5.怪人とヒーロー候補生の決意
戦闘ってテンポよく行きたいんですけど、主人公である瀬雅の活躍は最初なんでじっくり書かせてください……
「チチチチチ!!!」
不快な笑い声とともにネズミの怪人が腕を振るった。丸太のように発達した腕は易々とスーパーの陳列棚を破壊し、そのまま拳を壁に突き刺した。
「なんて滅茶苦茶な!?」
瀬雅は持ち前の反射神経でそれを回避し、大きくなった入口から外へ出る。
(なんとか外に出れた、が、建物が崩れるかもしれない。金堂。)
怪人の攻撃を避けつつも避難誘導中の友人に急げと念じる。既に大方の客が店の周辺から逃げていた。
鐸は隙を伺いながらも逃げ遅れた人、立てない人を少しづつ逃がしている。
否。正確には逃がされていたというべきか。瀬雅から見た怪人は明らかに手を抜いていた。
視線が逃げ惑う姿を追っている。目の前の少年をいたぶり、その後の食事のために逃げていく方向を把握しているのだろう。わざわざ人の多いところを襲いつつ、瀬雅との戦闘に興じている。その矛盾の理由は1つ。
「――バトルジャンキーめ!」
「チチ、ばれてたか。」
人間よりはるかに大きい前歯を見せる怪人。あの歯で齧りつかれたら体がなくなる。あの爪で切り付けられたら血がなくなる。あの剛脚で蹴られたら立てなくなる。瀬雅は今一度気を引き締めた。
「こっちは何年も細々と暮らしてたんだァ!せいぜい楽しませてくれよ!?」
瀬雅に向かって飛び出す怪人。先ほどまでと同じく腕を振るい、脚を振り上げ、歯を立てる。瀬雅がギリギリでかわす度、周辺のコンクリートや設置物が破壊され辺りに散らばる。
動きやすいよう店外の開けた場所に出たはずが、いつの間にか瓦礫という障害物だらけになってしまった。それに、先ほどとは違う点がある。
(速い――!?)
そう、先ほどまでとは違い、怪人の速度が上がっている。当然だ、先ほどまでと違い、怪人は瀬雅を見ているのだから。
(恐ろしい。)
瀬雅は震える。武者震いではない、恐怖だ。巨大な怪人が自分に敵意を向けている。怪人の攻撃はそのすべてが一撃必殺。大振りな攻撃後の隙を狙っても、強引に後隙をキャンセルして次の攻撃に繋げてくる。
腕も脚も爪も歯も、時には頭突きも、すべての予備動作を見逃せない。かがみ、かわし、受け流し、とにかく避けた。
倒せないにしろ応援が駆けつければ解決する、それまでの辛抱だ。空中では自由が利かなくなると思い、地を離れるような回避だけはしてはいけない。
物理法則を無視した動きだ。普通の人があんな動きをしようものなら筋肉が断裂する。それを可能にしてしまうのがあの怪人を怪人たらしめている魔力。瀬雅はそのハンデを現職のヒーローにも劣らない抜群の身体能力でいなし続けた。
「上の空だなァ。ちゃんと集中してくれないと、こまる、ぜッ!!」
「!!」
瀬雅は己の失態を確信した。丸太のような腕には気を付けた。電柱のような脚にも気を付けた。刀のような爪にもギロチンのような歯にも、ハンマーのような頭突きにも気を付けた。
が、"体そのもの"が飛んでくることは気を付けていなかった――。
「が……はッ!!!!!」
タックル。最も巨躯を活かしたそれを失念し、かわせない瀬雅。高校2年生相応の中肉中背が大きく跳ね飛ばせされた。
「チチチチチ!!!」
高笑いが響く。
瀬雅は横隔膜のあたりにこみあげてくる鉄の味を無理やり飲み込み、体勢を整えた。衝撃を腕で流し、体で流し、必要以上に後ろに飛ぶことで何とか和らげたのだ。
スペックの差を何とか埋めているのは瀬雅の人知れず、絶え間なく磨き続けた抜群の戦闘技術であった。
「ぐッ!」
とはいえダメージはある。着地後も後ろに飛ばされそうになる体を脚を突き立てて何とかこらえる。最後はブロック塀だった瓦礫に背中を打ち付け、何とか止まることができた。
「いってぇ……だが距離が開いた。少しでも時間を稼いで……」
その瞬間、かすれ声が瀬雅の耳に届く。
「た……すけ」
「―――――――――――――――――――――!」
思考が一瞬止まる。欠片も考えていなかった可能性だ。瀬雅が横を向くと、低学年ほどであろう少年が大きな瓦礫の間から見ていた。
「に、逃げ遅れか!」
「こ、、、、、、こわいよ。」
少年は怯え、恐怖、絶望。そして、"諦め"。色々な感情を目に浮かべていた。それは未来ある子どもの輝きなんかではなく、絵の具を交ぜすぎて濁ってしまった、そんな色だ。
「――ッ。こんちくしょう……。」
瀬雅は少年にも聞こえないよう呟く。嫌だった。あの目は、遠くから歩いてくる怪人の嘲りよりも、もっともっと嫌いな目だ。
絶望に染まった目。生きる事を諦めた子どもの目。
