7.ルミ・ティイケリ
やっと話が進んでいきます。
「勝った……のか。」
いまいち実感が沸かず、声に出してそう確認した。遠くから微かにサイレンが聞こえる、学園からの応援や救護班が近づいているのだろう。
瀬雅は膝をついている、魔力で強化することのできない身でありながら怪人と渡り合ったのだ、本人は何日かは筋肉痛かな――という認識程度だが、実際は体のあちこちは千切れる寸前。
「まぁ、立てないのはあっちもだしな。」
視線の先にはネズミの怪人。半身を失いながらもその強靭な生命はまだ絶えていなかった。
「……何故殺さなかった。」
「馬鹿いえ、死んだらどーやって償うつもりだ。逃げんなガチムチネズミ。」
軽口で返すが、瀬雅はネズミが人間を襲ったこと自体はそれほど怒っていなかった。人間だって生命を奪う、ネズミの罪は騒ぎを無意味に拡大したこと。だからこそ瀬雅はトドメをささなかった。
「チチ……タチの悪いヒーローに当たっちまったみてぇだな。」
「生憎候補生でね。未熟は勘弁して欲しい。」
応援が来れば怪人は捕らえられ、街を破壊した"危険度B"の怪人として隔離されるだろう。
逃げ遅れた少年は最後の攻防の衝撃と、助かった安心からか意識を手放してしまった。顔色は悪くないのでじきに目を覚ますはずだ。
無事解決――。時間稼ぎどころか怪人を倒して見せた瀬雅。一方で金堂鐸の裏方での避難誘導により死者は0。
2年生がこれだけの戦績を残したというのは天野学園始まって以来初の快挙であった。しかも功績者は両方"Cクラス"学園にこびりつく魔力至上主義が覆り始める事件として幕を下ろす――――
「よくもワタシの部下を斬ってくれたな、ニンゲン。」
「!」
ことはなかった。荒れたスーパー周辺に高く美しく、そして乱暴な声が響いた。
「なん、だ。お前は……?」
「………………」
声の主は殺意のこもった目線で応える。
たった少しのやり取りで瀬雅はプレッシャーを感じていることに気が付いた。本能が警鐘を鳴らしている。瀬雅は構えようとするが、非常用魔力剣は既にその輝きを失っていた。
所詮は非常用。あらかじめ注入しておいた魔力を使い切ればただの筒である。
「なんてタイミングの悪い……。」
何とか自分を奮い立たせようとする瀬雅。せっかくハッピーエンドを迎えようとしているのだ。ここで死ぬ訳にはいかない。
瀬雅が無意識の内に"死"を連想するほどに、瓦礫の山に腰掛ける少女は強かった。
このままでは勝てない、瀬雅はそう確信していた。だからこそ切り札を使うしかない。そう思った時
「待て、そろそろニンゲンが駆けつけてくるな。ワタシも今日はここまでにしておきたい。」
瓦礫の上の少女は宝石のような碧眼を細める。怒気をはらんだ声とは裏腹に、座った姿はとても優雅だった。
「戦わない、のか?」
思わず口にする瀬雅。少女は心底嫌そうに形のいい眉を歪めるが、返さずにネズミの怪人の方へと向かった。
「さて、大分好き放題暴れたようだなネズミ。」
「お……お許しを……」
(あのネズミが怯えている……?)
瀬雅は少女への警戒心を上げる。見かけでいえば自分よりも年下にしか見えない小柄な少女、そんな少女に熊より大きい怪人が仰向けのまま怯えているのだ。
ネズミの怪人は命令されていた。その内容は"適度に暴れること"――人を食い散らかそうとし、ヒーロー候補生と一戦交え、しかも下半身を失い虫の息。どう見ても適度とは言い難かった。
「ワタシの命令の意味が分かっていなかったようだな。」
微小を浮かべる少女。その表情は瀬雅に向けたものとは違い穏やかであったが、ネズミの怪人は震えを隠せずにいた。
格上の命令を無視したら消されても文句は言えない。怪人の世界は実力主義だ。上司の気分で首が飛ぶ例などいくらでもある。
「お、おい――そいつは!」
瀬雅もネズミの怯えを察してこの後の展開を予想した。先ほどまで戦っていた相手を庇うように声を上げる。自分が絶たなかった命を同じ怪人が奪うことはないだろう、と。
しかし、銀髪の少女が発した言葉はネズミの怪人の予想とも、瀬雅の予想とも全く異なるものだった。
「頑張ったな。だが適度に、とも言ったはずだ。ニンゲンなんぞに命をくれてやる必要はない。」
「お、おれは、、、貴方に逆らって……」
少女はねぎらいの言葉と共に手を差し伸べる。ネズミが何かを言いかけたが首を振って静止し、ネズミを担ぎあげた。
「しばらく休め。」
「あ、ありがたき。」
少女は部下を軽んじる冷酷ではなかった。ネズミは感涙し、瀬雅は振り向く彼女を困惑の目で見る。
「さて、部下が世話になったな人間。本来なら八つ裂きにしてやりたいが、今は少々都合が悪い。各地の部下たちも撤退する頃合いだろう。」
「各地の――まさか今日の大和町の騒ぎは全部お前の差し金か!?」
「いかにも。」
瀬雅は先ほどの通信を思い出す。これほどの騒ぎにも関わらず応援は来なかった。それは大和町各地で同じような事態が発生しているからだと担任は言っていた。
だとしたら目の前の少女は今回の主犯ということになる。なんとかとどめたいが、圧倒的な実力差を感じている上に少女自身がこれ以上の戦いを望んでいないようだった。
怪人との戦争から10年、こんなに表立った被害は聞かなかった。瀬雅は何かが起こり始めていると察知しながらも、言葉を絞り出す。
「目的はなんだ。」
少女は瀬雅を強く睨む、それは明らかな敵意だった。身の丈より大きいネズミの怪人を背負い直すと、少女は高らかに言い放った。
「これはワタシ――獣族が上位種ルミ・ティイケリの――――復讐だ―――――!」
踵を返して去る少女、腰ほどまである長い銀髪が舞う。瀬雅はそれをただ見送ることしかできない。
人間への強い憎悪を秘めたその碧眼が瀬雅の頭からは離れなかった。
応援の到着を告げるサイレンがすぐそこまで来ていた。
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次回は明日13時の予定です。
※2016.10.19 ルミの口調を修正