3.落ちこぼれとスーパー
初の戦闘シーン。嘘です。ちょっと長め、どこに尺使ってんだ……
――大和町東区
買い物といったらこの町の東にある商業区がうってつけである。東大和駅周辺の賑わいは日本でもトップレベルのもので、平日休日問わずに人でごった返している。
そして、駅から遠のくにつれ市場や商店街のような雰囲気に変わっていく。東区は人口密度と、店の温かい雰囲気が駅を中心にグラデーションを描いている不思議な区画なのだ。
大和町にシャッター街がないのは、こうした店の配置と、人口の多さ、客が求める物によって住み分けができ、人がばらけるからだ。
東大和駅から少し行った商店街にスーパーがある。そこには気合十分な金堂鐸と、あきれつつもカート押しを担当する米村瀬雅の姿があった。
「いいか、今日はもうすこし経ったら肉のセールが始まる。もやし等をカートにのせつつ、肉のコーナー付近に陣取り、スタートダッシュを切れるよう備えるぞ。」
「了解。意外ともやしって呼ばれるの気に入ってる?」
「え、なんで?」
雑談しながら時間を待つ2人。店内にはスーパー特有の色々な商品が混ざった匂いと、1昔前に流行ったポップスのアレンジBGMに満ちている。
「ヒーロー候補生といっても、実態は苦学生だよなぁ。」
「その通り。俺に至っては退学にならないかヒヤヒヤしていると付け加えたい。」
鼻頭の絆創膏をポリポリと掻きつつ鐸はぼやく。
「つかセガは学園からある程度援助でてるだろ?」
「まぁ、俺に限らず寮に入ってるやつって結構そのパターン多いよな。学園でてからの生活費が心配だ。」
「節約は必要、か。」
「だからこうして金堂に付き合ってんだ。」
「え/////」
「その付き合ってるじゃねぇよ。」
学園内の寮には家庭に問題の抱えた生徒が入る。例えば2人のように両親を戦争で失っている、とか。
幸い鐸は引き取り先があって東区から通っているが、瀬雅は寮で暮らしている。2人は家庭の話には踏み込まないように節約トークを続けた。
その間ずっと、瀬雅はカゴにもやし、枝豆、納豆、豆腐等を入れ続けていたが鐸は意外にもこれをスルー、ちょっともやもやしている瀬雅をよそに、その時は訪れた。
『ただいまより牛肉のセールを開始いたします!!』
「きたッ!いくぞセガ!」
「え、おいまて」
食い気味に駆け出した鐸にやや慌ててついていく瀬雅。彼の運動音痴は折り紙付きであるため、1秒で追いついた。
瀬雅は女の子走りで青い髪を揺らしている鐸に若干引きつつも、カートを押し店内に目を凝らす。
「うわ……」
店内のあちこちから猪の如くカートを押している先輩主婦達がコーナーに向かっている。店はさっきとは打って変わって大賑わいだ。
幾度となく怒るカート同士の交通事故、混雑を人外の動きでアクロバティックに回避する戦士たち。天井より飛来する黒装束の主婦。それぞれのプライドと財布をかけて肉コーナーの前でその全員がぶつかった。
『落ち着いて。お1人様1パックでお願いします!』
「ちょっと、これはあたしが先に目を付けたのよ!」
「なによ!離しなさいよ!!」
「うおおおこっちにも1つ寄越せえええ!」
「お願い!お腹を空かせた子どもたちが待ってるのッ(嘘泣き)」
「セガ!お前と俺で2パックゲットだ!突っ込め!」
「え、俺もやんの?うおおおおカートアタック!!」
「ぐぼぁッ!馬鹿セガなぜ俺に必殺技を」
「このお肉はうちの食卓に並ぶ運命なのよ。オホホホホ」
「あちょー!!!あちょー!!!」
団子のように群がる猛者達。商品を獲得した者から晴れやかな顔でレジへ向かう。1人、また1人と勝者脱落者がでてくる戦い。決着の時間は近い。
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「ありがとうございましたー」
「俺と金堂で2個、意外と余裕で手に入ったな。」
「ほ…………ほうれふね……。」
「全く、どうやったらそんな血みどろになんだよ。」
「お前が執拗にカートフレンドリーファイヤーするからだろーが!!!!」
「すまん。わざとじゃないんだ金堂」
「え、そうなのか、なら仕方ないな……」
