18.私が守るから
前話『誇り高き咎人』の最後に挿絵を追加しました!是非そちらも
結界が溶けると、そこは夕暮れの街であった。
「帰ってきたな……。」
「…………」
呟く瀬雅、魔力を散らしたその姿は高校生にしか見えない。魅甘は何も言わずに頷いた。そこに、結界を解除した本人、獣族の上位種、ルミ・ティイケリが歩み寄ってきた。
「感謝する。そして迷惑をかけた。」
深々と頭を下げるルミ、美しい銀髪が広がる。
「やっぱ黒いのは似合わねぇな。」
瀬雅は笑みで返す。ルミは僅かに顔を綻ばせる、妙な沈黙が続くが、ふと真顔になったルミは言った。
「正直、ワタシは獣族を壊す元凶となったニンゲンを許せない。」
ぞわり、殺気立つのを感じた。瀬雅ではない、背後にいる魅甘だ。その人形のように整った無表情には、瀬雅に助けてもらって仇で返すのかという怒りが滲んでいた。
それをルミも察知したのだろう、肩をすくめて続けた。
「だが、オマエのような者もいると知った。」
「……瀬雅でいいぞ。」
「瀬雅、オマエはどうして呪いに狂われない、一体何がオマエをオマエたらしめているんだ。」
ルミはどうしてもそれが聞きたくて瀬雅のもとにやってきたのだ。自分は破壊衝動に飲み込まれてしまった、瀬雅もお同じ境遇にあるのに、その瞳は復讐にも恐怖にも染まっていなかった。
「探してる人がいるんだ。」
瀬雅は思いだす。記憶の底に貼りついている、誰もいなくなった研究所。培養カプセルの中で1人死にゆくはずだった小さい子。その子を救ったヒーロー。
「ちゃんとお礼をいいたい。つっても、生きてるのかも分かんないけどな。」
遠くからサイレンが聞こえてくる。ルミを捕縛する部隊がやってきたのだろう。
「……そうか、オマエには夢があるんだな。――――もしその目的が終わったらどうするのだ?」
言外に復讐は考えないのか?という意味を含めてだったが、瀬雅は笑う。
「そしたら、俺も元の姿に戻る手段を探さなきゃな。」
ルミは察した。この男の中には、自分を怪人にした者への恨みなんてとっくにない。きっと10年間で、復讐心など消え去ってしまうほど前を見て、努力して生きてきたのだろう。
「羨ましい、な。」
つい零れる。憎悪に飲まれた自分にはできなかった生き方だ。
キョトンとした顔になる瀬雅。失言だったなとルミは思ったがどうやらそれは杞憂で
「何言ってんだ。これからそうしろよ。もうお前は元通りの、誇り高く優しいルミ・ティイケリになるんだ。」
「ッ――」
何度目か分からない目頭が熱くなる感覚、ルミは己の10年間を許すことはできない、きっとこれからも。
ただ、10年ぶりに見上げた夕日は少年の魔力に似た温かさで、それまで渦巻いていた激しい怒りと破壊衝動はどこかに飛んで行ってしまったようであった。
「……本当にありがとう。瀬雅、今後は檻の中からオマエの活躍を見ていよう。」
「そりゃプレッシャーだ。」
護送車が到着し、ヒーローが降りてくる。ルミは両手を挙げて抵抗の意思がないことを示した。
上位種は敵対の意思がない限り捕まっても保護されるにとどまる。末端の怪人とは違い、未だに謎の多い"怪人"という組織の情報を握っている可能性があり、取引も望めるからだ。
それに、人間社会でいうところの幹部クラスの実力を持つ上位種が殺された、なんてことになったらそれこそ全面戦争が起きかねない。
怪人の目だった活動がない今こそ、ルミの扱いは慎重でなければいけなかった。もっとも、並の者にはビルを粉砕するルミを傷つけることなど物理的に不可能だが。
ルミを護送車に乗せた車はサイレンを鳴らして去っていく、残った職員が事情聴取をするといって瀬雅と魅甘を別の車に乗るよう促した。
瀬雅は辺りを見渡す。ルミの生み出した結界に飲み込まれる前、つまり魅甘の家の前であった。彼女の家は無事だった。
思えば、憎悪に支配されるギリギリでルミが結界を貼ったのは、これ以上町を破壊したくないという最後の抵抗だったのかもしれない――。
