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幻影  作者: 篠井 秋生
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オレとテツと『彼女』 その2

丼を食べ終える頃にはニュースも終わって、気がつけば見た事のないお笑い芸人が、沸き起こる笑いと共に画面に映し出されていた。


(「……で、満を辞してのオレの出番っちゅうワケや。バッチリやろ?バッチリって云うてくれや。云うてくれんと、今ここで大きい声で泣くで!」)


(「何でやねん!」)


両方とも二十代らしき若者が、マシンガンのように言葉を掛け合って観客の笑いを誘っている。


内容は面白いのかも知れなかったが、笑わせようという意気込みが言葉の端々に透けて見えてしまい、オレには素直に笑えなかった。


(…コレ、そんなに面白いか?)


ふと疑問に思い、カウンターの中のテツを見る。

するとテツは、今にも涙を流さんばかりに腹を抱えて大笑いしていた。


「なぁ、テツ。コレ、そんなに面白いか?」


オレが尋ねると、テツはいかにもキョトン、とした表情で云った。


「めちゃめちゃ面白いですよ。……え?リョウさん、コレ面白くないんスか?」


逆に問い返されて、何となくバツの悪さを感じ、答える口調が自然と歯切れ悪くなる。


「あーー、うん。あんまり……な。面白いとは思わねーけど」


「えーーー!ウッソーー‼︎この芸人、今、チョー『キてる』んスよ⁈もしかして名前も知らない、とか?」


信じられない、とばかりに大きく目を見開いて、でっかい声で驚くテツの反応に、何故だか無性に腹が立つ。


「嘘じゃねーよ。『キてる』かどうかも知らねーし!…それよりテツ、お茶くれ、お茶。」


「……はい、はい」


テツはしょうがないな、とでも云うように肩を竦めて溜め息を吐くと、空になっていたオレの湯呑みに熱いお茶を注いでくれた。


「サンキュ。」


猫舌気味のため、ふーふー冷ましながら少しずつ啜る。


オレに茶を淹れた流れで、テツは彼女の方にも歩いて行くと、置いてあった湯呑みにお茶を注いだ。


「よかったら、お茶どうぞ」


「ありがとう」


テツの声に小さく礼を云う彼女の声が聞こえた。


テレビの喧騒とは正反対の、静かで微かな響きだったのに、何故かオレの耳にはハッキリと聞こえたような気がした。


つい、視線が引きつけられて顔を向けると、

湯気の上がる湯呑みを両手で包み込むようにしながら、彼女もいつの間にかテレビの画面を眺めていた。


(……美人、だよな。確かに……)


薄々は感じていたが、実際、少し離れたところから見ても、彼女の整った顔立ちは美しかった。


小作りで色白の顔に僅かにウェーブのかかった長い黒髪。大きくて少し潤んだような黒い瞳とスッと通った鼻筋。


紅く口紅を引いた形の良い唇がその中で一番目を惹くが、全体的に着ている服のセンスも良く、どことなく品を感じさせる。


ただ一点、気になることがあるとすれば、少しだけ濃い化粧が何だか彼女にはそぐわない気がした。

せっかくの綺麗な顔立ちをむしろ邪魔しているような気がするのだ。


オレはさっきのテツの反応を思い出して、妙に納得した。


確かにこれだけ綺麗な人なら、鼻の下の一つも伸ばしたくなるだろうーー。


そんなことをぐだぐだ考えている間に、オレはどうやら彼女の顔をジッと見ていたらしい。


オレの視線に気付いた彼女は、綺麗な紅い唇の端を少しだけ上げて、小さく会釈してきた。


気が動転して思わず軽く頭を下げると、近くで一緒にテレビを見ていたテツが


「あー、リョウさん、ズルイっスよ」


と、口を尖らせた。


「何かズルイんだよ。ってか、お前もテレビ見てねぇじゃん」


思わず照れ隠しに鋭いツッコミを入れる。


すると、テツはぐうっ、と言葉に詰まった後、勝ち誇ったように腕を組んで云った。


「いいんですか?リョウさん。オレにそんな口をきいて。」


「何が?」


オレは食後の一服を吸おうと、胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。


最近のテツは大分オレに慣れたせいか、たまに話の流れによって、非常に無意味な戦いを挑んでくる。


どのくらい無意味かというと、確率的にはほぼ九割方負ける戦いだ。


ごくたまに一割の勝ちを収める事もあるのだが、それとても今までに大したダメージをオレに与えた事は無い。


だから思い切り油断していた。


一度の負けが、しかもかなり手痛いヤツが、今日来る筈は無いと。


ーーそれなのに。


今日に限って。


テツは今までで最大級のピンポイント爆弾を落として来やがったーー。


「そんな可愛くない口きくとーーオレ、『エリさん』に言いつけちゃいますよ」


テツの口からエリの名前が出た途端、胸の辺りに覚えのある痛みが奔って、一瞬、咥え煙草に火を着けようとした手が完全に止まった。


なお悪い事に、よりによってこのタイミングで名前を出されようとは夢にも思っていなかった為に、動揺がハンパなく、咥えていた煙草をカウンターの上に落としてしまった。


「リョウさん?」


落とした煙草を慌てて咥え直したオレを見て、テツが怪訝そうな声を出す。


オレは、ここ一週間かけて漸く水面ギリギリまで浮上させたテンションが、激しい渦と共にまた暗く深い水底まで引き込まれていくのを感じた。


(畜生!テツのヤツ!なんかオレに恨みでもあんのかよ!よりによってこんな時にエリの事持ち出しやがって!)


間が悪い、というのは正にこう云う事をいうのだろう。


オレは恨みがましい目で、(⁇)という表情のテツを見ながら、非常にキレの悪い口調で『仕方なく』答えた。


「あーーーーエリ、ねぇーーー」


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