11.始動する植物族
解除不可能、干渉不可能、侵入不可能、脱出不可能と思われていた結界は、大和町三大ヒーロー黒崎純子によってあっさりと消滅させられた。
血の流しすぎでいよいよぼんやりしてきた瀬雅は思い出す。"狂い月"黒崎純子は最恐の固有能力を持っているという噂。
瀬雅の"正義の悪魔"やプラッディの"食人結界"と同じような、単なる魔力の行使の範疇を超えた奇跡を起こす能力――黒崎純子の能力は単純な危険度だけでも"S"ランクを超える空間支配の能力である。
崩壊する食人結界の中からあっさりと脱出した瀬雅と魅甘と黒崎、そこはもといた東区駅前の公園であった。
「米村!麦町!」
出るや否や五十嵐が駆け寄る、戦闘の間ずっとここで警戒していたようだ。魅甘は意識こそないが命に別状はない――現在の医療技術なら3日もあれば退院できる消耗具合であったこと、瀬雅は血が出ていない部分がないくらい重症であることを確認した五十嵐はすぐに病院を手配するよう連絡を入れた。
「しかし砂漠の結界か……よく無事でいてくれた。」
「は、はは、これ、無事なんすか、ね?」
喋るのも大変な瀬雅はなんとか最後の軽口を返してみせた。そして、五十嵐は救急車を待つ状態になったタイミングで、結界から出てきたもう一人に目線を向けた。
「……随分と派手にやったようだな、黒崎。」
「え~まず普通お礼じゃない?なんなら病院に運んだげてもいいんだよ?」
苦虫を噛み潰したような五十嵐と、肩をすくめて見せる黒崎。大和町三大ヒーローである両者が険悪な状態にあることを知る生徒は意外と多い。
「お前の能力は固く禁止されているはずだ。知られれば処罰では済まないぞ、そんな危険な能力を身勝手に振り回して沈黙している怪人を刺激すれば再び戦争だ。」
攻・守・走、どれをとっても死角のないその固有能力は、五十嵐以上に警戒されている――つまり平時の使用が国から禁止されているのだ。
三大ヒーローである黒崎が進んでパワーバランスを崩してどうするという指摘だが、内容に対して五十嵐の台詞には勢いがなかった。反論されることが分かっているんだろう。
こういうとき、黒崎は猫のような目を楽しげに歪めて相手が言われたくないであろうことを言ってやるのだ。
「またまたぁ~キミ達が黙ってればいいんだよ。そもそもキミがあの臭い花をまんまと逃がしちゃうからボクが結界に入ったんでしょ~、ね?五十嵐センセ♪」
カラカラと嗤う黒崎。そう、元はと言えば五十嵐が後手に回り、魅甘が飛び出したせいでプラッディは食人結界を発動したのである。
しかし、五十嵐の戦闘行為は国によってガチガチに縛られている。この国の秩序に従うのなら、五十嵐に落ち度はないのだ。それでもCクラスの生徒2人を危険に晒したという事実は変わらない。
「……2人を助けてくれたのは礼を言う。ただ、次能力を使う時は学園長か俺に言ってくれ。お前の能力は国にも怪人にも危険視されているんだ。」
自分の非を認めつつも何とか黒崎に釘を刺そうとする五十嵐、実際、黒崎の自由振りには学園も手を焼いていた。目についた怪人は制約を一切無視して躊躇なく空間ごと斬ってしまうのだ。
空間支配という能力の性質上、監視や拘束も意味を為さないことを知っている国や学園はその度厳重注意という対応に留まるしかなかった。
そんな黒崎は、五十嵐の言い方が気に食わなかったのか、唐突に笑顔をやめた。
「秩序がなんなわけ?戦争?やればいいじゃん。」
「なっ……!?」
あまりの言い分に目を見開く五十嵐、その驚愕はぼやける意識の中で話を聴いていた瀬雅も同様であった。
「そしたらまた怪人なんて細切れにしてあげるよ。その方がみんな安心できるじゃない。」
「それが……」
