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四季神父がシルヴィオの背中をさすり「さて、そろそろ行こうかねえ」と言い、主イエスキリストを見上げた。
みなで祭壇に赴くと、まず冬神父が掛けてあるテーブルクロスを勢い良く捲りあげた。
四季神父は十字架の真下にある、壁に嵌め込まれた聖櫃から、ミサで使い片付けてあった聖杯を再び取り出し、加えて祭壇横の蝋燭台を、司教たちしか知らない秘密の配列で裸になった祭壇上に設置していく。
最後に四季神父は胸元のポケットから懐中時計を取り出し、祭壇の天板の裏側に押し付けた。
ギコギコという木目のものが動く音を聞いたあと、ズズッと重いものを引き摺るような振動が足元の床から感じた。
祭壇が僅かに浮き上がり真横にずれる。そこには暗い穴が空いており、地下へと続く階段となっていた。
「この入り口を使うのは久しぶりだから、蜘蛛の巣が張ってるかもね。それと、勿体無いからこのあたりの電気は止めてしまったんだ。これを使うといい」
正方形の白いコンパクトライトを受け取りながら、ティラナは半笑いでこう言った。「先に行けよ、シル」
「は? やだ。俺、暗いの怖いもん。ティラが行けよ!」
「やだよ。ビビり」
「なんだとっ!」
冬神父が「喧嘩するな馬鹿者」と言って先陣を切った。
ティラナとトキ、シルヴィオとアイリーン、そして最後に四季神父が内側から扉を締め、階段を下った。下りた先は埃と、機械が汗をかいたような油のニオイが充満している。それぞれの手に装着したコンパクトライトで足元を照らしながら、一行は打ちっ放しのコンクリートの地下通路を無言で進行していった。
蟻の巣のように張り巡らされたこの地下通路を何度も左へ右へと折れ、進み、辿り着いた先に一枚、頑丈な扉が現れた。
四季神父はティラナの方に向き直り、優しく頬を撫でた。「覚悟はできているかい」
ティラナは答えた。「……はい」
「私たちが先に入るからね」
ティラナが頷くのを見届けてから、四季神父はその重い扉を押した。
「皆のもの! 女教王様が此処にいらっしゃった!」
強く差し込む光に目が眩む。でも、手で覆ってはならない。不格好であるから。ほんの少し目を細め、女教王ティラナと、それに続き准王シルヴィオは光の元に足を踏み入れた。
──さて、ここで一年前の話に遡ろう。
一年前、ティラナとシルヴィオは、冬神父とともに冬区のシティにある別荘で暮らし、帝王学を学んでいた。
中学校を卒業したあと高校入学を延期し、参加していた戦闘機訓練も休み、一年間、代わる代わる訪れる教師たちから君主に必要な様々なことを学ぶ。みっちりと王としてのあり方を学ぶと晴れて一人前として認められる、これは歴代のティラナとシルヴィオが受ける、伝統の行事であった。
その伝統合宿も残り一ヶ月というところで、あの日は来た。
ティラナとシルヴィオはその日の午後、別荘からこっそり抜け出し(ふたりは初めて二マイルほども自分の足で歩いたのだ)、小さな湖のほとりに建つ木造の小屋に隠れた。ただ勉学から逃れるために。
「たまには良いよな、ティラ」
「ああ、たまには良いだろうよ。あはは、ローザ驚くだろうな」
「はははっ。俺たち、なんて上手く抜け出したんだろう」
ふたりは悪戯に成功した子どものように大いにはしゃぎ、チェスやトランプをして遊んだ。それに飽きると昼寝を貪ったり、読書をして過ごしているうちに、気付けば夜を迎えていた。
シルヴィオがふと「何か音がするよ、ティラ」と言った。ティラナにはまったく、何も聞こえなかった。
「私たちを探しているメイド達の足音か?」
「うーん。あれ、やっぱりしない。気のせいかな。うん、気のせいかも」
そう言いながらも、シルヴィオはすこし怖がっているようにみえたので、ティラナはこう言った。「私がみて来ようか」
「待って! お、俺も行く」
ふたりが外に出ると、いつも通りだったはずの夜空が一瞬のうちに消え去り、上空フィールドは闇の色を成し、大きく『WARNING』の文字が浮かび上がった。聞いたこともないようなけたたましいサイレンが鳴り響く。
「な、なんだ?」
「うわ! もしかして俺たちが失踪したと思って、探しているのかな!」
「まさか、そんな大袈裟な。あっ……シル、あれ!」
暗黒世界となったフィールドのの向こう側で、白い光の塊が弾けるような、激しい閃光が舞った。
シルヴィオが戸惑いながら「どうしよう。戦闘機の訓練に失敗して事故が起きたのかも。大丈夫かな」と言った。
激しく瞬き散る光は、遠くで、クルクスのすぐ近くで、絶えることはない。
ティラナは首を横に振り「違う、きっと隕石と衝突しているんだ!」と言い、泣きそうな顔のシルヴィオの腕を掴んだ。「とにかく別荘に帰ろう!」
ふたりは走り続けシティまで戻ると、街の様子に驚愕をした。パニックが起きている。泣き叫び、狼狽え、みな急いで詰めたであろうぐちゃぐちゃのバックを抱えながら、行ったり来たりしている。
その波にのまれながらようやく別荘に辿り着くと、入り口は警備軍の軍人とトラックで溢れ返っていた。
「おい! 何事だ!」
「ああっ、ティラ様! シル様! どちらにいらっしゃったんですか!」
軍人を押しのけ、涙でぐしゃぐしゃになった世話係のローザが、ふたりに飛びつき力強く抱き寄せた。「緊急事態です。すぐシェルターにご移動ください」
「だから、何が起こっているんだ」
「落ち着いて聞いてください。今……、クルクスは何者かに襲撃されています」
ティラナは驚き、慄いた。「ありえない、そんなことが起きるなんて」
シルヴィオが「い、一体敵は誰なの」と尋ねる。
ローザは硬いブロンドの髪を乱して激しく首を横に振った。「それが分からないのです! いまだ敵の姿は確認できていません。どこから何を撃たれているのかも!」
「いつからだ。被害状況は」
「一時間前からです。事態が把握できず、避難勧告を出したのは二十分くらい前ですが。おふたりをずっと探していたのですよ。今のところ、どの区も被害は確認されていません。船体に当たっていないということは、すなわちこれは威嚇行為なのでしょう」
シルヴィオがぼそぼそと呟く。「そんな、一時間も前から……? 俺たち全然気が付かなかった」
「それと、おふたりにお伝えしなければならないことがもう一つ……」
視線を下に彷徨わせるローザに、ティラナとシルヴィオは身体を強張らせた。とてつもなく嫌な予感が走ったのだった。