それは10年前の自分と同じ目。だからこそ瀬雅は瓦礫の間のその目を容認できなかった。同じ目をしてきた奴らが、トラウマを抱えながらも生き残って、同じ目をさせないように天野学園に集まっているのだから。
「こわいかボウズ。」
「う、、、、、うん。」
「そうか、俺もだ。」
「え?」
驚く子ども。目の前で戦いを繰り広げていたヒーローが自分と同じく恐怖に染まっているとは思えない。瀬雅は釣り目を緩めて犬歯を見せる。
「戦うって怖いんだ。俺だってこんなに速く動ける、あの化けネズミよりな。けど、心はボウズと同じ人間だ。だから思うぜ、怖い恐い。生き残りたいってな。」
「あ……」
「お前も同じだろ?」
「う、、、うん!生きて、かえりたい!」
「よし、良い子だボウズ。俺にまかせとけ!」
瓦礫の間の目にわずかな希望が宿る。瀬雅は1つ深呼吸をした。幸い、怪人はこちらを侮っている。大きく距離を離した今もゆっくりと歩いてくるのみだ。
(恐怖感煽る演出だろうな、あれも)
どこまでも相手が性格の悪い捕食者なんだと思い知らされる。
瀬雅は懐から片手サイズの端末を取り出す。"天野学園生徒手帳"と記されたそれは学生証と通信端末を兼ねている。非常用のキーをフリック入力するとすぐに学園側が出た。
『こちら天野学園。2-C米村、緊急事態ですか?』
「はい。ただいま東区"きゃぴはぴスーパーマーケット"前で怪人と交戦中。非難は大方済んでいますが、逃げ遅れた少年を保護しています。応援と、非常用魔力剣の使用許可をお願いします。」
『正気ですか!?許可できません。Cクラスのあなたが怪人と交戦するなど。東区の事態は把握しています。応援が到着するまで隠れるなり避難するなりしてください。』
電話口の職員の対応に瀬雅は唇を噛む。分かっている、落ちこぼれと称されるCクラスの、更に魔力が使えない自分が怪人の相手をする、これが他人にどう映るかなんて。それでも瀬雅は引き下がれない。たった今少年の希望を守ると決めたのだ。
「猶予がないんです、既に俺は狙われてます!許可を!!」
『できません。速やかに保護した少年とその場を離れなさ――あ、ちょっと!?』『米村聞こえるか、俺だ。』
その時、ヘッドセットがひったくられる音と共に話手が交代した。それは瀬雅にとって、この2日間で聞き慣れてきた低い声だった。
「五十嵐……先生。」
2-C担任。金髪の男が学園の緊急電話の対応を変わったのだ。
『いいか、米村。増援は来ない。』
「……そうですか。」
想像はしていた。既に開戦から数十分が経過している。鐸が避難を誘導していたのは視界の端に入れていたが、それ以外の学園生やヒーローは見かけなかった。つまり、運悪くも近くに居なかったのだ。
『東区は広い。しかも学園のある北区から電車でも30分はかかる。更に、現在他にも応援要請がいくつも入ってる。』
「なんだって!?」
思わず声を荒げる瀬雅。広大な土地を誇る大和町の各地で同時にこのような事態が発生しているならば、学園の3年生だけでは足りないだろう。東区においても、このスーパーより駅側で怪人がいればそちらに応援が優先される。どうりで周りに誰もいないわけである。
受話器の向こうの担任は、瀬雅の動揺を察して、力強く声をかけた。そこには普段の適当さなど微塵もない。
『非常用魔力剣の使用を許可する。いいか米村、お前がやるんだ。』
生徒を死地に追いやるような指示、それは教育者として許されるものではないだろう。しかし、瀬雅はそれが現状での最善手だと理解していた。それに、彼はただ、大人に守られるだけの生徒ではない。
「はい。俺があいつを倒して見せます。」
ヒーロー候補生なのだ。
「チチチチチ!!!遺言は残し終えたかァ!?」
「冗談。覚悟をを決めたとこだぜ」
通信を終えたタイミングを見計らって怪人が嗤う、あえて待っていたのだ。当然怪人は瓦礫の奥に隠れる餌にも気づいている。そちらに視線を送るだけで目の前のヒーロー候補生は逃げられなくなるとわかっていてやっているのだ。
「覚悟?やられる時に覚悟なんて偉いじゃねぇか。」
「いや、倒されるのはお前だ。」
「あ?」
「窮鼠猫を噛むって知らないか?知らないか。お前自身がネズミだからな。」
おどけるような瀬雅の台詞にそれまで楽しそうだった怪人は目を細める。
「てめぇ。ミンチがご所望らしいな。」
「いいや注文はスマイルだ。」
瀬雅は構える。回避に専念していた彼が初めて見せる"攻撃"の姿勢だ。
「怪人を裁く法律は未だない。だから、俺の正義でお前を裁く。」
怪人との闘いは続く。ヒーロー候補生の決意と共に。
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