それができなかったから大和町の中で人間は暮らしているんだ。五十嵐はそう言いたかったのだろう。10年前の戦争で、怪人を退けはしたものの、事実上は敗北であった。現在も大和町の外は怪人領なのだから。
そんな五十嵐に黒崎は語り始めた。
「ねぇ、ボクはね。ヒーローだの秩序だの、もうどうでもいいんだ。この地位にいるのはあの子が護ったものを引き継ぐ為だけなんだから。」
「お前、まだ夏目のことを……」
五十嵐の呟きは小さく、瀬雅には2人が何を言っているのかよく理解できなかった。いや、いよいよ意識が朦朧としてきて脳が処理しきれなかったのかもしれない。
「だからね、あの子の、ボクの邪魔をするっていうんなら、秩序や平和なんて関係ない。誰だって斬っちゃうよ?」
そこまで言ってから黒崎は空間を歪ませる。先ほど釘を刺されたばかりなのにもう移動に使うつもりである。周りの空間が風に靡くカーテンのようになっていく中で、黒崎は最後に五十嵐と傷だらけの生徒2人を一瞥した。
「それが怪人であろうと……ヒーローであろうとね♪」
凶悪な目をした黒崎がいなくなるのと、瀬雅が意識を手放したのは同時であった。
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――???
「プラッディのやつが先走ったようだな。」
「ばーか。固有能力なんかに溺れやがって。あれはあくまでも技の一部にすぎないってのに。」
瓦礫だらけの街並、そこで怪人達は亡き仲間の話をしていた。
「まぁいい、三大ヒーローと鉢合わせたのは運の悪いとしか言えない。」
そういってプラッディの話を占めたのは異形であった。プラッディの巨体と変わらないその怪人はリュウゼツランのような形をしている。その体躯にして落ち着いた雰囲気がかえって迫力を感じさせていた。
「偵察ってのに欲張って餌漁りでもしてたんだろ?同情のしようがないぜ。」
対して、亡き仲間に毒を吐くのは人間型の怪人だった。ゴツゴツとした全身鎧は凶悪な出で立ちで、いかにも近接戦闘に特化していそうだった。しかし最も目を引くのはマツカサのような頭部であろう。
「ところで、数はもう十分なのですか?他に出し抜かれない為にも、ここは攻め時かと。」
2人のやりとりを無視し、話題を変えたのはヒマワリのような顔をもった怪人であった。有機的な甲冑は騎士のようであり、丁寧な口調は先ほどのリュウゼツランのように渋く響く声ではなく、高くも紳士的な声色であった。
「そうだな、数は十分整った。」
たいして、ヒマワリに声をかけられた怪人は、3人より高い瓦礫の山に座していた。その姿は正に侍。辻斬りのような見た目はよく見ると笠のような頭部――キノコを思わせる膨らみが原因であった。
キノコの台詞と同時に、瓦礫の町は一瞬で姿を変える。
大小の怪人が千や二千を超える規模で現れたのだ。ガザミのような戦闘員、タンポポのような小型の偵察兵、様々な花の怪人は廃墟を植物園のように彩り、そこに数匹混ざる巨大な木の怪人達。
「「「「「「シュルーム様の仰せの通りに。」」」」」」
それらのもはや軍隊といっていい軍勢が一斉にキノコの怪人に首を垂れるのである。先ほど話していた3人の怪人達も例外ではない。
満足気にその風景を眺めたキノコの怪人は告げる。
「そろそろ行こう、ここからは植物族の時代だ。」
雄叫びが上がる、割れそうな空気だ。
怪人が戦闘の準備を整えたことを大和町は未だに知らない。
街をドーム状に覆う結界。外部の物理的侵入の一切を阻むそれは、音や衝撃すら遮断している。
そのため、大和町の外、見張りにギリギリ悟られない距離で、怪人達が準備を進めていることにヒーロー達は気づいていなかった。
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