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幻影  作者: 篠井 秋生
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オレとテツと『彼女』

テツはオレより六つも若いくせに、時折、使う言葉がオレより古臭いことがある。


「……今時『ビッグウェーブ』は死語だろ…」


思わず、ぼそり、と本音を呟くと、


「えー?何スか?」


と、能天気な声が返ってきた。


「いや、何でもねーよ。それで?一人で大丈夫だったのか?」


オレの問い掛けに、テツは『もちろん!』という満面の笑みを浮かべながら、何故か次の瞬間、首をブンブンと横に振った。


「やだなー、リョウさん、大丈夫なワケ無いじゃないですか。ちょーテンパりましたよ!」


「はあっ?おまえ…おまえさ…いつも思ってたんだけど、顔の表情と動作の使い方が、たまに間違ってるぞ……」


「?」


脱力したオレの様子に全く気づきもせず、テツはニコニコと続けた。


「いつもヒマだから油断してたら、いやー、今日はヤラレちゃいましたよ!でもそのあとテンパって、駅前店に行ってる店長に連絡入れたら、向こうの店の従業員、夕方まで一人廻してくれましたけど」


「あー、そっか」


オレは力無く、ハハハ…と笑った。


「…そうなんだ。まぁ、でも良かったじゃん。商売なんだから、そういう時も無いとな。あ、テツ、オレいつものヤツね」


「はい」


近くにあったメニューに目もくれずに注文すると、テツは厨房に向かい、トレイを出して用意し始めた。


少しの間、会話が途切れ、厨房にテツが食器をいじるカチャカチャという音が響く。


オレがいつも頼んでいるのは、牛丼の大盛りと豚汁だった。


付けっ放しになっているテレビの音が、会話が無くなったせいで耳につく。


音に釣られてなんとなくテレビの方を眺めると、どうやらニュース番組が流れているらしい。


ちょうど見たいと思っていたところだったので画面に集中すると、今日に限って何故かいつもの全国ネットではない、地方局のローカルチャンネルになっていた。


全国ネットの垢抜けたセットより、幾分あっさりした造りのそれを背景に、女性のアナウンサーが落ち着いた口調でニュースを伝えている。


(ん?コレ、いつものチャンネルじゃねーよな。何で変えてあるんだ?)


「なぁ、テツ…」


オレは厨房で見え隠れしている背中に向かって声を掛けた。


「コレ、テレビのチャンネル、何で今日は変えてあるんだよ。いつもんトコに戻してもいい?」


「え?なんスか?」


程なく、注文の品を載せたトレイを運んで来たテツにもう一度同じことを繰り返すと、何故かテツは首を横に振った。


「駄目っス。今日はこのチャンネルで」


「あーん?何だよ、それ」


オレが仏頂面でぶーたれると、テツは小さな子供にでも言い聞かせるような口調で続けた。


「いいじゃないっスか、たまには違うチャンネルも」


そう云って、映し出されているニュースを眺めている。


折しも画面の中では、隣の市で起きたらしい殺人事件のニュースを伝えていた。


(「……で起きた元暴力団組員の刺殺事件は、事件から一夜明けた今朝から本格的な捜査が始まっており……」)


「へぇー、こんな事件起きてたんだ。物騒になったよな、なんか最近…。っていうかテツ、オレ、いつものトコのが見たいんだよ。何で変えちゃ駄目なんだよ」


「いいじゃないっスか、ほら、牛丼冷めますよ。早く食って下さいよ」


テツはオレの言い分をガン無視すると、店員にはあるまじき態度でさっさと食えとゼスチャーしてきた。


「ちぇっ、何だよそれ。ケチ臭いぞ、テツ」


オレが諦め悪く、グダグダと食い下がると、すかさず「子供っスか」と、反撃が返ってくる。


ムカムカしたので、何か一言云ってやろうと、口を開きかけた時だった。


オレとテツの会話に割って入るかのように、意外なところから声がした。


「ごめんなさいね、店員さん。もういいわ」


思わず声のした方に視線を向けると、それまで黙ってスツールに座っていた女が、こちらに向かってすまなそうに会釈した。


「私がチャンネルを変えて、って云ったの。いつも見ていたものだから。でももう少しで終わるし。どうもありがとう」


(なにっ⁈)


今度は思わずテツを見る。


オレと同様、彼女の声に反応したテツは、ここにオレが通って来て以来、一度も見た事の無いような完璧なスマイルで、

『もう、いいんですか?別にこの人の云うことなら気にする事無いですよ』

的な、ふざけた言葉を吐いていた。


余りな扱いに内心ムカっ腹を立てながらも、オレはとりあえずその場の空気を読むことにした。


どうやら彼女に頼まれて、テツがチャンネルを変えたらしい事は今のやりとりで分かった。


それはいいのだが、いかんせん、オレの扱いが雑すぎるのは如何なものだろうか。


「すいません、そうとは知らず騒いじゃって」


オレは彼女に向かってニッコリと笑いかけると、返す刀でそのままテツに向き直った。


「おい、テツ。チャンネル変えろ」


笑顔はそのままに、ドスだけを幾分効かせて呟くと、テツは「ハハハハ……」と中途半端な笑いを振り撒きつつ、テレビの方へと歩いていった。


(ハハハ……、じゃねぇよ。ったく、ちょっと美人だとすぐ鼻の下伸ばしやがって)


オレはテツがチャンネルを変えるのを見ながら、出された豚汁を啜った。

丼を食べる為に蓋を開けようとして、微かな違和感に手を止める。


(あれ…?)


オレはもう一度、今度は気付かれないように、視線を彼女に戻した。


見ると、彼女は目の前のトレイに載った丼をボンヤリ見ていて、何故だかその蓋は閉じたままだった。


でも、食べ終えた、というよりは手付かずと言った方がいいような雰囲気だ。

別に頼んだらしいビールのグラスが、暖かい店内の所為で汗をかいて、殆ど泡の消えたビールが半分だけ残っている。


(……気になる。)


ちょうど戻ってきたテツに、オレは声を潜めて尋ねてみた。


「なぁ、あの人、食事おわったのか?」


オレの問いに、テツは小さく首を振った。


「食ってませんよ。ビールだけ」


「ーーふぅん」


オレはそれから少しの間、牛丼にがっつきながらスポーツニュースを眺めた。


だが気がつくと、少し離れたところに座っている彼女の様子が気になって、内容が全く入ってきてない事に気がついた。

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