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幻影  作者: 篠井 秋生
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波紋 その2

差し出してきた角煮まんの半分を遠慮なく受けとって頬張ると、菅野が先を続けた。


「オレ、ここ最近、ずっと近所の床屋なんですよね。しかも、実家の親父が行ってるトコ」


「床屋、いいじゃん」


「そうなんですけど、来てる年齢層がイマイチ高めっていうか、なんていうか。けど、だからって美容室もオレにはちょっとオシャレ過ぎてツライというか……」


首を捻った菅野に、オレは気になったことを聞いてみた。


「アレ?もしかして菅野くん、彼女出来た?」


「は?えっ⁈」


「図星だろ」


取り乱した上に、首まで真っ赤になった反応を見てつっこむと、それまでの落ち着きが嘘のように菅野はアタフタと慌てだした。


「なんだよ〜、オレの知らないうちに春が来てんじゃん、あ〜ヤダヤダ。このリア充が」


「ち、違いますよ!そんなんじゃ、ないんですって!ただちょっと最近よく話すようになっただけで…。そんなこと云ったら、白井さんなんか一緒に住んじゃってるじゃないですか!そっちの方がよっぽどリア充でしょ!」


(いやいや、とっくに一人だっつうの)


胸の中で一人ツッコミを入れながら、オレは菅野の反応が面白くて、つい、からかい続けてしまった。


「照れなくても良いんだよ、菅野くん。外はこんなに寒いけど、キミには一足先に春がきてるんだねぇ」


「だ〜か〜ら〜」


菅野が椅子から立ち上がって反論しようと口を開いた時だった。


「春がどうしたって?」


聞き覚えのある声がして、入り口のサッシがガラリと勢いよく開いたかと思うと、現場監督の久我さんがひょっこりと顔を出した。


「久我さん」


久我さんはオレと菅野を見ると、浅黒い顔にニカッ、と笑みを浮かべて、両手に持っていた白いビニール袋を持ち上げた。


「お疲れさん。せっかくの休みに悪かったな」


そういうと、中に入って来て、袋をそれぞれテーブルの上に置く。


「コレ、俺からの差し入れだ。さっき、ここの前通ったら、まだ掃除してるのがみえたんでな。クルマでひとっ走りしてリョウ君の知り合いのツンツン小僧の所で買ってきた」


「ツンツン小僧?……ああ、テツのトコですか。じゃ、中身牛丼?」


「そう、牛丼。二つずつ入ってっから。リョウ君の方は彼女の分、込みだから。んで、なに?なんかさっき、春がどうとか云ってたみたいだけど…」


「ああ、それは菅野くんにも漸く春が来……」


「わーわーわー!」


久我さんに話しかけたオレの前で、菅野が両手をぶんぶんと振る。


その様子をニヤニヤと見ていた久我さんは、テーブルの上の中華まんに気付いた途端、パアッと明るい表情になった。


「おっ!美味そうなもん、食ってるな」


「掃除が意外と重労働でオレも菅野も腹減っちゃって。角のコンビニで買ってきました。あ、久我さんも良かったら食いませんか?今、菅野と中華まんでロシアンルーレットもどきをやってたんですよ。手に取ったヤツを食べるんです」


「なんだ、面白いことやってんな。俺、あんまん食べたい。菅野、この中にまだあんまん、ある?」


「ありますよ」


菅野はテーブルの上に残っている二つの中華まんを指差して答えた。


「どっちかがあんまんで、どっちかがピザまんです」


「俺、あんまんが食べたい。ピザ味あんまり好きじゃないし」


「久我さん」


菅野はさっきとは打って変わって真剣な表情になると、厳かな口調で久我さんに向かって告げた。


「オレもさっき、ピザまん食っちゃったんで、最後は甘い味で締めたいんですよ。でも相手が他ならぬ久我さんなんで、敬意を表して、先に久我さんに選ばせてあげます。…ただし!」


そこで、菅野はキッパリと云った。


「……もし、ピザまんが当たっても、文句なしですよ」


「お、殊勝な心がけだな、菅野。よかろう、受けて立つ」


(なんだ、この展開)


黙ってみていると、久我さんは数秒ののち、


「こっちにする」


と、袋を一つ手に取った。


残ったもう一方を菅野が取る。


「底の紙は見ないで、割るんですよ」


「おぅ」


「それじゃ、いっせーの、せっ!」


同時に中身を見た瞬間、菅野が中華まんを持った手を上に向かって突き上げた。


「ヤッター!あんまん、キターッ!」


(あ、久我さん、ハズレた)


「残念でしたね、久我さん」


仕方なく慰めると、ガックリ、とうなだれた久我さんは、そのまま諦めてピザまんを食べるかと思いきや、トコトコと菅野の方に行き、背後から菅野の両肩を掴んで揺さぶり始めた。


「菅野く〜ん、俺、あんまん食べたい!あんまん、頂戴?」


(子供かよ!)


