6.ヒーロー候補生の決意と米村瀬雅の実力(挿絵有)
ここまで書きたい!という願いは虚しく……話が進みません。
瀬雅は地面を蹴ると一気に怪人との距離を詰めた。武道の理念を学んだ者特有の、体の沈み込みや予備動作を必要としない完璧なダッシュだった。
「食らえ!」
突然の加速に戸惑う怪人に、瀬雅は鋭い正拳突きを繰り出した。怪人はとっさに両腕を交差することで急所を覆うが、予期せぬ威力にたたらを踏む。
「はあああああああ!」
拳が腕にヒットした瞬間、推進力を回転に変えてそのまま脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。瀬雅の倍はありそうな巨躯が曲がり、廃墟のようになってしまったスーパーの外壁に突っ込む。
「ッチィ!てめぇ、今まで実力を隠してやがったな!」
「いや、全力だったさ。回避にな。」
瀬雅の猛攻に悪態をつくネズミの怪人。派手に飛んだわりにはあまり効いた様子はない。瀬雅が飛ばされたときのように技術で衝撃を殺したのではなく、単純に耐久力が馬鹿げている証拠である。
「どうやら応援は望めないらしいんでね。今度は全力で攻撃させてもらうぜ。」
「チチチチチ、そうこなくちゃなァ!」
互いに構える。これまで瀬雅は自ら攻撃を当てようとはしていなかった、時間稼ぎが目的だったからだ。それが、応援は期待できず、背後には逃げ遅れた少年、更に人目はほとんどない。瀬雅にとっては戦わなければならず。Cクラスの自分が生身で戦ってもバレない最適な条件だった。
「はッ!」
「チチ、同じ手段は通用しねぇぜ小僧!」
再び突貫する瀬雅、しかし怪人も今度は体勢が整っているためカウンターを狙って拳を合わせてきた。
「フッ!!」
その時、瀬雅は拳が空振るよう速度を一瞬緩め、怪人の腕が伸びた所ですかさず絡みつく。そのまま一本背負いに移行した。
軽く数百キロはあるであろう熊のような巨体が、遠心力と自らの前進した勢いで見事な軌道を描く。
「グェッ!」
「ネズミのくせにカエルみたいな声だ、な!」
仰向けに地面に叩きつけられた怪人に対し、瀬雅は顔面に一発、そのままみぞおちに一発入れて離脱した。火力の差がありすぎるため、追撃を加えたいところだが欲張りすぎて体の一部でも掴まれたら確実に終わる。
「クソったれ。小賢しい技を使いやがって。」
「愚痴りたいのはこっちだぜ。急所に入れてもケロっとしやがって。」
「チチィ、遊びは終わりだ。こっちから行くからなァ!」
今度は怪人が飛び出してくる。瀬雅のそれと違い、そこには理などない。圧倒的なパワーを余すことなく破壊に使う純粋な暴力だ。
「ぐっ。くそ!」
一度相手のペースになってしまうと瀬雅にとっては厳しくなる。対人なら反撃できそうな後隙が、魔力を持っている者には存在しないのだ。単発ならともかく、怪人が連撃の意思さえ持っていれば、魔力によって補強された筋肉はフルスイングの途中でもベクトルを転ずる。
「ぐ、あああああッ!」
「チチチチチ!!!」
怒涛の連撃に、怪人の拳が瀬雅の左腕を襲った。咄嗟に殴られたまま回転しつつ後方へ飛ぶことでなんとか肩が抜けるのだけは阻止する。直撃でないにも関わらず瀬雅はその威力に顔を顰める。
怪人との距離が開いた、が今度は待ってはくれない。大きく体を沈み込ませた怪人は再びタックルの構えで飛び込んでくる。
「魔力剣――!」
『――――アンロック。魔力剣を形成します。』
しかし瀬雅に焦りはなかった。先ほどの攻防で、逃げ遅れた少年から戦場をやや離すことができたのだ。
これで巻き込んでしまうことを恐れて使っていなかった手札を切ることができる。
「はっ!」
「!?チッ!」
これまでと違う攻撃を警戒してか、怪人はタックルの姿勢からの横とびで唐竹割りを回避した。全力疾走から横とびに移行する無茶苦茶ぶりは瀬雅には不気味に映った。
「それが攻撃手段ってわけかァ!」
「ああ、これならダメージもあるだろ。」
"非常用魔力剣"。魔力が少ない者や、魔力が切れた際に使用する天野学園の支給武装。事前にハンドマイクのような円柱に魔力をストックしておき、学園側の承諾があればそれを刃に変換して剣を形作る。
魔力を介さない攻撃は通らないと予想していた瀬雅はこれで戦うつもりだった。速度では上、防御力では下。これで、攻撃力ではなんとか並ぶことができる。
「行くぞ!」
「チチチチチ!!!」
今度は双方が同時に駆け出した。瀬雅は金色に輝く刃を振るい、怪人は自動車を投げ飛ばすほどの膂力を振るう。互いに避け、振り、躱し、駆ける。
どちらかが何かアクションする度に地面はめくれ上がり、塀は崩れ、壁は断ち切られていく。これまでの子どもを巻き込むことを恐れた小手調べではない、壮絶な攻防。誰かが見ていたらどちらも怪物にしか映らないはずだ。
「す、、、すごい。」
