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幻影  作者: 篠井 秋生
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きよしこの夜 その9 〜テツ〜

「…………っていうか、ホント、オマエってヤツはさ……」


走ってきたクルマが行き過ぎるのを待って、こちら側に渡ってきたリョウさんは、目の前に立つなり、ペチリ、と軽くオレの頭を叩いた。


「イテっ!何スか、リョウさん。藪から棒に…」


オレが大して痛くも無い頭を大袈裟にさすりながら抗議の声を上げると、リョウさんは、呆れたように大きく溜め息をいた。


「ハァ。……テツ、オマエなぁ、小さな子供じゃ無いんだから、ちゃんと道路の左右を確認しろっ、つーの!人の顔見るなり駆け出して来やがって、アブねーだろ!オマエはご主人様を見つけたイヌか?それにこんな寒い中、上着も着ずにそんな薄着で、一体何やってんだ?ちょうど店から出てきたから、てっきり掃除でもするのかと思って見てれば、なんかひとごと言ってるし、店の前のクマには絡んでるし。っつーか、そうだよ!あの『クマ』何なんだ⁉︎どっから来た?あんなの、店の備品にあったか⁉︎ 」


(あ〜、久々のリョウさんだ〜〜)


どう聞いてもその内容はお小言だというのに、久しぶりに聞いた声が嬉しくて、つい、にへらにへらしていると、その表情を見て馬鹿らしくなったのか、リョウさんは短く一息ついて、そのあと困ったように苦笑いした。


「ったく……寒くねーの?テツ」


「ハイ」


「相変わらず、店、ヒマそうだな」


オレ越しにリョウさんの視線がチラリ、と店に向けられた。


「ハイ。今日はクリスマス、っスからね。さすがに牛丼はちょっと……。あ!でもアイツのおかげで、去年より少しはいんですよ、売り上げ」


オレは後ろを振り返って、相変わらず店の前に鎮座しているジェームズを指差した。


「……アレ、何?」


「『ジェームズ』っスよ。『アレ』じゃなくて。昨日と今日の二日だけ、知り合いから借りたんス。要は『インパクト』が重要っスからね。『インパクト』が」


ふふん、と得意気にドヤ顔で腕を組むと、リョウさんは眉間にシワを寄せた複雑な表情でオレとジェームズを交互に見比べた。


「『インパクト』……ねぇ。まぁ、でも、色々考えてんじゃんか。エライな、オマエ。ちなみにあの電飾もオマエが飾り付けたの?」


「そうっス」


オレは店の方に向き直ると、すっかり暗くなってしまった夕闇の中で、チカチカと瞬く青と白の光を眺めた。


「去年が地味〜〜なカンジだったから、今年はもうちょっとハデにした方がいいかな、って思ったもんで。あれが点いてるだけで、だいぶクリスマスっぽいっしょ?あ、そうだ!オレ、頑張って中にも飾りつけしたんですよ。リョウさん、良かったら寄って見てかないっスか?明日には外しちゃうんで」


オレがそう云うと、何故だかリョウさんはひどく済まなそうな表情で口を開いた。


「そうしたいのは山々なんだけどな……。悪い、テツ。実はあんまり時間が無くて、もう帰らないといけないんだ」


「あ、そうなんスか……」


「ああ。……実はさ、オマエに渡したいものがあったんで寄っただけなんだ。悪りぃけど、ちょっとここで待っててくれるか?」


リョウさんはそう云うと、きびすを返して停めているクルマの方に走って行った。


(渡したい物って、何だろう?)


首を傾げて待っていると、ほどなくリョウさんはクルマの助手席に置いていたらしい袋を手に提げて、急いでオレの前まで戻って来た。


「コレな、テツ、オマエに」


「え?オレに、っスか?」


リョウさんが差し出したのは、オシャレな横文字の入った手提げ袋だった。


「?…リョウさん、コレって……?」


「あ〜〜、クリスマスケーキ、買ったんだ。オマエ前に食べたいって云ってただろ?」


「えっ!どうしたんですか、突然」


オレは慌てて受け取った手提げ袋の中を覗き込んだ。


きれいなリボンのかかった箱は、紛れもなくケーキの箱だ。


(クリスマスケーキって……だってアレ、確かずいぶん前に云ってた話だったのに……)


思いも寄らなかったプレゼントに、わずかに戸惑いながらリョウさんの顔を見上げると、ふいにオレの脳裏にその時の事が甦った。



あれは確か先月の初めの頃だったと思う。

どういう経緯かは忘れてしまったが、その時たまたま来店していたリョウさんとクリスマスの過ごし方の話になった。


可愛い彼女がいるワケでもなく、楽しいパーティーの予定があるワケでもないオレは、普通の日と同じように仕事するだけのクリスマスが淋しくて、つい、リョウさんに『クリスマスがしたい〜』『一緒にケーキが食べたい〜』と駄々をこねたのだ。


『可愛いデコレーションのクリスマスケーキが一緒に食べたいって……ったく、オマエは女子かっ!』


と、その時リョウさんにはツッコまれたのだがーー。



「……覚えててくれたんスか?オレ、すっかり忘れられてるとばかり思ってました」


オレの言葉を聞くと、リョウさんは少し心外そうに片方の眉を上げた。


「バ〜カ、忘れねぇよ。あんだけ言ってりゃ、イヤでも覚えてるっつーの。あ、云っとくけど、それ、ちゃんとウチに帰ってからじいちゃん、ばあちゃんと三人で食えよ。そのために大きめのサイズにしといたんだからな。ガマン出来ずに、途中でつまみ喰いすんなよ」


「しないっスよ!何なんスか、小さな子供じゃあるまいし」


「え?小さな子供だろ?だからケーキ、欲しがってたんじゃねーの?」


「え〜〜〜〜っ」


夕闇の中で、吐く息が白く現れては消える。


楽しい会話を遮るように、すぐ近くで低い電子音みたいな音がしたのは、二人で声を上げて笑っている時だった。

それまでにこやかに話していたリョウさんの表情が、ほんの一瞬、硬くなったかと思うと、気づけばその面上からはスッ、と笑顔が消えていた。


「あっ、と……悪い、テツ」


ズボンの尻ポケットから取り出した携帯電話の画面を確認すると、リョウさんは済まなそうに云った。


「そろそろ帰らないと。なんかバタバタしてて悪いけど、また近々来るから」


「いいんスよ」


オレは道路の向こうに停まっているクルマを見ながら云った。


「リョウさん、アレ、レンタカーっしょ?わざわざクルマ借りたってコトは、これからエリさんと出かけるんですもんね。早く行ってあげて下さい。きっと待ってるっスよ」


「いや……テツ、あのな、オレ……」


「ん?」


どちらかと言うと、いつもハッキリと物を言うリョウさんにしては珍しく、歯切れの悪い物言ものいいだった。

それに違和感を感じて視線を戻すと、リョウさんは何故だか少しだけ困ったような顔をしてオレを見ていた。


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