さて、と瀬雅は魅甘へ向かい合う。瀬雅にとってルミ――自分と同じ境遇にあった彼女は絶対に救いたかった。結果的に無事だったとはいえ、実験台同士、身内の戦いに魅甘を巻き込んだ形になる。
「脅かしてごめん。もう麦町とは関わらない。」
瀬雅の体は10年前、何者らかによって悪魔の姿に変えられてしまった。魔力を練らないことによって平時は人間の姿でいることができるが、身体能力等は普通の人間とは比べ物にならないほど高い。それこそ、魔力を使わずに怪人を妥当するほどだ。
戦争の相手、街や大切な人を滅茶苦茶にした怪人という存在は人間に忌み嫌われている。それまでは人間とも動物とも違うよく分からない生命体だった怪人は見つけ次第ヒーローに通報して殺せ、という敵意に変わった。
戦争の後、大和町は信じられない速度で復興、発展を遂げたが、それも怪人に負けないという人間の不屈の心によるもの、この町自体が、人間と怪人との戦いの証なのだ。
他に方法がなかったとはいえ、瀬雅は魅甘に怪人としての姿をさらしてしまった。もう、元通りの関係には戻れないだろう。
一人暮らしということは当然、魅甘もまた、家族を戦争で、怪人によって失ったのだろうから。
「我儘だけど、できれば俺のことは誰にも言わないでほしい。」
瀬雅は無茶な話だと自分でも思っていた。人間の仇敵である怪人が、明日にもなれば、怪人に対抗する戦力を育てる天野学園の2-Cの前の席で授業を受けているのだ。
もし断られたら、学園を出るしかないか。瀬雅はそう思っていた。
「……私は、あなたの中を見ているよ。」
「え?」
帰ってきたのは肯定でも否定でも罵倒でも恐怖でもなかった。魅甘はずっと瀬雅を見ていた。戦いの最中も、今も、以前も。
「……あなたの心はきっと、人間。いえ、人間より人間らしい。」
「麦町……」
人間。
怪人の体を持った瀬雅にとって、それは最も嬉しい言葉だった。
「……私、セガのことちゃんと見てる。」
「……私を上位種から守りながら、巻き込まないように戦ってくれたこと。」
「私の家を、ボロボロになって守ってくれたこと。」
「1人で暮らす私を、怪人の目撃例があってから毎日送ってくれたこと。」
「……屋上で1人、消えゆく私を見つけてくれたこと。」
「ぅぁ……。」
瀬雅は限界だった。目の前の少女が、自分がやってきたこと全部を、自分よりちゃんと見ていてくれた。
体が怪人になってしまったのなら、せめて心だけでも正しく在りたい。それが米村瀬雅が己に誓った自分のルールであり、正義の条件なのだ。
そんな瀬雅にはあの日、麦町魅甘が転入してきた日、屋上で無表情だった魅甘がとても悲しそうに見えたのだ。
「……今度は私の番。」
魅甘は小さくしかし綺麗に通る声で言う。
――私はセガを、守るから――
瀬雅はこの娘には敵わないと思った。模擬戦で負けたのもあるが、きっと魅甘の心は瀬雅の心を簡単に見透かしてしまう。なぜだかそのことが妙に嬉しく思える。
やがて瀬雅達は事情聴取のため車に乗り込む。
再び静寂が戻る東区の外れ。
古い時代、関東と呼ばれる大きい地域が4つのブロックになってできた大和町。この土地には魔力と呼ばれる未知の力が濃く溢れ、人も、人ならざるものも集まってくる。
商業をメインに発展した東区にも住宅はある。そこは、商業地区とは思えないほど静かであった。
戦いを終え、誰もいなくなった街の外れに、夕日を反射してキラキラと瓦を輝かせる小さな家だけが佇んでいた。
この日、1つの戦いは、多くの人に知られぬまま決着した。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
これにて一章完結となります。(章題変えました。旧:激突!ヒーローvs怪人
新:激突する憎悪と正義)
明日15時に一章のキャラや設定の紹介を挟みまして、明後日から2章を開始します。
※2016.10.19 全体的に描写を加筆修正




