きよしこの夜 その18 〜リョウとユキ〜
駐車するのに少し時間がかかったが、何とか誘導に従い空きスペースに車を停めることが出来たオレ達は、それから15分後にはD村の中に居た。
さすがにイベントの最終日というだけあって、チケット売り場はかなりの長い行列が出来ており、それを見たときは入場までもっと時間がかかるかと思ったが、チケット売り場が混雑していた他は思ったより流れがスムーズで、中に入ってみるとオレが想像していたより遥かに広い場所だということが分かった。
「ようこそ!D村へ!」
係員が渡してくれたチケットの半券を受け取り、ユキと二人、入り口のゲートを通過する。
半券と共に渡された小さなパンフレットには、D村の何処に何があるかが載っている地図とオススメのスポットが印刷されていて、それによると、どうやら決まった時間に決まった場所で、イルミネーションを使った短いショーが行われているらしかった。
「観覧車やメリーゴーラウンドもあるんですよ」
とりあえず中の様子を把握する為に、立ち止まってパンフレットを確認していると、横に並んで立っていたユキがそっと教えてくれた。
「ほら、ここに。…前に来たとき、乗ったんです。その観覧車に」
ユキはオレが開いていたパンフレットの下の方を指差した。
「…へぇ。本当だ。 全然知らなかった。こっからは見えないけど、結構大きな観覧車があるんだな。それに…うわっ、懐かしい!コーヒーカップもあるじゃん。…観覧車にメリーゴーラウンドにコーヒーカップ、か。ちょっとした遊園地だな。ーーそっか、だから子供連れが多いのか」
実はチケットを買おうと列に並んでいる間、時刻が八時をを過ぎているのに子供の姿がだいぶ目につくのが不思議だった。
学校が冬休みに入ったからだろうと、そのときはただ漠然と思っていたのだが、イルミネーションだけでなく小さな遊園地も合わせているあたり、大人だけでなく子供にも楽しんで貰おうと考えられたテーマパークなのだろう。
(さて、これからどうしようか…)
思案していると、傍らのユキがオレを呼んだ。
「リョウさん、あの…良かったら、そのパンフレットに書いてあるとおりのコースで見てまわりませんか?私、前に来た時、そうやってまわったので、同じように歩いてみたくて」
「コースの通り?オレは別に構わないけど。じゃ、そうしようか」
「はい」
歩き始めながら、オレは開いていたパンフレットの地図に、もう一度ざっと目を通した。
D村のエリアは、広い敷地を主に大きく三つのテーマで区切っているようだった。
一つは季節に関係なく様々なイルミネーションが施されたエリア、それからユキも乗ったというアトラクションのあるエリア、そして最後がクリスマスのようなイベント限定のイルミネーションが飾られたエリア。
基本、どんな風にも回れるように路が配置されているようだが、ユキが云ったのは、D村を入場口から今言った順番で無駄なくぐるりと一周する、一番単純でわかりやすいコースだった。
示されている矢印に従い、最初の場所に行く路を歩き始めると、それ自体が緩やかな上り坂に変わり、高い垣根が視界の両側を遮り始める。
垣根には誘導の為の電飾がかざられているものの、此処からはまだ、イルミネーションは全く見えなかった。
(??)
「…リョウさん、こういう場所は初めてですか?」
オレの顔を窺うように、ユキがふいに尋ねてきた。
自分では気がつかなかったのだが、いつの間にかちょっと怪訝な表情になっていたらしい。
「あ〜、うん。…初めてだな。遊園地とか水族館とかには割とよく行ったりしたけど、本格的なイルミネーションは今まで一度も見たことがないよ」
「そうなんですか…。じゃあ、折角ですから一番効果的に見てみませんか?」
「効果的?」
「はい」
ユキが頷きながら、少し先に見え始めたゲートを指差した。
「ほら、あそこに見えるゲートの先からイルミネーションが始まっているんですよ。だから、あそこまでリョウさんに目を瞑っていてもらって、私があそこまで手を引いていくというのはどうでしょう」
「ええっ?マジで?」
「はい」
「あ〜、まぁ、そうだな……うん。せっかくだし……せっかく、なんだけど……う〜ん…」
「どうしたんですか?リョウさん」
「いや……実はオレ、ちょっとそういうのにはトラウマがあって……」
「??」
うんうんと迷っていると、ユキはオレの前に手を差し伸べながら楽しそうな笑顔を向けてきた。
(……ダメだ…)
心の中のもう一人の自分が、頭を抱える。
(…こんなの…断れるワケがないだろ…)
「リョウさん?」
ユキがオレを見て、不思議そうに首をかしげた。
(ええぃ!儘よ!)
