47.並び立つ
瀬雅は緊張していた。
魅甘は元の姿に戻ることは望んでいない。
怪人の力を失うことはつまり、戦う力を失ってしまうことになるからだ。
(どこまでヒーローなんだ)
一番憎むべき植物族になってまで、そうしてまで誰を護りたいと願う。そんな強い心は中々持てる物ではない。
兎に角、そうであるならば瀬雅がすることは1つ。"怪人の姿になってしまった"という事実は消さずに、魅甘を苦しめていた固有能力のデメリットだけを消し去る。
固有能力"消えゆく少女の成れの果て"――認識されなくなる代わりに使用する度に自分の存在そのものが消えていく能力。
"自分の存在が消えていく"という部分が彼女を苦しめる呪いなのならば、魅甘が本心からその呪いと別れたいと思っているのならば、瀬雅の固有能力はその部分のみを浄化することができるはずだ。
「――"正義の悪魔"」
瀬雅の掌から放たれる温かい魔力が魅甘を包み込む。深夜のビル街に、まるでそこだけが陽気に包まれたような居心地が広がっていく。神秘的とも思えるその光景に、シュルームも迂闊に動けないようだった。
「あ、これって――」
自分の状態に気が付いたのだろう。魅甘は驚いたような、感心したような顔でまじまじと自分の体を見ている。
「ああ、戦える力は残ってるはずだ。でも固有能力は不安定になっていると思う。」
存在の力を犠牲にするというデメリットはなんとか払拭することができたようだった、成功だ。ただ、本来デメリットまで含めて1つの能力だったのだ。半分空気が抜けてしまったボールのように、魅甘の固有スキルには隙間が生まれてしまっている。
その隙間には新しい空気を入れる余地がある、とも言える。
もし瀬雅の考えが正しいなら。瀬雅が強い思いで新しい固有能力"蹂躙の悪魔"を発現したように、魅甘も自分の能力の隙間に自分の望む力を入れることができるはずだ。
「あとは自分次第だぞ。」
瀬雅はその先を魅甘の心に託す。魅甘は見つめていた自分の手を軽く握った。
「私、もういいのかな?」
何が、とは瀬雅は聞かない。彼女が悩み続けた応えは、彼女の目の前にあるのだから。
「その声が、その髪が、その魔力が――その薔薇が――俺に魅甘を思い出させてくれたんだ。無駄なんかじゃない。ここに1人救われたヤツがいる。」
瀬雅は自分の口下手さに気恥ずかしさを覚えながら告げた。プラッディとの闘いの後瀬雅の心情はひどいものだった。彼の原動力になったのは魅甘の存在であった。一度は限界まで薄まった魅甘を忘れかけたが、それを繋ぎ止めてくれたのも魅甘との思いでであった。
瀬雅の心にはいつの間にか魅甘の存在が居たのだ。
「セガ……」
魅甘は複雑な顔をする。恥ずかしいような、悲しいような、嬉しいような、成し遂げたような――
無表情に思えていたのが懐かしい、彼女はこんな百面相もできるんだな。瀬雅は「ってかセガじゃねぇライガだ」と頬を掻いてから改めて告げた。
「ミカン、俺と戦ってくれ。」
その一言に魅甘の体を白い魔力が渦巻く。淡く美しい魔力、魅甘は眉をキッと吊り上げる。その瞳には強い意志と光が灯った。
「……うん。」
そうして二人は並び立つ。紅い悪魔の怪人と白い薔薇の怪人――
新たな能力に目覚めた2人のその姿は植物族の長、シュルームを前にしても見劣っていなかった。
「いくぞ。お前はやりすぎた。俺達のルールでお前を裁いてやる。」
瀬雅は鋭い指を突きつける。一部始終を冷静に見ていたシュルームは未だ冷静だった。
「俺の支配を解いても、固有能力のデメリットを取り除いても同じことだ。そいつが植物族である限り俺の支配はいつでも成立する。」
嗤うシュルームは掌を魅甘に向ける。魅甘にとってはトラウマでしかないシュルームの能力、しかし魅甘は冷静に目を閉じると、その姿を消した。
「――小賢しい」
そう、魅甘は自身の固有能力で自らの姿を認識されなくなることができる。これはデメリットを失った今でも健在だ。瀬雅は思う、先ほど魅甘の能力は変貌した。存在の力が削れていくというデメリットの代わりに一体どんな効果を得たのだろうか。一緒に戦うのが楽しみで仕方ない。
認識されない内はシュルームの固有能力も当たりようがない。しかしそれは攻撃時に能力が解けてしまう魅甘にとっても同じことだ。魅甘は暫し潜伏するようだった。
「だったら俺のやることは1つだな――」
目の前の茸を魅甘の準備が整うまで抑え込む。否――弱らせるのだ。
「俺が相手だ鋼鉄茸!」
「いいだろう。俺はマツボロスほど単純ではないぞ!!」
2人が同時に地を蹴る。先に技を見せるのは瀬雅だ。
「魔力爪!!」
鉤爪のような魔力の刃を形成し、シュルームの体を切り裂こうとする。互いの体が接触するとき瀬雅は思いっきり腕を振り抜いた。
――――――
鋭い金属音が響き瀬雅の魔力爪が折れた。
「火炎打拳!!!!!」
お返しとばかりにシュルームが拳を放ってくる。赤熱した拳は炎を纏い、恐ろしい程の勢いで瀬雅に迫ってくる。あれは固有能力による炎ではない、凄まじい勢いで繰り出された拳が物理的に発火しているのだ。
「魔力球!!」
瀬雅は敢えて体勢を崩し、紅い魔力球を放つ。当然咄嗟に撃ったその攻撃はシュルームの拳に打ち消されるが、僅かに直撃コースから軌道が逸れる。そして瀬雅自身は魔力球を打ち出した反作用を利用して、不安定な姿勢からはあり得ない速度で飛びのいた。
「――ほう。」
距離を取って着地する瀬雅に感心したような目線を向けるシュルーム。振り切った拳が地面に突き刺さり、アスファルトを溶かしている。
「かってぇ……」
一方瀬雅は消え去った魔力爪の残滓を見て顔を顰めていた。魔力で模られた爪が、物理的な衝撃で折れることなどあり得ない。
マツボロスの装甲はその硬度によって傷をつけることがほぼできなかったが、シュルームの体はそれ以上だ。切り裂いたこちらの攻撃が壊れているのだから。
「なるほど、だからそんな軽装なのか――」
瀬雅は己の拳とシュルームに目線を行き来させて呟く。魔力でできた爪が折れる――つまりシュルームの体も魔力が練り込まれているということ。鋼鉄のような体表を更に高純度の魔力でコーティングし魔鋼とする。
最高の防御力をもった体自体が鎧なのだ。故にマツボロスやダンデライアン――瀬雅は知らないが――のような鎧、甲冑ではなく着物のような軽装でいいということ。
「こりゃあ一筋縄ではいかねえな……」
「久しぶりに歯ごたえのありそうな輩だ。俺も技を見せてやろう。」
好戦的な笑みを浮かべてるあたり、シュルームは渇いていたのだろう。
瀬雅は警戒を強めて再び魔力の爪を形成した。
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