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正義の条件  作者: ありと@
第2章『白い薔薇の少女』
54/85

29.正義の条件で

――――大和町西区留置所地下


 光の差し込まない地下、その部屋は暗かった。電気を使わなければ、ホテル調の空間も何がどこにあるか判断できはしない。




「……ついにこのときが来たか。」



 暗闇の中、椅子に一人腰かけていた少女がこぼす。彼女は、ルミ・ティイケリはここ数日、寝ることも食べることもなくずっとこうしていた。




 ここに来客があり、相談を受けた時からずっと、この瞬間を待っていたのだ。



 自分の中から一人の怪人が消えるのを。





 白い薔薇の怪人は今、自らに呪いをかけ続けている。彼女の狙いを知ったルミは、せめて彼女のことを忘れてしまうまでは気にかけておこうと思っていたのだ。




「本当に顔も名前も忘れてしまうのだな。」





 ルミの中には既に麦町魅甘の見た目は残っていない。やがて彼女が存在したこと自体も忘れてしまうのだろう。




 戦争に巻き込まれ、復讐にその生を捧げる少女。


 最後は食物族最強と謳われるシュルームからみんなを護るために、自らの呪いを使って消えていくことを選んだ少女。



 きっと彼女ならやり遂げるだろう。理屈ではなく、心が折れない限り信念の強さがそうさせるだろう。


 しかし、町が救われても、きっと彼女に感謝する者はいない。彼女は怪人で、みんなの心から消えているのだから。



気まぐれに助けてやろうかとも思ったが、軟禁中の彼女にはそれはかなわない。ルミとて獣族の上位種だ。瀬雅によって呪いから解放された今、並みの怪人には劣らないはずだが……



「せめて、そんな悲しい生き方を貫いた怪人(ヒーロー)がいたこと。その心だけはワタシの魂に留めておくとしよう。」





 ルミはそう呟くと目を閉じる。

 名前も顔もわからなくなってしまった少女の人生が、願わくば、ほんの少しでも幸せに終わることを願いながら―――





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



――作戦決行の時が近づいてきた。



 大和町の住民は順次避難している。なにせ人数が多い。見込みではもう少しかかるだろう。



 時刻は日曜の23時30分。日付が変わり、月曜日になった瞬間に大和町外の植物族と交戦を開始する。



 すべての戦闘行為が一時的に許可された天野学園の教師達は、装備のメンテナンスや気合を入れなおしたりと思い思いの時間を過ごしていた。




 その光景を1人見ている生徒が居た。


 本来生徒達は町内で避難誘導と、万が一植物族が町内に現れたときの備えに当たっているはずだ。そんな中で瀬雅は1人、グラウンドに集まるヒーロー達を見ている。



 いや、ある人物を探していたのだ。





「どうした米村。」




 探し人はすぐに瀬雅に気づいた。



「五十嵐先生、俺……。」

「何か、吹っ切れたんだな。」




 瀬雅の決意に満ちた瞳を見た三大ヒーロー五十嵐光は満足気に頷いた。

 恐らく、既に五十嵐の中にも魅甘はいないだろう。


 ここにいる瀬雅以外の全員が"死神"をただの討伐対象としか考えていないだろう。



 だから瀬雅はここにいる全員の意向に背く(魅甘を助ける)ことになると伝えにきたのだ。



 ヒーローたるもの命令系統は絶対である。





 だから瀬雅は、今宵は怪人として戦うことを決めた。







「米村。」



 五十嵐が真面目な顔を作って瀬雅の両肩に手を置いた。



 微妙に高い目線を少しかがんで瀬雅に合わせる五十嵐。鋭く凛々しい金の双眸が瀬雅の目に飛び込んできた。





「お前の中で何があったか、俺には分からない。多分お前も迷うことがあると思う。だから」





 五十嵐は一度言葉を切り、瞬きした。再び目を開けた五十嵐の顔には笑みが浮かんでいた。勝利を確信したときの勝気な顔だ。瀬雅は心を透かされている、いや、太陽に照らされているような気分になっていた。




「今日は自分の決めた道を行け。お前の信じる、正義の条件(おまえのルール)で護りたいものを護って見せるんだ。」






「っ――はい!!」





 力強く頷き会う2人。瀬雅は五十嵐に感謝した。きっと五十嵐は瀬雅がこれから命令系統に背いて独断で動くと察しているだろう。


 でも五十嵐は瀬雅を止めなかった。絶対に己が正しいと思う方向を行けと道を照らした。彼が"太陽"と称されるのはその黄金の魔力光だけではない。戦争の最前線を突っ走って、背を預ける他のヒーローに道を示してきた。彼のリーダーとしての素質が"太陽"なのだ。





「よし!行くぞみんな!!ヒーローの力を今一度思い知らせてやろう!!」



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」




 五十嵐の扇動にグラウンドが揺れる。失踪している生徒を取り返し、怪人も倒し、人間領を拡大する。全部やり遂げてやる。ヒーロー達のその気概が声を地響きまでに昇華させる。




 その様子を見た瀬雅もまた、魅甘を救って見せると改めて決心した。





―――――人間領拡大作戦――植物族との全面衝突がついに開始される。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――大和町南区




「人間共もやる気になったようだ。」


「ハッ。随分と悠長なもんだ。なぁシュルーム様よ、俺の出番はまだかよ。」



 大和町の南区、オフィス街が中心になる南区は自然にビルが多くなる。そのうちの一つに影が2つあった。



「まぁ待て、まずは俺の軍勢のテストからだ。」


 一人は編み笠のようなキノコを頭に乗せた侍のような怪人。和服のような恰好のはだけた腹には植物族の紋章がのぞいている。近づいた植物族を意のままに操ることができる固有能力"胞子の軍勢(スポア・トゥループス)"を持つ上位種シュルームだ。



 彼がこの能力を発現してから10年。能力をなじませながら用意した軍勢は2万。事実上ほとんどすべての植物族が彼の支配下にあるといってよい。



「ったく、ちゃんと俺の暴れる余地は残しておいてくれよ?」



 もう一人の怪人は、針葉樹のような刺々しい甲殻に包まれた体、その腰装甲にはやはり植物族の紋章――上位種の証が刻まれていた。


 マツカサのような頭と凶悪な装甲を持つ怪人"マツボロス"もまた、暴れる機会を失っている。



 まさか植物族の大群の本体といっていい上位種2人が既に結界に囲まれた大和町の内部に入り込んでいるとは思うまい。



 事実、人間領の拡大ももくろんでいるヒーローたちは、主力を大和町の()に割いていた。




「まずは一勝。」




 指示を出すシュルーム。




 何もない空間に魔法陣が浮かび、そこから兵が出てくる。



 ガザミの怪人、ドクダミの怪人、タンポポの怪人、コスモスの怪人、スギの怪人……

次々と登場する怪人達。シュルームの能力によって完全に統率された20000の植物族達。




 更には上位種シュルームとマツボロスまで揃っている。今、圧倒的な絶望が南区から大和町全域に広がり始めたのだ。


次話は明日15時です!是非(OvO)!


補足:魅甘を忘れるタイミングが人によってばらついているのは、"魅甘のことをどれだけつよく思っているか"が関係しています。クラスメイトAや鐸、瀬雅でばらつきがあったのはそのためです。ルミもかなり魅甘を気にかけていたことになりますね。

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