46.溢れた願いは
駆けつけた瀬雅は魅甘の鎌を優しく抑えながら周囲の様子に目を向ける。
「おまえがシュルームか……」
目に飛び込んできたのは異形。大きな編み笠のような茸を被った怪人。着物風の衣装に身を包み、大きくはだけた腹には植物族の紋章が上位種であることを主張している。腰に下げた太刀は触れられてもいないのに危うげな気配を感じる、恐らく毒だ。
そして左手。まるでそこだけが別の生き物のようで、それは熱した鋼鉄のように橙色の鈍い光を放っていた。魅甘の腹部の抉れたような裂傷は恐らくあの拳によるものだ。
こいつが魅甘の人生を滅茶苦茶にした。どこまでも寂しく、優しい少女の人生を。
そして魅甘と瀬雅の周囲には4人の男女が経っている。その表情を見ればすぐに彼らの事情は分かった。ガザミが襲った人間に飲ませていた薬、あれは瀬雅を怪人にした実験の簡易版というべきだろう。
なんの罪もない住民を強制的に植物族に変貌させ、第2、第3の魅甘を生もうというのか。そう思ったところで瀬雅は気が付いた。
「行方不明になった住民は10人ほどいたはずだ。どういうことだ!?」
シュルームは突然何族にもカテゴライズされないような、悪魔の怪人の登場に驚いていたが、すぐに怪しげな笑顔を作った。
「なぁに、適性がなかった輩も居た。それだけだ。」
「てめぇ……!」
瀬雅の眼に怒りが灯る。コイツは恐らく人間の価値など路傍の石ころ程にしか見出していない。そして、植物族に変化させて自陣を拡大しようと企んでいるに違いない。
「何が目的だ?」
瀬雅は努めて冷静に話しかける。しかしシュルームは下卑た笑みを浮かべた。
「何者だか知らないがお前に話してやる義理はない。お前ら、やれ。」
シュルームの号令で強制的に体を動かして襲い掛かる元住民達。植物族限定の支配能力である"胞子の軍勢"に抗う術はない。
戦いなど知らずに生きてきた4人は再び暴力を振るわなければいけないことに絶望し、涙する。怪人の姿とは言え美しい少女である魅甘を相手にするのも罪悪感が凄まじかった。今度は見るからに危険そうな紅い悪魔が相手なのだ。
暴力を振るうということは、同時に相手に暴力を振るわれる可能性があるということ。戦いというのは双方がその覚悟を持って臨むもの。しかし元住民たちはそんな覚悟もないまま、操られるがままに四方から瀬雅に襲い掛かるのだった。
「セガ……」
魅甘は心配そうに未だ動かない瀬雅を見つめる。いくら瀬雅とてシュルームの強さには叶わないだろう。怪人化した4人を救うにはシュルームを倒すしかない。
――そんな心情を察した瀬雅は安心させるために魅甘に微笑んでやる。
「大丈夫だ麦町。俺がお前を護るから。」
「――っ」
魅甘の眼が大きく見開かれる、奇跡を目の当たりにしたかのように。きっと瀬雅が未だに魅甘の名前を憶えていたこと、それどころか魅甘がよく口にしていた「私が護るから」という言葉と同じように瀬雅がいったことに対しての驚きだろう。
瀬雅はもちろん魅甘の名前は覚えていたが。魅甘の口癖を真似たのは無意識のうちだった。時たま言われていた「私が護るから」という言葉は各場面で瀬雅の印象に残り、前進する原動力としていつの間にか刻まれていたのだった。
嬉しいような、感動したような。そんな表情を浮かべる魅甘に軽く頷いてから襲い来る怪人の方へ手を向ける。
魅甘は瀬雅が元住民達に攻撃しようとしているのを再び心配そうな顔になって見ている。しかし彼女は失念していた。
シュルームの固有能力"胞子の軍勢"は植物族に支配というバットステータスを強制的に押し付けるもの。
魅甘や彼らが飲まされた薬は、人間を強制的に植物族の怪人にするという呪いの代物。
そして――
「"正義の悪魔"」
――瀬雅の1つ目の固有能力"正義の悪魔"は、バットステータスや呪いを取り除く能力であること。
「あ……」
瀬雅の掌からは温かい魔力が溢れ、住民たちの支配を、そして薬によって変えられた体を元通りに癒していく。
体に生えた葉は消え去り、木の皮のようにガサガサだった肌には生気が戻っていく。
「助かった、のか?」
「あああ」
「うわぁあああん、こわかったよおおおおおお!」
「よかった……本当に……」
解放された人たちは口々安堵を表現する。瀬雅は微笑み、魅甘は感動する。
「一体何が起きた……、こんな目立つヤツをマツボロスはどうして見逃しているんだ……。」
シュルームは驚愕の表情を作っていた。"胞子の軍勢"は性質上リュウゼツランにも効かないためともかくとして、一度つくりかえられた肉体を再びもとに戻すというのは不可能だと思っていたからだ。
