキの十一人は、C都と夏区を繋ぐ夏大橋の自動歩行レーンに乗っていた。
巡査団のように戦闘機に乗って宇宙にでることもない、クルクスの大半の人々にとって全面ガラス張りのその通路は、自分たちが宇宙に浮いて暮らしているということを思い出させる、唯一無二の存在であった。
遠くに光る名も知らぬ星々をみながら、これから起きる一番最悪な仮説を、みな考えているのだろう。絶望や戦慄、戸惑いや憂鬱……心臓を圧迫する感情に名前をつけてもキリがない。十字架に磔られた主イエスキリストのように、苦渋の死が巡査団を待ち構えているのかもしれないのだから。
郡山は「今は少しだけ、忘れよう」と言った。
一般市民が入ることのできないC都内にも、出入りが自由に解放されている場所がある。それは、C都と四季区を繋ぐ大橋が十字に交わるところで、SA(シーズンエリア)と呼ばれている大広場である。そう、それぞれの関所をくぐりさえすれば、市民は気軽に他区を旅行することができるのだ。
警備軍SA管理部の軍人が「ティラナ様!? 夏区に行かれるのですか。我々は聞いておりませぬ。政府のどなたかに許可は?」と慌てたが、それを無視して通ってきた為に、今度は夏区入り口の関所で大勢の軍人に囲まれた。
役職のありそうな中年の軍人がひとり、郡山の肩を掴み揺らした。「郡山、お前、こんな大変なときに……! 分かっているんだろうな!」それに対して、郡山は早口で答えた。「いやいやいや、私は女教王様が観光をご要望されたので、お供をしているだけですよ」
突然責任転嫁されたティラナは、バッと郡山をみて「お前っ、コオリヤマ!」と怒鳴った。
郡山はシッー、と人差し指を立ててティラナを牽制しつつ、夏区駐在軍人に言ってのける。「ハイハイハーイ、皆さん! 女教王様のご命令ですよ、退いてください!」
また別の軍人が慌てて言った。「ど、ど、どこに行くというのです!」
郡山はティラナの背をグイグイと押しながら、振り返って朗らかな声で言った。
「どこって、夏区の観光と言ったらあそこでしょう!」
ティラナは圧倒され、思わず後退りしてソレを見上げた。大聖堂よりも遥かに大きなドームは、垂れ幕やバルーンで飾られ、人々の関心が高いことを色彩で示すようだった。それは初めて訪れる場所だった。
いつもは長い前髪で顔を隠し覆う本宮が、暑さからそれをかきあげて括った。『オーシャナンドスカイ チーム一覧』と書かれたポスターの前で立ち止まっているティラナにぶつかりそうになる。「おっと、失礼。……あれもしかしてティラナ様、観戦は初めてですか?」
「まあ」
『オーシャナンドスカイ』、夏区で盛んなそれは、ライカモスを使ったレーススポーツである。選手は上空と水中を行き来きし、それに合わせて観客席も上空に浮いたり、水中に潜ったりするのでアトラクション要素も強く、人気の観光スポットになっている。
本宮の切れ長で細い目がニヤッと半円を描く。「えっと……! ルールはご存知ですか?」
簡単に言えばただのリレー戦であるが、選手たちは試合中常に相手の邪魔をできるので、バトンを持った者が逃げ惑って鬼ごっこ状態になったり、ラグビーやレスリングのように激しい攻防に発展することもある。先に五周できた方が勝利を得る。
「ルールくらいは学校で習ったから知ってる」
「ええっと、ではお気に入りのチームとかは?」
「……知らない」
本宮が瞳を輝かせる。「えっとですね! 僕のオススメは」
不意に現れた背の高い黒沢が二人の頭の真上に影を落とし、呟いた。「俺が応援しているチームはデビルリングスです。二十五位の」
伊勢が本宮と黒沢を押し退け、ポスターに顔を寄せる。黒縁の大きな眼鏡を前後に動かすと「うわっ、なんだかボヤけてみえる……。なんでかしら。あっ、このメガネ、家用のだわ」と言った。
橋下が「はいはあい! 夏区出身のあたしが解説しますっ!」と飛び跳ねながら、それに続いて郡山も腕を組みながら輪に入った。「俺は知ってるぞ。春区だって盛んだからな!」
「隊長大人気ない! ティラ様は観戦初めてだから、ティラ様にです!」
そう言って橋下はティラナの腕に絡みついた。橋下の豊かに実る胸が、柔らかく触れる。
「ね、ティラ様」
ティラナはまんざらでもないように、機嫌良く返す。「まあ確かに、解説があった方が面白いな」
その背後から「ティラさま、夏区はシルさまの別荘以外初めてでいらっしゃいますものね。興味がおありでしたら、いつでもわたくしがご案内しましたのに」と、アイリーンがニコニコとしながらも低い声で淡々と言った。
その冷ややかな微笑みをみてティラナは思わず橋下からサッと身を引く。アイリーンは今度、キョトンとしている橋下の方をみた。
だらだらと歩いていた夏区の主であるシルヴィオがやっと合流し「あれ、そうだっけ?」と会話に加わる。(ティラナは、またこれは王家の他の三人にも当て嵌まるが、それぞれ自分の所有区以外は詳しくないのだ。そもそも四人はC都のウゴリーノ区で育ったのだから)
アイリーンの視線は再びティラナに注がれていた。ティラナはそわそわと落ち着きなく「うん、よし、もうチケット買って、席に行こう」と言った。
「はて、女教王にチケットなどいるのだろうか?」
ボソボソと呟く黒沢に、伊勢が「それもそうね。でもとりあえずチケットカウンター行かないと席は確保できないわ」と返答すると、浮かれる橋下がスキップで先を歩きながら、みなに喋り掛けた。
「きっと、タダでVIP席入れてくれるんじゃないかな〜?」
チケットカウンターへとぞろぞろと移動する一行の背に向かって、嘆く声が響き渡った。
「僕がっ、僕がティラナ様に説明していたのにい!」
郡山が振り向きもせずに言った。「うるせーぞ、本宮~」
この世の誰が一体、女教王から料金を取ることができるだろうか。運営の好意でチケットを用意された一行は、VIP席のある二階へと向かった。
その途中で、レオナルドとエレナが大量のポップコーンを持って後を追ってきたので、「うわ、凄い量!」と橋下が思わず声をあげた。
「うふふ、みんなで食べようと思って」
橋下と本宮、アイリーンとトキがそれぞれ幾つか受け取る。
トキがポップコーンを持ってティラナの元へ戻ると、ティラナはあからさまに顔を背けた。「私はいらない」
レオナルドが言った。「そう言うと思った」
レオナルドはティラナにアイスを手渡し、優しく微笑んだ。「ティラは、ポップコーンそんなに好きじゃないもんな。はい」
「……何で知ってるんだ?」
「むかし、みんなでシルの部屋で映画観たとき、ひとりだけ食べなかっただろ、ポップコーン」
ティラナは子どもの頃の記憶を辿り、ほどなくして脳内でレオナルドの話に辿り着くと、「思い出した。レオ、よく覚えてるな」と笑った。
「ふふっ、口の水分が無くなるから嫌だって言ってた」
「そうそう。それ」
「なんでも覚えているよ、おれは」
最後の言葉を聞きそびれ、「ん?」と聞き返すティラナに、レオナルドは首を横に振った。「なんでもないよ」




