7.食人結界
五十嵐戦うと思った方ごめんなさい。
――――広がるのは一面の砂漠であった。
「何だ……これ。」
東区駅前にいたはずの瀬雅は困惑を隠せない。今自分がいるのは明らかに砂漠だ。空は赤褐色に染まっているが、一面の砂山は広大で、本当に砂漠地帯に迷い込んでしまうかのようであった。
「ろす……ころす……ころす……ころす……ころす……ころす……」
「麦町……」
それに、瀬雅の横で膝をついている魅甘の様子が明らかにおかしかった。普段感情をあまり浮かべない人形のように整った綺麗な顔は、ある一点――遠くにいる植物則上位種であるプラッディのみに向けられている。
瀬雅の知る限り、あの怪人の姿を見るだけで魅甘がこんなに憤怒の表情を向けるなんて思いもしなかった。
『フッフッフ、ようこそ私の狩場へ。まぁゆっくりしていけ。』
結界を展開したプラッディは先ほどまでとは打って変わって余裕そうにゆらゆらと揺れている。食虫植物を思わせるその異形は数週間前に相対したルミの暴走した姿より遥かに大きく、人ですら一飲みにしてしまいそうだ。それに
「腐敗臭がしやがる……!」
おそらく顔――赤褐色の花の中心からは死の匂いが充満していて、長期戦になれば体を蝕んでいくのは明らかであった。
見渡す限り、結界にいざなわれたのは瀬雅と魅甘のみで、五十嵐はいないようだった。外部と完全に隔離された結界の中にいる限りはいくら五十嵐でも手出しができない。
今、遠くで愉快そうに揺れているプラッディは恐らく強力な結界を準備して五十嵐から逃れるために敢えて挑発に耐えているフリをしていたのだろう。
「む、麦町、とにかくアイツを倒してここから出るぞ!」
通常、結界の維持には発動者の魔力が必要だ。したがって発動者の意識さえ絶ってしまえば結界は解除されると踏んだ瀬雅は、危うげな魅甘に呼びかけた。
対して魅甘はというと
「………………わかったよ、セガ、私が、やるよ。私が、あなたをまもるから……」
どこか焦点の合わない濁った瞳で瀬雅の方を向いたと思えば、立ち上がって両手を構えた。
「……魔力球」
唱える魅甘、込めた魔力は尋常ではなく、砂漠の中で体を微かに白く輝かせる姿は神々しくさえあった。
「麦町……この数、おまえやっぱり……!」
魅甘の周りに展開された魔力球の数はどう少なく見ても三桁を超えている。細指をタクトのように降るとその1つ1つが破壊の弾丸となり遠くにいるプラッディへと打ち出されていった。
轟音――鼓膜どころか心臓が握られるような衝撃が着弾した傍から発生していく。砂漠は魅甘の魔力で吹雪のようになっていく。瀬雅はその光景を見て、やはり、訓練で模擬戦したときはまるで本気ではなかったのかと悟った。
『グ…ヌおおおおおおおおおおお!!拡散蕾!!』
プラッディが負けじと声を挙げる。公園を襲った全方位爆発だ。しかし変身によって本来の姿となった爆発は先ほどとは桁が違う。赤褐色の毒々しい魔力が蕾の形をとる。プラッディの巨体を軸にして螺旋状展開された爆弾も百を超えていた。
1つ1つが砂漠にクレーターを穿つ程の威力をもつ魔力の塊。プラッディは巨大な花の部分にある大きな口を不気味に歪ませると容赦なくそれをばら撒いた。
「うぉッ」
桁違いの威力を持つ魔力の奔流に、魅甘の放った残りの魔力球はかき消され、相殺されなかった蕾がプラッディの周囲に降り注ぎながら広がっていく。着弾と共に砂柱が上がり、広大な砂漠を月面のような起伏に変えていった。
瀬雅は刹那、集中した。
変身していない今、魔力壁を展開することはできない。そして、数週間共に訓練してきた瀬雅は気づいていた。魅甘は先の攻撃でほとんど魔力を消耗してしまっている。
魅甘は魔力親和性がずば抜けている反面、魔力量自体が特段に多いわけではない。怒りに任せて百個単位の魔力球を放ってしまった魅甘ではこの大爆発を防ぎきることはできない。
瀬雅は近くに蕾の1つが着弾する瞬間、飛び出していた。
狙いは魅甘。今、瀬雅にできる最善の手は魅甘を抱えて少しでも攻撃を回避することだった。たとえ自分にその攻撃が当たろうとも。
瀬雅が飛び出してすぐに、蕾の1つが爆発する。砂と共に暴風が瀬雅の背中を襲う。なんて威力だと顔を顰めながら爆風の推進力さえ利用して魅甘に飛び込み、抱えた。
「きゃあああっ!」
この状況に似合わない甲高い声が一瞬響くが、瀬雅は構わずプラッディに背を向けてとにかく距離を稼いだ。
五十嵐との連日の訓練で更に身体の使い方を磨いた瀬雅は、もはや天野学園の生徒の誰よりも高くなった瞬発力で爆発の嵐から逃げる。最初に全範囲に蕾を撒き散らしていたのが幸いだった。広範囲の同心円状に穴を作っていく蕾はその数を大きく減らしていた。
プラッディが放った拡散蕾はあと十。離れていく瀬雅を追いかけるように次々と発射されていく。
――遠く。砂の柱が上がった。
轟音。魔力の蕾が砂漠を穿った。
暴風。爆発の余波が伝わる。
衝撃。熱を帯びた砂が礫となって背中を襲った。
減速。砂を巻き上げる大爆発。その一部が瀬雅の脚を巻き込んだ。
「ぐぅうっ! む ぎ ま ちぃっ!!!!」
脚を焦がされたことで大きく速度を落とした瀬雅は逃げきれないと悟る。せめて手元にいる少女、魅甘だけは!
瀬雅は腕に入るすべての力を込めて魅甘を前方――襲い来る蕾から1mでも離すように放り投げた。魅甘は砂のクッションでうめきながら数度弾み、倒れ込んだ。そして自らは体を反転させ、飛来する蕾に向かって両手を広げる。
――――――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!
「がッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
瀬雅は避けられなかった大爆発の残りを全てその身で受け止めた。複数の魔力爆発によって瀬雅ごと砂漠
が大きく抉れた。砂嵐とも魔力の竜巻とも取れる暴風が吹き荒れる。
魅甘は一瞬何が起きたのか、浮遊感が訪れ投げ飛ばされたのを理解できていなかったが、瀬雅の絶叫に意識を呼び戻されて咄嗟に起き上がる。砂だらけになった魅甘が膝立ちになると、爆発に形を変えていく砂漠と瀬雅が脳に飛び込んできた。
「セ……セガあアアああああああああああああ!!!!!!」
恐怖、怒り、混乱。プラッディの姿を見た瞬間から碌に機能していなかった魅甘の思考は真っ白に塗りつぶされてしまった。
やがて少女の悲鳴が終わるのを待っていたかのように砂煙は晴れていき――
驚愕と絶望に染まった表情のまま膝をつく魅甘と、血が出ていない箇所がないぐらい全身がズタズタで、四肢がおかしな方向に曲がり、ところどころ白い何かを露出させて動かなくなった瀬雅の姿が、砂漠の中のステージのように良く見えた。
徐々に爆発が迫ってくるカンジを改行で表現したかったんですが……
ここまで読んで下さってありがとうございます!
次話投稿も明日15です!是非!




