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「戦闘機訓練を受けている軍人が招集されています。それに、……レナ様とレオ様が立候補を」
あたりの騒音が消えただ息をのむ音が聞こえた。それはティラナだったのか、シルヴィオであったのか。重力に逆らって、内臓が疼き浮動するようなこの感覚を、ふたりは初めて知った。
ハッとしたティラナは、乱暴にシルヴィオの腕を掴みすぐ近くのトラックへと引っ張った。「行くぞシルヴィオ!」
「お待ちください!」ローザが金切り声で叫ぶ。「どうかおやめください! あなたはこの国の女教王なのですよ! あなたを失ったら、それこそこの戦艦は恐慌状態に陥ります!」
「レナとレオだけに行かせるというのか! 同じ王家なのに!」
「違います! あなたさまたちと、彼女達は違います!」
動揺が、ティラナの足を掬う。震えている。
ティラナは、この戦艦の女教王であるのだ。この約一年間、自分の立場を理解して、象徴として揺らがないために学んできた。しかし兄弟である彼らに何かあったら……、胸が張り裂けそうな思いに心臓が痛みを訴えた。
そのときだった。さきほどまで頻繁に起こっていた白い閃光とは違う、大きな紅い爆発が起こったのは。
ティラナとシルヴィオがまだ小屋で本を読んいるとき、宙では、観測機の二機が出動して敵の姿を捜索していた。レオナルドひとりが乗るイザヤと、本宮が操縦しアレルヤにエレナを乗せたダニエルだった。攻撃機の二機ギデオンとバラクは機体の調整が間に合わず、出動が遅れていた。
二機が宙に出て数十分が経った頃だった。
宇宙に不意に現れた四角く光るものは、ある意味で、宇宙が生んだ幾何学模様の神聖なる建造物のようにも思われた。もし十人がそれをみたら、十人がそれに見惚れるだろう。ただその美しき光に包まれる四角い物体に、二機は目を奪われた。
レオナルド曰く、呼ばれた気がしたそうだ、何者かに。
レオナルドは我を忘れて突撃し、距離を詰めて攻撃を放った。火球は、四角いモノの目前で当たることなく弾け消えた。それどころか、四角いモノの姿さえも消えた。
レオナルドが冷静さを取り戻し、旋回しようとしたときには既にイザヤの背後に四角いモノが回り込んでいて、その中心からのびる白いレーザー光線によって、イザヤの機体は焼かれてしまったのだ。
レオナルドの咄嗟の反撃が四角いモノをほんの少しばかり掠ると、それは消滅して、そのまま戻ることもなく、威嚇閃光の花火もすぐに止んだ。炎に揺らめく機体の中でロザリオの祈りを唱え、自身と機体を守りながらなんとか帰還した。
それでも、レオナルドは足に重度の火傷を負った。
今は回復し日常で支障はないが、大きな運動はできない。彼は、足元の操作もある操縦士に、もうなれない。
これが一年前に起きたキューブの襲来であり、七百年続くクルクス史上で初の出来事であった。
騒々しいホールは四季神父の一言で静まり返り、百もの人々が女教王の入場を待ち構えた。政府の官僚、修道星庁の修道士たち、警備軍の軍人、科学者などの有識者。拍手は鳴り止まないが、何の温かみも無い義務の拍手で、誰しもが真顔でティラナをみていた。
照明がパッと変わり真ん中のステージだけを照らし出すと、そこには電子スクリーンが現れ、昨日の戦闘の映像が流れ出した。
ティラナとシルヴィオのふたりは、そのステージに立つよう促された。
観衆の二百の鋭い目が光に反射し、暗闇にいる猫の群勢ように浮き彫りになり、これはまるで尋問だ、あたかも裁判にかけられた罪人であるようだ、とティラナは思わず舌打ちしそうになったがなんとか留めた。シルヴィオも眉間に皺を寄せ前を睨んでいた。
巡査団員とエレナとレオナルドの一行が、ティラナたちとは違うまた別の扉から現れた。クローンのふたりはこの状況でもまったく動じず、エレナは普段通り優しげに微笑み、レオナルドに至ってはティラナとシルヴィオに向かって小さく手を挙げて笑顔を向けた。シルヴィオが律儀に、手を挙げ笑い返した。
そして彼らも、同じように横一列にステージ上に並ばせられた。
官僚の男がひとり、立ち上がって言った。「女教王、お聞かせ頂きたい」
「なんだ」
「あなたさまは実際にその目でご覧いただいただろう、アレを」
映像はキューブに乗っている銀髪男のところで停まっており、男はそれを指していた。「アレは……、アレは本当に人間だったのか、我々がお聞きしたいのはそれだけです!」
なんだその質問は、これが人間以外にみえるというのか、そう言いたいのを勿論我慢して(嗚呼、オトナという生き物は全く理不尽であり、何故子どもに多くの我慢をさせるのか)、ティラナは此処にいる全ての者に聞こえるよう大袈裟に振る舞った。
「そうだ! この者は間違いなく人間だった! 神は……、神は我々に試練を与えた!」
会場がドッと湧き、みな立ち上がった。両手を掲げて「神よ、何故ですか!」と叫ぶ者もいれば、しゃくりを上げて泣き出す者、「大変なことになった、大変なことになったぞ!」と騒ぎ立てる者、また「どうも怪しい。宇宙人が変身しているのではないか?」と映像を疑う者もいた。
「静粛に! 静粛に!」とみなを鎮めながら、ある巨体の男がステージ上へと現れ、ティラナに向かって頭を垂れた。「おお、御機嫌麗しゅう……、我らが女教王」
修道士とは思えない逞しい筋肉を持つその男は、栗色のパーマがかかった長髪を後ろで括っている、その名はマルティン(彼の役職は司教である。司教の中では一番若く四十代であるが、そうとは思えない若い見た目の美丈夫だ)通称、帝都神父である。
「まずは、レオナルド。君がまた怪我をしなくて本当に良かった」
レオナルドは恭しく感謝を述べた。
帝都神父は観衆の方を向き「この映像をみて、幾つか発見があった。みなも気づいていると思うが」と言った。
「相手は、なんと悲しいことか、同じ人間であった。そして、これは鼻から分かっていることであったが、我々よりも遥かに技術が進歩している。みよ、この不思議な乗り物を。それについては純粋な賞賛を送ろう、同じ人類として。だが私はここでひとつ、聖書を読もう。パウロのコリントへの手紙だ。『誰も自分を欺いてはならない。もし、あなた方のうちに自分をこの代で知恵のある者と思う人がいるなら、ほんとうに知恵のある者となるために、愚か者となりなさい。この世の知恵は、神の前では愚かなものだから』」
一部の修道士たちはお互い顔を見合わせ、気不味そうな顔をした。軍人や官僚も次々と冷静さを取り戻し、着席していく。
「次に」
帝都神父は話を区切り、一度大きなため息を吐くと、続けた。
「ああ、なんて悍ましいことだろうか。奴らは何故か、レオナルドを付け狙っている! 前回に続き、今回もレオナルドに執着した!」
観衆の視線がレオナルドに集中する。レオナルドは返答に窮して口を一の字に結び、少し考えてから口を開いた。
「しかし帝都神父、一年前、初めてキューブと対峙したのはおれですが、そんな……狙っているわけでは無いように思います。今回もたしかに接近されましたが、おれたちの前にイザヤにも接近しましたし、撃つ気配も無く姿を消しました」
「前回、お前は何に乗っていた」
「はい、あのときはイザヤに乗っていました」
「そして今回は」
「ダニエルに」
「お前だけを的確に狙っているとしか思えぬ」




