閑話 遠き日③
『閑話 遠き日』はこれにて終了です。
余談ですが、この閑話はナンバリングと時系列が逆になっているので、②→①と遡ってみるのもいいかもしれないですね。
――大和町東区
雑貨から高級品まで、様々なお店が建ち並ぶ大和町東区。世界最大規模と言われる駅前の商店街はそれ自体がこのブロックの名物だ。
そんな東区にも当然普通の住居はある。しかし、街の中心は商業であるため、東区に家を構えるには必然、郊外に行かなければならない。
郊外の更にまた一番端に小さな木造住宅があった。お世辞にも大きいとも綺麗とも言えない慎ましやかな家だったが、そこに住まう4人家族の幸せの土台となるには十分な大きさだ。
「ほら、行くぞ。」
「待って、パパ!」
小さな家から親子が出てきた。靴を履くのを手間取ったのか慌てて家をでる小さな女の子と、それを柔和な笑みを浮かべてそれを待つ父。
「まったく、あわてん坊なのは誰に似たのかしらね?」
「いや、まだ6歳じゃん。」
小さな女の子の更に後ろにはおっとりとした母に、やや辛口な姉がいた。朝日が外に出た家族を照らすと、艶のある黒髪4つが輝いた。
世界の陸地に魔力が満ちるようになってから100年近くが経つ。その間に人間の身体にも変化が起きた。人は大気中の魔力を体に溜めおくことができるようになったのだ。体内の魔力は持主の魂に呼応して色を持ち、体の色素もその魔力光の色に近づくのだ。
数十年前の時点では、この町に溢れる人たちの体毛や目の色はかなり多様に。そうなると、大和撫子然とした艶のある黒髪は逆に羨ましがられる外見となった。
兎に角、見目麗しい一家は、決して裕福でないにせよ裕福な暮らしを送っていた。休日にはこうして家族全員で出かけるほどには仲も良好だ。
「今日は何食べようか。」
「あ、あのね。お姉ちゃんが食べたいものが、いい……。」
「!」
父を見上げて小さな女の子が言う。一生懸命父に並んで歩こうとするが、歩幅の違いのせいで大変そうだ。父が速度を落として手を握ると、少女は俯いてこっそりはにかんだ。
その後ろでは姉と母が小さな女の子の気遣いと愛くるしい仕草に目を輝かせている。
こんな光景がいつまでも続けばいい。家族全員がそう思っていた。
―――――――――――――――――――――
――火炎
その時が訪れるのは唐突であった。
車が爆発する音、地割れが起こる音、建物が崩れていく音、悲鳴、攻撃、断末魔
暖かな陽気に満ちていたはずの大和町は6歳の少女がこれまで知らなかった音に包まれていた。突如始まった怪人の進撃。防衛線がどうやったのか突破されたらしく、怪人と人間が大和町を舞台に戦争を始めたのだ。
「パパ!ママ!お姉ちゃん!!!」
赤く染まる町の中、少女は喉が裂けてしまうのではないかというほどの絶叫を上げていた。
「……に、げろ……」
「パパ!パパ!」
なんとか声を絞り出すように娘に告げた父はぐったりしてしまう。気を失ったのだろう、姉と母もそれは同様だった。
なぜなら彼らの身体の半分は瓦礫に埋もれていたから――
少女はそれでも必死に家族を呼びかける。彼らを蝕む瓦礫をどけようとするが、漸く綺麗に髪が結わけるようになった程度の指では、例えとの爪が割れて赤くなったとしても、瓦礫をどかすことは叶わなかった。
そして絶望は彼女自身にも降りかかる。
「生き残りがいたか。全く、奴らはいつも暴れすぎる。」
――恐怖、一瞬で少女の体は負の感情に支配される。振り返るとそこには異形が居た。
体躯こそ人間の大人と変わらないものの、編み笠を被っているかのように膨らんだ頭部。甚平のような軽装から覗く、鈍く輝く鋼鉄の体。そして腰に携えた殺意の塊のような刀。
辻斬りのような見た目をしていたが、顔に除く凶悪な目と、笠のように被られた茸の頭部、腹に刻まれた植物族の紋章がそれが怪人であることを指していた。
「まぁ、恨むな人間。これは戦争だ。」
無感情に腰の刀に手をかける怪人。
「―――――――」
少女は幼いながらにも死を直感した。いや、歳など関係ない。目の前の茸の怪人が放った殺意の片鱗は、生物としての直感を呼び起こしたのだ。
だから少女は――
何を間違ったか、瓦礫を背にして両手を広げて怪人に向き合った。
「……パパもママもお姉ちゃんも、痛くしちゃいやだ!」
「――ほう」
茸の怪人は感心したように動きを止める。圧倒的な実力差を感じて尚、立ちふさがる強い魂。
少女に作戦や賞賛はもちろんない。幼い顔は絶望と涙でぐしゃぐしゃになり、足元は濡れてしまっている。それでも家族を思う心が瓦礫をどかそうとしていた赤い手を広げさせたのだ。
「……気が変わった。丁度預かっているこれを試す機会を伺っていたところだ。」
茸の怪人はそう言うと懐からカプセルのような薬を取り出した。少女が植物族の紋章が刻まれたその毒毒しいカプセルに意識を向けた一瞬の間に、怪人は少女の間近まで移動してきてした。
何が起きたか分からない。早いとか、目で追えないとか、そんな次元の移動ではなかった。少女がそれに気づいた時には既に頬を掴まれて、カプセルを口に放りこまれていたのだ。