店の前で感想戦を繰り広げる2人。その手にはしっかりと戦利品が握られている。なんだかんだで西日が強くなってくる時間帯、店の中から暗い表情の少女が出てきた。
「ううう、気合入れたのに。あちょーって……1つも買えなかった~寮に持ち帰るっていったのにうわぁあああん」
「ええ……セガ、泣き出しちゃったよあの子。」
「泣きだしちゃったな。てか天野学園の制服だよな?」
「うわマジだ噂になるぞあれ。」
突然泣き出した少女に周囲の視線が降り注ぐ。瀬雅と鐸は彼女の制服が天野学園であることに気づき、どうしたものかと思案顔。
天野学園は大和町はもちろん、日本有数の規模を誇るヒーロー育成施設だ。当然その話題性はヘタな芸能人より大きい。彼らの町中での素行はよくも悪くも一瞬で広範囲に伝わるのだ。
「な、なぁあんた、一体どうしたってんだよそんな泣いて。」
「えぐ……ひっく。女子寮のみんなに、絶対お肉持ち帰るからって……」
「あーそういう……」
瀬雅と鐸は顔を見合わす。学生寮は男女別であり、女子寮の友達に肉料理を振る舞う約束でもしていたのだろう。
「寮の食事は質素だもんな。美味いけど。」
「あ~前食ったなぁ。栄養バランス最高!って感じ、ん?」
ふと気づくと、涙目の少女の視線が2人のレジ袋に、正確にはその中身に注がれていた。
「え?え?そういうカンジ!?」
慌てる青髪
「私、落ち込んでる親友のために少しでもおいしいもの食べてもらいたくて……えぐえぐ。」
「うわぁ何この娘!急にチープな泣き方に!」
泣き落としを敢行する少女にたじたじである。瀬雅は傍観、絡まれた鐸はかわいそうにという眼差しを向けるのみである。
「ぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
「……」
「うぬぬぬぬぬ」
「…………」
「……っはぁ。分かったよ。これ使ってくれ……。」
「ほんと!?!!?」
遂に折れた金堂、葛藤の後が頬を伝う雫から伺える。
「ありがとう!!」
「う……」
対して少女はひまわりのような笑顔を浮かべる。両側でまとめたふわふわの茶髪を揺らして美少女にそう言われては鐸は赤面するしかない。自身がもやしであるとともに草食系でもあるのか。
「あれ、君たち天野学園だね。何年生?」
「あ、ああ。俺もセガも2-Cだ。」
「おお!あたしも2年。お互い頑張ろうね!ではでは。」
「……ちょっと待て。」
「ぬ?」
「俺の牛肉もやるよ。女子寮仲間もっと呼んで賑やかに励ましてやってくれ。」
傍観を決め込んでいた瀬雅だが、ため息とともに自分の戦利品を差し出す。このスーパーのセール品は1パックでかなりの量が入っている。女子であれば2パックでそれなりの人数が楽しめるだろう。
「えええ!2人ともありがとう……もやしまで。はっ!もうこんな時間帰らねば。えっと2-Cだね?この御恩はいずれ必ず!では!!あちょーーーーーー」
調理の時間もあるのか、慌ただしく去って行った少女。鐸は満足感と後悔を味わっていた。
「ったく、本当に金堂は困ったやつ放っておけないよな。」
「……言うな。人助けは俺の理想のヒーロー象でもある。」
「いや普通に売れば良かっただろ。タダで渡すって……」
「ぐおおおおおおおおおお!!」
瀬雅の鋭いツッコミに後悔が勝ったようだ。頭を抱える鐸とは裏腹に瀬雅は満足げ、怖いと言われるその目つきを緩めている。
「まぁ、あの女の子笑顔だったしいいじゃねぇか。お前、今日ヒーローしてたよ。」
「セガ……」
「じゃ、俺は寮の飯でいいから。お前んちは豆腐でもつついてくれ。」
「うううう仕方ないよなぁ……っていつの間に豆腐が?」
「やっぱ気づいてなかったか。」
戦利品は0。でも鐸は確かに誰かの役に立つことができた。その満足感で帰ってから怒られる覚悟を決めた。そしてそんなお人よしを見て、瀬雅は内心鐸を称えていた。先ほどより傾いた西日は2人を照らすスポットライトのようで、夕飯時特有の賑わいは拍手のようだった。
「でも、何もお前の分まで渡さなくても。男子寮でワイワイやればよかったじゃん。」
と鐸。
「いや、俺金堂以外友達いないし。」
「あっ」
誤字脱字がありましたらご指摘いただけるとありがたいです。
明日の投稿ですが、ちょっと何時になるか分からないです。夜遅いかも……