ここに1人、見ている者がいた。逃げ遅れた少年遠くの戦いを目で追い、いつの間にか瓦礫の影に隠れるのをやめていた。幼い目に映るのは、圧倒的な暴力の権化を華麗にいなし続け、互角に戦うヒーロー。
「いつか、、、」
瀬雅は自らの奮闘が今まさに子どもに希望を与えていることには気づいていない。ただ目の前の怪人を無力化する。それだけを考えていた。
「チ、クショウ……!」
瀬雅の剣が怪人の体に傷をつけていく、それはかすり傷と表現しても差し支えない程度のものではあったが、先ほどまでにはなかった展開だ。
もともと瀬雅には攻撃の術も防御の術も回避の術もあった。一方で怪人はこれまでの人生で、圧倒的なパワーで捻りつぶすのみという戦い方一辺倒であった。なんとかスペックで補っているが、回避しきれない攻撃が出てきたのである。
「フッ、ハァッ!!」
かといって瀬雅にも余裕はない。先ほどの殴打のせいで左腕は使えるものの、挙動がワンテンポ遅れる。怪人は高速の攻防の中でそこを的確についてくる。
辺りにまた1つ瓦礫が散らばる。目にも止まらないやりとりの中でも引けをとらない互角さの中、先に動いたのは怪人のほうだった。
「破砕駄ァ!!」
「!!まずい!」
怪人が地面を脚で思い切り踏みぬいた。とてつもない衝撃と共に地面が割れる。周囲に石片が浮かび、礫となって瀬雅を襲った。
(まずい、体が浮いたら……)
地面が割れては空に逃げるしかない。たまらず瀬雅は飛び出すが、そうすれば自由が利かなくなり追撃が来る。瀬雅は自分が持つ限り最大の防御姿勢で備えた。
「死ねぇええええ!」
身動きが取れない体に会心の一撃、電柱のような太い脚が瀬雅を襲った。
「ぐぅおッ!」
瀬雅の体がめきめきと嫌な音を上げる。全身の関節を使い衝撃を逃がす、なんとか動ける程度の傷で済んだが、地面を踏み抜いて瓦礫を飛ばしてくるという攻撃方法の前では近距離での有利さは消え去った。
「ハァ……殴り殺したかったんだけどなァ! 遠距離からいたぶるのも悪くねぇな。」
再び地面を鳴らす怪人。石の塊が殺意を持って瀬雅を襲う。瀬雅は辛くもその全てを魔力剣で防いで見せた。
「はぁ、はぁ、はあ……」
「チ、チチ!俺に、ここまで手を焼かせるなんて……な」
両者共に息が上がる。激しい技の応酬、常人ならば心臓が止まっているほどの動きだ。瀬雅は剣を杖にしながら立ち直し、聞いた。
「何故人を襲う。食事がしたいなら大勢を襲う必要なんてないだろ。」
怪人は高笑いで答えた。
「チチチチチ!!!傑作だ小僧!てめぇら人間は食材をそのまま食べるのか!?殺して焼いて斬って炙って煮る。同じだよ、極上の食事のための工夫さァ!」
当然だろと返す、怪人の頭は食物連鎖の頂点に自分を置いているようだった。瀬雅はそれを聞いて、憤るでもなく、恐れるでもなく、ただ笑っていた。
「そうか……よかったよ、お前が戦士じゃなくて。」
「あん?どういう意味だ。」
怪訝そうにネズミは尋ねる、瀬雅は話はもう終わりだとばかりに剣を構えた。
「おわりにしよう。」
「チチチ……それは優位に立ってるやつの台詞だぜ!」
答えずに瀬雅は飛び出す。怪人との距離を真っ直ぐに、最短で走り抜ける。
「無駄だ!俺の間合いには入れねェ!わかってんだろ!?」
怪人は既に瓦礫だらけの地面を再び揺らす。大小無数の礫が弾丸のように瀬雅を襲った。揺れる地面、空中に飛び上がれば格好の餌食。今度は確実に凶悪な四肢が瀬雅を仕留めるだろう。
かといって、そのまま地面を踏みしめれば飛んでくる礫にすりつぶされる。怪人の膂力で打ち出されたそれは1つ1つが大砲である。
「――――――!」
瀬雅には希望があった。ヒーロー候補生なら誰しもが程度の差こそあれ、魔力を使って身体能力を増強したり、魔力を飛ばして攻撃したりできる。彼にはそれができない、今も、事前に他人にストックしてもらった剣のみが有効打である。
しかし、そんな彼が天野学園にとどまっているのは彼の不断の努力によって培われた戦闘技術と――。
学園随一と言ってもいい程の地の身体能力のおかげだ。彼は見逃さなかった。向かってくる瓦礫の隙間を。ずば抜けているのは、動体視力だって例外ではないのだから。
「なんだとォ!?!!?」
怪人は見誤っていた。先ほどの瀬雅は全力で向かって来ている、そう確信していたからこそ、この対処法で潰せると思っていた。しかし、瀬雅はまだ本気ではなかったのだ。
最初は回避に全力だった。
先ほどは攻撃に全力だった。
今、目の前のヒーロー候補生は全力で切り裂こうとしている。
「なん……だよ……これ…………」
一閃―――――
横なぎに分断される怪人。その直前に怪人の瞳に映っていたのは
飛ばした瓦礫の上を走って急接近する米村瀬雅の姿であった。
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