9.転入生と訓練
ワイン2杯でグロッキーに……筆がのらなくて焦りました。
――放課後
「ぐぐぐ……さっぱり分からなかった。」
今日は一日中一般科目が詰め込まれている日である。一週間のうち半分は実技科目が入るため、カリキュラムはぎっちぎちである。
「そりゃあただでさえ鳥のような頭なのに3日も休んでたもんなー。」
机に突っ伏している瀬雅に鐸が励ましとも追い打ちともとれる声をかける。
「……セガは馬鹿?」
「オマエ等、俺も傷つくんだぞ。」
後ろから魅甘が瀬雅に追撃する。本人は無表情で淡々と聞いているだけなのが余計にタチが悪い。
「おーもう転入生麦町さんとそんなに親密になったのか!」
「おかげでな。麦町、こいつがさっき話した金堂鐸だ。」
「……」
瀬雅が鐸を紹介すると、魅甘は立ちあがってぺこりとお辞儀した。
「……サンドイッチ、ありがとう、ございました。」
人形のように整った顔立ちの少女がお礼を言ってくれる。鐸は照れ隠しに鼻頭を掻いた。
「いいっていいって!そこの豆腐頭から代金はきっちりもらったから。」
「誰が豆腐だもやし。」
「2×3×81×0は?」
「たくさん!」
咄嗟の計算には滅法弱い瀬雅であった。そんなやりとりの中、魅甘はたどたどしく財布を取り出していた。
「……いくら?」
「へ?いやいや、いいっていいってなぁ金堂」
「そそそそ、そうそう。転入祝い的なアレ的な!」
「……そんな、悪い。」
3人が妙なテンションで財布を押しあう、結果、財布がひっくりかえり、可愛らしいがま口の中身が飛び出してしまう――
「……」
「…………」
「………………」
瀬雅の机の上で寂しく音が鳴る。そこには5円玉が鎮座していた。
「えっと、麦町さん……どうやって暮らしてるの?」
「……草とか?」
「なにィ!?!!!?」
「いや、そんな訳ないだろ……」
驚愕する鐸とたしなめる瀬雅。屋上で食らった瀬雅には分かる、これは冗談だ。
「よかったぁ。」
「この金堂より成績が低いのが悔しくてたまらないぜ。」
「……2人とも馬鹿。」
瀬雅は毒舌キャラが加わって、賑やかになったなと思っていると、一度教室から出ていった担任が戻ってきた。
「あー、親睦を深めているところ悪いが、米村と麦町いいか?」
「え?俺ですか。」
唐突な呼び出しに驚く瀬雅。一方で魅甘はなんとなく事情を察したのか、すぐに移動を始めた。
「えっと、悪い金堂。またな!」
「お、おう。」
全くついていけない鐸は再び置き去りになるのであった。
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――職員室
「補習?しかも実技の!?」
告げられた内容にまたまた驚く瀬雅。学力がなさすぎて補習なら分かるが、ヒーローとしての実技、基礎トレーニングや戦闘訓練で補習になる理由が分からなかったからだ。
瀬雅の身体能力は、魔力を用いないで怪人の攻撃を回避できる程だ。むしろそれだけが周りから見た唯一の長所だと自負していた。
納得がいかない瀬雅へ、担任の金髪――五十嵐光は一言だけ。
「上位種。」
「――!」
瀬雅はその一言で大まかに理解した。病院で五十嵐に事情を話した際、瀬雅が上位種について報告しただけで、大和町が警戒態勢に入る運びとなったのだ。
"上位種"――怪人の中にも格付けがあり、幹部クラスの怪人に付けられる名称がこの上位種である。
通常の怪人は肉弾戦や、魔力を圧縮したブレス等で攻撃をするが、上位種はそれぞれ特殊な能力を持っていることから警戒度は通常の怪人の比ではない。
「ルミ・ティイケリという女が獣族の上位種を名乗った。間違いないな?」
「――はい。」
瀬雅が肯定すると、五十嵐は1つ頷き、説明を始めた。
「この報告を受けて、学園は戦力増強を図る運びとなった。しかし2年生で実際に怪人の討伐経験がある者はお前たちだけだ。」
「え、麦町も?」
「……草の怪人。踏んだら死んだ。」
それでいいんだ、と苦笑いする瀬雅。学生で怪人と戦えるのは3年生と2-Aのみ。まだ4月の時点では2-Aにも討伐経験者がいなかった。
「そこでお前らをAクラスと同様に戦力に数え、訓練をすることにしたいんだが、まぁ、その、あれだ。」
「Cクラスの落ちこぼれがAクラスに混ざって堂々と訓練してたら不味い、と。」
歯切れの悪い五十嵐の代わりに瀬雅が言う。五十嵐は自分のクラスが自分の生徒に落ちこぼれと評されることに微妙な表情しかできない。
「まぁ、そこで補習という名目のもと、放課後に俺が直々に鍛えることにした、ということだ。」
「五十嵐……先生が直に。」
「……すごい。」
五十嵐の言葉に鳥肌が立つのを感じる2人。集団授業でCクラス向けに行われる基礎的な訓練とは違い、現役のヒーローと1対2の特別訓練。
その担当が目の前にいる伝説。10年前に戦争を短期で終結させた大和町3大ヒーロー、"太陽"の異名を持つ五十嵐光その人なのだから。
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――第3アリーナ
天野学園は広大なグラウンドとは別にアリーナも保有してる。こちらは壁と屋根があり、観客席もあるドーム状の施設である。学内戦等のイベントで使用されることが多い場所だ。
ここに米村瀬雅、麦町魅甘そして大和町3大ヒーロー五十嵐光の3名が居た。
「よし、準備はよさそうだな。」
「「はい。」」
生徒2人は体をほぐしつつどんな訓練なのか期待する。何せヒーローを志すものなら知らぬものはいないと言われる五十嵐の特別レッスンなのだ。
「よし、それでは補習(仮)を始める。」
「「よろしくお願いします。」」
瀬雅も魅甘もこれまでまともな訓練は受けていない。1年ではどのクラスも対等に走り込みや格闘術の基礎をやっていたし、2-Cはその延長の範囲だ。今日転入してきた魅甘などは尚更である。
「まぁ、戦争で現職のヒーローがほとんどいなくなってしまってから人手不足はひどい。学生に実践をさせるくらいだからな。2人にも最悪の場合前線に出てもらえるよう鍛えてやるさ。」
そうならないように俺たち大人が頑張りたいんだけどな、と苦笑いする五十嵐。実は、大きな力を持っている現職のヒーロー兼教師は、暴走や汚職に手を染めないよう、前線に出るためにはいくつもの申請が必要となっている。一番の戦力である彼らは非常にフットワークが重いのだ。
したがって討伐経験のある2人が、大和町の有事の際の戦力に数えられることになった。4月からいきなりの大役を任されたことに緊張する瀬雅と魅甘。五十嵐は不敵な笑みを浮かべると最初の訓練内容を告げた。
「よし、このアリーナでお前ら2人で戦え。」
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