28.あと一度だけ
大和町のヒーロー達によって行われる作戦行動は、再びの調整を経て結構されることになった。
まず、最重要事項が住民の避難だ。大和町の外に植物族の上位種が複数体確認されているとのことだ。更には黒崎の報告により”危険な怪人”と判断された”死神”も見つけ次第討伐せよとのこと。
基本的に大和町全土には侵入を拒む結界が用意されている。しかし、ガザミやタンポポの怪人は現に大和町の内部に侵入してきている。植物族の側に何らかの結界通過手段だあると考えていいだろう。
そうすると、上位種が街に侵入してきた時のために住民を各ブロックに備えてあるシェルターに避難させることが必要になる。
次に、連絡が取れなくなっている3年生3人の捜索だ。3人の生存を確認し、場合によっては怪人達と戦闘を行うことになる。
そして、行方不明になった人間の捜索。こちらは瀬雅、鐸、五十嵐の活躍によって、ガザミの怪人に襲われて何らかの薬を投与されていることが濃厚になった。つまり、今回の植物族の一連の行動は、人間に対し何か実験を行っているということだろう。裏を返せば行方不明者達はまだ生存している可能性が高い。
国は先日の調査作戦の結果を踏まえ、更に重ねて人間領の拡大を作戦に組み込むこととした。
大和町から佐渡島の方向に向けて、怪人を討伐しながら進んでいき、怪人領を分断するという作戦である。
調査も成功とは言い難い結末だったにもかかわらず国の作戦はよく言えば大胆、悪く言えば夢見がちな子どもの願望である。植物族との全開戦闘をすることで苦労するのは現場のヒーロー達なのだから。
人間領拡大作戦の決行は明日の月曜日。日曜の午後からは、先んじて住民の避難誘導が始まっていた。
「はーい!一列にならんでくださーい!」
天野学園の生徒達が住民をシェルターまで案内する。ブロックごとに複数設けられている地下シェルターであれば、内部の安全は保障される。少なくとも、前回東区の駅前公園を襲った上位種プラッディクラスの怪人が来てもすぐに破壊されるようなことはない。
住民には既に怪人が襲ってくる可能性が放送されている。当然パニックになりかけている民衆を無事に避難させる重要な任務だった。
「ホントにくんのかよ……商売あがったりだぜ。」
「ああ、大体ヒーローがちゃちゃっと倒してくれればいいんだ。」
「ホント迷惑よねぇ。」
中にはこんなことを言う者達も居た。ヒーローが街を守ってくれるというのは一般人の中での常識だ。なぜなら彼らとヒーローの最大の違いは怪人を倒せるかどうかなのだから。
「……ご迷惑おかけします。」
心外だという感情を押し殺して瀬雅は誘導を続けた。といっても移動していく列に乱れが出ないように列の外側に手を広げて立っているだけなのだが。
正直退屈だ。自分も戦闘に参加したい。そう思うが、そもそも単独でないと怪人の姿を人に晒すことになってしまう。
そして、失踪している鐸の姉の捜索に戦闘行為の制限を一時解除された三大ヒーロー五十嵐光も参加することになっている。そうなった以上、自ら積極的に怪人を討伐する必要もないはずなのだ。
(……なにか大事なことを忘れている気がする。)
しかし、瀬雅の心は警鐘を鳴らしていた、お前は大事なことを忘れているぞ。と。
(俺に今回戦闘に加わる理由なんてないはずだ。この任務だって重要な仕事だ、街を護るために努め上げなくちゃな……)
“護る”――その言葉に行きついた時、心臓が弾んだ気がした。
なんだ?なにを忘れている……?
瀬雅は必死に己に問いかける。俺は何を護らなければいけなかったんだ?