瀬雅はシュルームを睨み付けると、少しだけ、悪魔っぽい笑顔を作っていってやるのだった。
「マツボロスにここを聞いてきたんだよ。」
「……何?あいつが負けたのか。」
シュルームの顔から動揺が消える。絶対の信頼を置いていた部下が敗れたと知り、瀬雅への警戒を強めたのだ。
瀬雅も臨戦態勢に移ろうと魔力を高めていく。人間の姿に戻った住民たちは、不穏な空気に充てられて物陰に隠れたようだ。
「セガ……だめ……そいつは強すぎる。」
シュルームに対面しようとする瀬雅を魅甘は止める。シュルームは固有能力で植物族の頂点に立っている、そう誤解されがちだ。だが実はそれだけではない、単純に強すぎるのだ。
瀬雅はそんな魅甘の声を背中で受けて1つ深呼吸する。そして振り返った。
「ああ、あいつが強そうなのは分かってる。一緒に戦ってくれるだろ?」
「あ……」
そう、瀬雅と魅甘はこの一ヶ月共に訓練し、共に戦ってきたコンビなのだから。当たり前のように言う瀬雅に魅甘はしかし俯いてしまう。
「そんな……だめ、私、自分のことばかりで……まわりの人を傷つけてばかりで……」
「誰だってそうさ。生物はみんな周りを傷つけて自分の幸福を願う。」
「でも私はセガを……私はセガとは違う、愚かで弱い……」
「俺は麦町に負けたことあるんだけどな……。」
最初の模擬戦を思い出して苦笑いする瀬雅。互いに変身していなかったとはいえ、負けは負け。何も言えなくなってしまった魅甘。責めて欲しかった。なぜ1人で突っ走ったのかと、なぜ怪人なんだと、なぜ、家族を手にかけたのかと。
しかし瀬雅はそれをしない。思ってないことは言えないのだ。
「……みんなを巻き込まないように1人で戦ってきたんだろ。そんなヒーローに愚かなんて言うほど俺も愚かじゃないつもりだ。」
「…………」
何も言えなくなってしまった魅甘。代わりに瀬雅が尋ねた。
「お前はどうしたいんだ?」
魅甘は答える。
「セガみたいに……誰かに希望をふりまける人になりたい。」
それは紛れもない魅甘の本心だった。たった今だって、気絶させることしか思いつかなかった住民たちを瀬雅は鮮やかに救って見せた。実際は能力の性質の問題なのだが、結果が大事だ。
「それはお前の本心じゃないだろう。」
「そんなこと!!」
「いいや、違う。」
「違わないっ!!!!」
自身の言葉を否定されて魅甘は声を荒げる。瀬雅はそれも覚悟の上なのか魅甘から目を逸らさない。
だから、魅甘の次の言葉も冷静に受け止めた。
「セガに……あなたに私の何が分かるの……!」
魅甘は言った後すぐにハッとする。自分は何を言っているんだろう。何度も何度も救われてきた恩人に、初めて学園に居場所をつくってくれた人に向ける言葉がよりによってそんな言葉か。しかし同時に投げやりな気持ちも生まれたようだった。それみろ、自分はこんなに卑屈で愚かな怪人なんだ。瀬雅とは違う、何も成し遂げられなかった消えゆく存在だ。
瀬雅は魅甘のそんな心が透けて見えるようだった。忌むべき植物族に自分自身が堕ちたこと、10年前家族を助けられなかったことからか、彼女は自分の卑下する傾向にあるようだった。
もちろん瀬雅は魅甘の発言が嘘ではないことは分かっていた。だが、聞きたいのはそうじゃない。本当は分かっているはずだ。誰が彼女を見たって、彼女の望みなんて分かるのだから。
「ああ、俺はお前と出会ってから1ヶ月間しかお前のことを知らないさ。」
「だったら……!」「だから」「――っ」
だから、瀬雅はこう聞き方を変えた。
「俺と出会う前の麦町は、どうしたかったんだ?」
「あ……」
漸く瀬雅の質問を理解する。
瀬雅のようになりたい、確かに彼女の今の本心だ。だが瀬雅に出会う前は?もっと昔、独りきりだった頃、彼女は心から求めていたのではないのか。
10年前からずっと、自ら封印してきたその言葉。誰にも迷惑をかけたくなかったから蓋をした自らの本当の望み。
感情が壊れる――
魅甘は膝立ちの姿勢のまま、涙と共に悲痛な叫び声を上げた。
「みんな……私を忘れないで……!!!!お願い……たすけてよ……っ!!!!!!」
瀬雅は普段の強面、ましてや悪魔の姿となった今の顔からは考えられないほど優しい笑みを浮かべた。
「麦町魅甘。俺はもうお前を忘れないよ。」
心のダムを決壊させた魅甘に向けて、瀬雅は温かい魔力を帯びた掌を伸ばすのであった。
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