「んん!?」
突然の事態に思わず少女は喉を動かす。それが放り込まれたカプセルを飲み込んでしまう結果となった。
「さて、どうなるかだ。」
怪人が満足気に呟いたその時、少女の体に異変が起きた。
―――――――ドクン。
「ぅ…?」
――――ドクン
―――――――――――――ドクンドクンドクンドクン
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫が街に響き渡る。体の内側が焼けるように痛み始めた。全身が裂け、棘が内部から生えてくるような感覚。いや、少女の体は実際に裂けていた。体のあちこちから棘が生える、腰の下あたりからは無数の蔓が生えてくる。手足は鋭利な甲殻のようなものに変わっていき、それ以外の場所も内側から細胞単位でつくりかえられていく。
茸の怪人が持っていたのは、強制的に人を"植物族に変えてしまう"薬であった。その強烈な痛みから、並の人間に使ってもまず命をなくしてしまう為、欠陥品だと思われていたその薬は、少女の体を容赦なく改造していく。
何が起きたか理解できぬまま少女は6歳が出してはいけないような、死を数回繰り返すような叫び声を上げた。
―――――――――――――
――――――――――
――――――
どれくらい経っただろうか。数分だった気もするし、数時間経ったような気もする。それは奇跡だった、少女はショック死してもおかしくないほどの痛みに襲われ続けて尚、発狂することなく命を保っていた。
「……なに、これ……」
しかし、その風貌は大きく変わってしまっていた。
視界に入った自らの手足を見て少女は戸惑う、明らかに人間とは違う鋭い爪。もしかして自分は……
「まさか本当に成功するとは。たいしたヤツだ。」
「え……」
少女が変わっていく様をずっと見ていた怪人が声をかける。何を言われているか分からない、いや、認めたくないという様子の少女に、怪人は無残に言い放った。
「歓迎しよう、お前も今日から植物族の怪人だ。」
「いや……嘘……そんな、パパ!ママ!お姉ちゃん!」
現実を逃避するようにがりがりと頬を掻く。刃物のような鋭い爪はしかし、少女の頬を傷つけることはなかった。肌自体が根本的に変質してしまっていたのだ。
思わず家族が埋まる瓦礫に目を向ける少女。意識はないものの、まだ生きている。そう信じたい。よろめきながら瓦礫に向かっていき、どかし始める。
変わってしまった体は、先ほどまでびくともしなかった瓦礫を易々と持ち上げた。茸はその様子を無感情な目で見ていたが、ふと面白いことを思いついたように嗤った。
「折角植物族になったんだ。こっちの能力も試してみることにするか。」
茸の怪人は嗤ったまま怪人になってしまった少女に手を向けた。
「植物族よ。この俺シュルームの手足となれ。"胞子の軍勢"!!!!!」
「!」
シュルームと名乗った茸の怪人から銀色の魔力光が広がると、少女の体は指1つ動かなくなった。身体の制御権を奪われたかのような感覚。
「立ち上がれ。」
シュルームの言うとおりに立ち上がる少女。体が自分の意志と関係なく動くことに感じたことのない寒気を覚えた。
「やめ、やめて……!」
なんとか声を絞り出す、声や思考までは奪われないようだ。そんな少女にシュルームはいくつか命令した。歩いたり跳ねたりといった単純な動作。少女の体は忠実にそれをこなす。心はその度に恐怖に支配されていった。
「……やめてぇ。」
「まだ怪人としての自覚が足りないようだな。手伝ってやろう。」
嫌がる少女を面白そうに見ているシュルーム。少女は恐ろしげに体を震わせるが、シュルームの狂気に染まった目が、少女を通り越して後ろの瓦礫に向けられていることに気づくと全力で抵抗を始めた。
「まって!!!まってまってまって!」
「振り向け」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!」
少女は精一杯もがくが、シュルームの"植物族のみ"を操るという固有能力に支配された体は残酷にもシュルームの命令を実行した。
そして
「殺せ」
「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
少女の背中から無数の、爆発する棘付きの蔓が、瓦礫へ向かって伸びていった。
―――――――――――――――――――――
「ふむ、やはりタイムリミットがまだあるか。」
シュルームは気絶してしまった少女を捨て置きその場を後にする。既に先ほどまでの結果に満足し、そして興味を失ったようだ。
「まぁ、10年ほどもすれば能力も完全に馴染み、植物族を1つにまとめた軍団が組織できるだろう。」
その時が楽しみだ。
町を焼く炎の中去っていくシュルーム。
ただ1人取り残された少女がめを覚ましたのは、一年近く後。戦争の終期であったのだった。
どう考えてもやりすぎた……
次話投稿は明日15時です!