ふわり
脳裏をいつか嗅いだ柑橘系の香りがよぎる。落ち着く匂いだ。瀬雅の好きな匂いだ。
いつからこの匂いが好きになったのだろう。最近のことだった気がするが思い出せない。自分の心が不思議だった。
なぜ思い出せないのか。
何を忘れているというのか。
どうして
“それ”を思い出せないことでこんなにも悲しい気持ちになるのか。
気づけば瀬雅の目には涙が溜まっていた。大切なことを、多分、絶対に忘れないと誓った、誰かを護りたいという気持ちが自分自身の心を殴ってくるんだ。
謎の後悔に襲われながら、瀬雅は避難誘導を続けた――。
日曜の午後をそうして終え、ひとまずの休憩を迎えた瀬雅。
万単位の人がぞろぞろと移動しているその光景は見ていて圧巻だった。日本全土の人口の4割ほどがこの大和町に集まっている。改めて“大和町のヒーロー”が背負っている命の大きさを実感した。
姉が失踪しているにもかかわらず避難誘導に打ち込んでいる鐸が遠目に見えた。きっと
なにかに打ち込む、役に立つことで逸る気持ちを抑え込んでいるんだろう。瀬雅にはそう見えた。
だとすると今は鐸をそっとしておこう。そうおもって一端学園の寮に帰宅することにしたのだった。
学園の敷地に入り、寮に戻る時も瀬雅は胸に穴が開いてしまったような気持ちだった。ついこの間までは大切な人が隣を歩いていた気がする。
「準備はいいか?」
「ああ、招集がかかってる。行こう。」
途中、学園の教師達とすれ違った。町外に出て怪人と戦う組だろう。それを見て、何故か瀬雅は自分も戦わなければいけない。そんな強い思いが沸いてきた。
「なんだ、この気持ち。」
そのとき瀬雅の頭に一枚絵のような情景が浮かんできた。
月に照らされた誰か。寂し気な表情を作る誰か。
「そうだ……俺、探しに行かないと……どこに?誰を?」
分からない。気づけば瀬雅は走っていた。ただ休憩しに寮の自室に戻るだけだ。なのに走る。そうしないと、焼け付く心が目から零れ落ちそうだったから。
日は既に傾き、自室に戻ると暗い部屋が瀬雅を迎えた。
「……なんなんだ、この焦りは。」
時間がないと、心が告げる。なんのことだと頭が答える。何度も何度も繰り返し、何も分からなくなってしまった瀬雅はベッドに飛び込んだ。
「んぁ?」
枕元に違和感を感じる。布団をまくってみると、そこには可愛さとはかけ離れたぬいぐるみが鎮座していた。
「なんだっけこれ。」
禍々しい角と翼の生えた二頭身の体。知る人ぞ知るマスコット"悪魔のベルくん"だ。瀬雅はなんとなくそのぬいぐるみを手に取った。
「確か退院するとき置いてあったんだよな……いや、なんかUFOキャッチャーした気が……」
『……あれ、戦うときのセガみたい。かっこいい』
「あ――」
記憶に色が着いた。あの日、連休のあの日、ぬいぐるみを羨ましげに見ていた少女。
無口かと思っていたが意外な一面を見せた少女。
笑顔がかわいい少女。
強く、悲しい少女。
消えゆく少女。
――瀬雅が護りたいと思った少女。
「麦町……魅甘。」
その名を口にする。抱いたぬいぐるみに雫が零れる。どうして忘れていたんだ。忘れないって言ったじゃないか。
「うっ、うぅッ……」
嗚咽が暗い部屋に響く。つい朝までは覚えていたのに、忘れてしまっていた。
それはつまり魅甘が自らの存在を今も削り続けているということだ。
なぜあの少女が1人、こんな寂しい運命にあるのだろう。誰か寄り添ってくれる人はいなかったのだろうか。
「いや。」
瀬雅はぬいぐるみをそっと枕元に戻した。大丈夫忘れていない。
「あと一度だけ。俺にチャンスをくれ。」
1人呟く。その顔には決意が浮かぶ。
力になると決めた。護ってやりたいと願った。助けに行くと誓った。
未だ1つもできていない。
瀬雅は握りこぶしに思い切り力を入れ、寮を後にした。
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