一息ついて、オレはその手を恐る恐る取ると、
「見ないで歩くの、めちゃくちゃ怖いんで、ゆっくりお願いします」
と、頭を下げた。
(『トラウマ』って?)
歩き出してまもなく、オレの口にした言葉が気になったのか、ユキが遠慮がちに尋ねてきた。
(ああ、ソレ…ねーー昔さ、まだ小学校の低学年くらいだった頃なんだけど、学校からの帰り道に友達とふざけて同じような事をしてさ、見事にすっ転んだことがあるんだ)
(すっ転んだ?)
(そう。まぁ、状況は全然違うんだけど。何故そんなことをしようとしたのか今となっては覚えてないし〔小学生のガキなんて意味不明なことをするもんだろ?〕、どちらから言い出したコトだったのかも定かじゃないけど〔まぁ、たぶんオレなんだけど〕、そこはココとは全く正反対のコンクリートの急な下り坂でさ、たまたまあった大きな割れ目に靴のつま先を引っ掛けて、盛大にコケたあげくに結構ハデに足を骨折したんだよ。治るまでにかなりかかって、親父にも『何バカやってんだ!』ってゲンコツ喰らって…めちゃくちゃ怒られた。ーーそれが『トラウマ』)
(ふふっ)
(あ、笑った)
(ご、ごめんなさい……でも、それだからあんなに迷ってたんですね)
(そう)
(あ、でもそれじゃあ、今は?…今も、もしかして怖いですか?)
(いや……怖くない)
(本当に?)
(うん。…何でかな。きっと怖いと思ったのに、不思議だ。…今は全然怖くない)
距離にしたら15メートルあるか無いかの道を、ユキに手を引かれながらゆっくり歩き続けた。
「…まだ?」
「もう少しですよ」
恐らくこんな暗がりでは、誰もオレ達の事など気に留めてはいないだろう。
そうは分かっていても、小さな子供のようにユキに手を引かれて歩くのはかなり気恥ずかしく、一刻も早く目を開けたくて何度かせっつくと、そのオレの姿が可笑しかったのか、尋ねるたびに笑いを含んだようなユキの声が聞こえた。
引いてくれているユキの手は小さく、冷え切った外気のせいで、だいぶ冷たくなっている。
それでも、歩いていくうちにオレの手の中でゆっくりと体温を取り戻していくのを感じて、オレはほんのわずか繋いだ手に力を込めた。
(ずいぶん、冷たい…)
迂闊にも手袋を持ってきてなかった事を悔やんでいると、
「そろそろですよ、リョウさん」
と、ユキの声がした。
「まだ目を開けないで下さいね」
「うん」
「ここに立って」
「了解」
「『いいですよ』って云ったら、目を開けてくださいね」
ユキがオレの背後にまわる気配がして、立ち位置を決めるように軽く腕を引いた。
「…いいですよ。開けてください」
声に従ってゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
「うわ…………」
次の瞬間、オレは目の前に突然現れた光景に、完全に我を忘れた。
「……コレ、って………」
目の前には広くなだらかな丘が広がり、その丘を埋め尽くすように、緻密なデザインを施された色とりどりのイルミネーションが、光を瞬かせていた。
青や赤、緑に黄色、白ーー。
何千、何万という光の花が、見渡す先まで続いていて、圧倒的な輝きに、現実感が薄らぐ。
わずかに視線を上げると、丘の向こうにはライトアップされた観覧車が見えた。
「スゴイ、な………」
「綺麗ですよね…」
暫く声も出さずに二人で並んで見ていると、後から来た人達も突然視界の前に開けたこの光景に感動するのか、一様に声を上げたり、溜め息をついたりしているのが分かる。
周囲を見回してその光景を眺めていると、
「…行ってみましょうか?リョウさん」
と、傍らでユキの声がした。