10.嫁?娘?嫁ぇ?!!
レイヴット様たちがお屋敷に戻られたのは、日が沈みだした頃。
遅いお戻りと聞いていたので、使用人たちは慌てふためいて玄関先に集まりました。
馬車が着き、フットマンが戸を開ける。
中からエリック様、アルフォンス様そして女性を横抱きにしたレイヴット様が降りてきました。
その時、使用人たちの心の声がひとつになりました。
「レイヴット様が嫁を連れてきた!!」
と・・・・・・・
私、この屋敷に仕えるハウスキーパーのマーラと申します。
頭の上に耳や尻尾はついていませんが、獣人でございます。
なんの獣人ですって?
亀でございます。
裸になるとわかりますが、背中に硬い甲羅があるのが特徴です。
また獣人の中でも私たち亀族は寿命が長く、平均寿命は300歳前後になります。
長い寿命の割には繫殖期が他の女性の獣人と変らず初潮~閉経まで平均年齢で言えば10歳前後から50歳前後まででしょうか。
子育ても終わり、まだまだ長い人生を持て余す女性の亀の獣人たちは貴族に仕える使用人になることが多いのです。
かくいう私もそうでございます。
160過ぎの玄孫もいる嫗でございますが、まだまだ若い子には負けません。
「おかえりなさいませ」
使用人一同頭を下げる。
その中で一歩前にでたのが、このお屋敷の家令(執事)セバスチャンです。
彼も私と同じ亀族で、私の伴侶でございます。
「旦那様方おかえりなさいませ。夕食はどうなされますか?」
「『竜のひげ』の料理を持ち帰った。風呂に入っている間、温めなおしてくれ」
アルフォンス様は料理の入った紙袋をセバスチャンに渡しました。
それを別の使用人に渡すと、レイヴット様が抱いている女性について聞いてみました。
「レイヴット様・・・この方は?」
レイヴット様は今まで見たことがない笑顔で
「うふふふっ かわいいでしょ~僕の娘だよ」
「はぁ?!!」
普段冷静なセバスチャンが素っ頓狂な声を上げる。
結婚して140年、初めて聞いた夫の驚きの声。
貴方冷静になって、どう見ても15歳以上の女性よ?レイヴット様は今年25歳、10歳の頃の子供?ありえない・・・ありえない・・・ありえなくもない?!!
ざわつく使用人たち
そこへアルフォンス様の鶴の一声が
「レイは娘と言ってるが間違いだからな。あーそのーちょっと色々あって預かることになった。当分皆には面倒をかけるが、よろしく頼む。」
「かしこまりました。」
使用人たちを仕事場に戻るように指示した後、私だけレイヴット様に呼び止められます。
「マーラ悪いけど、この子の着替え用意してくれる?」
「はい・・・ですがサイズがないみたいなので、直すのに時間がかかりますが?」
「うんうん、いいよいいよ~でも寝間着は簡単なものでいいから早めに用意してくれないか?」
「かしこまりました。30分でご用意いたします。それとお嬢様のお部屋もご用意いたしますが、どこにいたしましょう?」
「部屋は僕の部屋でいいよ~」
「へっ?!!」
「抱きしめて眠るんだ~はぁ~癒されるぅ~」
やはり嫁なのか?と思いつつも、お嬢様の着替えのドレスをどうするか、寝間着は木綿の布で簡単に作るかと色々考えて行動に移りました。
30分後
我が娘のドレスを何着か持ちレイヴット様の部屋に伺った私は、信じられない姿を見てしまいました。
あの人に興味のないレイヴット様が、我が道を行く俺様レイヴット様が、冷徹と言われたレイヴット様が、がかいがいしくお嬢様の世話をしていたのです。
「レイヴット様失礼いたします。」
「マーラ丁度よかった。今ぷにぷにちゃんをお風呂に入れたところなんだ。僕も汗を流してくるから後はよろしく頼むよ。」
「かしこまりました。」
ベットに横たわったお嬢様。
そのお体を包むバスタオルを剥ぎ、白い布を充てる。
「申し訳ございませんが、簡単に作らせていただきます。下着やちゃんとした寝間着やドレスは2、3日中にはご用意いたしますので」
ぐっすり眠っているお嬢様。
起きられないのを不思議に思いながら布を裁ち、縫ってゆく。
貫頭衣もどきが出来上がりました。
それを着せているときにレイヴット様がお風呂から上がりました。
「魔法で眠らせてるから、朝までぐっすりだよ」
「左様でございましたか」
それから二人でドレスを見繕い、手直しをさせて頂くため私は部屋を下がりました。
翌日
「そろそろぷにぷにちゃんが起きだす時間だから」とレイヴット様に言われお部屋に伺いました。
入ると丁度目が覚めたらしく、聞いたことがないような鳴き声を上げていました。
ベットの上で百面相をしながら呻っていましたが、私を見ると嬉しそうな顔に変わりました。
「おはようございます。お嬢様」
声をかけると、先ほどまで嬉しそうだった顔が、みるみる悲しそうな顔になります。
何かいけなかったのでしょうか?