「え〜〜っ!嫌ですよ。オレ、勝ったんですから」


久我さんからあんまんを守るように菅野が身体を丸めると、なおも久我さんは菅野を揺さぶって云った。


「いいじゃん、半分こしようよ〜。俺と菅野くんの仲じゃないか」


「もう、久我さん、大人げないですよ」


「そうだよ。大人げない大人だもん」


(あ、開き直った)


なおも食い下がる久我さんを振り払えず、菅野はオレに救いを求めてきた。


「白井さん、この人何とかして下さいよ!」


「あ〜、そうねぇ…」


おんぶお化けみたいに菅野に取り憑いてる久我さんの姿に、思わずため息が出る。


この人、一体精神年齢いくつなんだ、と思いながら、仕方なくオレは口を開いた。


「……菅野。納得はいかないと思うが、半分ずつにしてやれ」


「え〜〜っ!なんでそうなるんですか。オレ、勝ったのに〜」


「それは分かってる。でも、このまま久我さんをおんぶして帰りたくなければ、とりあえず半分ずつにしとけ」


「え?マジで?」


オレが黙ってうなづくと、おんぶお化けと化した久我さんが楽しそうに云った。


「そうだよ〜、このままだと、家まで付いて行っちゃうよ〜。菅野家で夕飯もご馳走になっちゃうよ〜」


「嘘でしょ?勘弁して下さいよ……」


一瞬、バッチリと目が合った菅野は、どうやらオレの表情を見て、久我さんなら本当にやりそうだ、と思ったのだろう。


盛大なため息をくと、ガックリとうな垂れた。


「分かりましたよ。半分ずつにします。すればいいんでしょ」


「やった!菅野、俺大きい方ね」


「はいはい」


完全に諦めモードに入った菅野は、半分に割った大きい方を久我さんに差し出した。


「はい、どうぞ!」


半ばやけくそで差し出されたあんまんを、久我さんは嬉しそうに受け取ると、今度は自分のピザまんの半分をしおれている菅野に向かって差し出す。


「はい、菅野、大きい方やる。嬉しいだろ?」


「あ〜、嬉しくない〜。全然嬉しくない〜。オレ、さっきピザまん食ったのに〜」


「まあまあ。あ〜、やっぱり、あんまん美味しいわ」


戦利品のあんまんを嬉しそうに平らげた久我さんは、一息つくと、煙草を吸っているオレに向かって、思い出したように口を開いた。


「それはそうと、リョウ、明日の忘年会、時間と場所聞いたか?オレ、カンちゃんに言っといたんだけど」


「はい。山崎さんから聞いてます。七時に駅前の『でんすけ』って居酒屋ですよね?」


オレの確認に久我さんは頷いた。


「そうそう。そこ、俺の知り合いがやってる店なんだよ。酒の種類もあるし、料理も美味いから楽しみにしててくれな」


意気消沈したように黙って中華まんをたべていた菅野が、オレ達の会話を聞いて顔を上げる。


「アレ?白井さん、忘年会参加するんですか?」


「あー、うん。とりあえず、な」


『久我さんに言われた手前、断りきれなかったんだよ』とは云えず、複雑な笑顔で答えると、菅野は意外そうな表情で呟いた。


「へぇ。でもおじさんばっかりの地味な忘年会ですよ?しかもクリスマスイブの夜ですよ?彼女さん、大丈夫なんですか?」


「『地味』と『おじさんばっかり』は余計だ」


久我さんが口を挟む。


「ああ、一応オレ途中で抜ける予定だから…。あ、それで久我さん、その時なんですけど、お店の冷蔵庫、ちょっと借りられないですかね?」


「ん?なんか荷物か?」


「あー、はい。えっと……」


奇しくも二人の視線がこっちを向いているのが気恥ずかしくて、頭を掻きながらオレは口を開いた。


「…ケーキ、預かって欲しいんですよ。かさばるし、お店にも迷惑かと思って帰りに買おうかとも思ったんですけど、たぶん閉店時間よりは遅くなるから店、閉まっちまうと思って」


オレの言葉に二人は顔を見合わせると、同時にニヤリ、と笑った。

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