手直ししたドレスはレイヴット様に今朝確認済み。
長椅子に置かれたドレスを手に取りお嬢様に差し出します。
「さぁお嬢様、お着換えいたしましょう」
ドレスを受け取り、そのあと全身をみて「ぶひ?ぶひひひ・・・」と呟いていますが、何を言っているのか理解できません。
その間に顔を洗う用意をし、お嬢様に促します。
さっぱりしていただいたところで、着付けをさせて頂きます。
「それでは失礼いたします。お嬢様」
貫頭衣を脱がせ、頭の上からドレスをかぶせる。
本来ならその下にキャミソール、コルセットとズロースを着けるのですが、ご用意ができなくって申し訳ないです。
ちなみにお嬢様が身に着けていた衣服は洗濯させて頂いてます。
着せ終わった後、お嬢様を鏡に誘導します。
御髪に櫛を入れて整えていきます。
艶々で美しい黒髪です。
すると出来が気になったのかレイヴット様が部屋に入ってきました。
お嬢様を見、頷き満足した顔で
「うん可愛いね。やっぱりぷにぷにちゃんはピンクが似合うよ」
「ええ、肌が白いのでよく映えますわ。本当に可愛らしいですわ。」
「それじゃいこうか」
レイヴット様が指を鳴らす。魔法を使われたようです。
お嬢様を抱き上げました。
「二人ともぷにぷにちゃんの可愛らしさにびっくりするよ」
にこにこ笑顔のレイヴット様。
長らく仕えていましたが、ここまで笑顔のレイヴット様は初めて見ます。
食堂室に到着すると、既にアルフォンス様とエリック様が席についています。
「見て見て~ぷにぷにちゃん!すっごく可愛くなったよぉ~」
「ぷぷぷぷぷっ・・・おまえマジか?」
「うっ・・・ドレスは可愛いが・・・くっ・・・くくくっ・・・ごほん!・・・取り合えず、拾った責任だ暫くコレが何者だろうと預かることにした。魔眼には先ぶれを出したので返事が来たら見てもらうつもりだ。また王にも王族に関係があるものか確認中なので、それからだな」
「ずっと僕がお世話するんだから、別にいいよ」
なんと!嫁でも娘でもなかった!!喋らないお嬢様だったのでなにか事情があると思っていましたが、魔眼様や王様がでてくるとは・・・・・・
眉間にしわを寄せて難しい顔をするお嬢様。あんなにお若いのに大変な事に巻き込まれておいでですのね。
その眉間のしわをツンツンしながら微笑むレイヴット様。
「ぷにぷにちゃんも僕とずっと一緒にいたいよね~」
「ぶひっ、ぶっひひひぃいぶひっ・・・」
セバスチャンが給仕を始める。
お嬢様の皿の上には、魔物大好きまっしぐらな餌が盛ってありました。
補足ですみません。
まず、馬車ですがフレイムドラゴンを狩りに行ったときに使った馬車は『竜のひげ』の馬車であり、狩りに行くときアル達は借りてます。
屋敷まで運んだ馬車は、自分たちの馬車で貴族らしく華美な馬車です。御者もついてます。
冒険者や旅人、商人以外は町の外に出ないので魔物の声は聞いたことありません。