15.怪人と怪人
字描くのって難しい。ようやく書きたいあたりまできました。
目を開ける――――
そこは不気味な空間だった。暗い空間、様々な機械とそこから延びる管の数々。壁は暗く、ところどころに走る緑にぼんやり発光している線がまた未来的だ。部屋の光源はそういった機械のみで、天井は見えない。
そして、背後にある巨大な培養カプセル。それがまともな研究施設ではないことを物語っている。つい先ほどまで少年はその中にいたのだから。
「そうか……、君も私と同じになってしまったんだね。」
小学生程の少年に語り掛けるのは長身の美人であった。短目の前下がりに揃えられた色素の薄い髪、モデルのような整った体型。
少年はただ俯いている。否、目の前の彼女を直視できないのだ。
ローブのような服は無残にも千切れ、その中身も無事ではない。赤い液体が女性のあちこちから溢れている。そして、変色してしまった右目が彼女の異様さを象徴していた。
女は小さく笑うと、その場でしゃがみこみ、少年と同じ高さまで目線を落とした。そして、戸惑う少年をゆっくりと抱きしめた。
「怪人が憎い?」
頷く少年。
「人間が憎い?」
頷く少年。
「そんな感情はどこかに閉じ込めておきなさい。」
顔を上げ、女を見る少年。ようやく目線があったねと微笑むと女は、崩れた壁――出口を指さした。
「あなたは近いうちに異能に苦しまされることになるわ。でも1つ覚えておいて。」
それは、この施設に来た以上避けられない未来であった。少年には何かしらの能力が覚醒し、それは普通だった少年の人生を大きく狂わせる。女は悲しそうに、しかし笑みは忘れずに
「どんな能力だってきっと役に立つ。あなたの心が"正義"を求める限り。」
私があなたを救えたようにね、と片目を閉じて見せた。
少年は逃げる――。白い壁を走り、破壊の後を辿って走る。女が侵入してきたルートは出口につながっている。
女がこの先どうなるのかは分からない。もう二度と会わないかもしれない。少年は走る、自らが生きるために、女のような"ヒーロー"になるために
白い壁が終わり、コンクリートでできた普通の壁に変わる、出口が近い。最後の角を曲がると光が見えた。つくりものではない、日の光だ。
「そ……と……」
培養カプセルの中で過ごした少年が言葉を発したのはいつぶりだろうか。必死にその光を求めた少年はついに外に、街に出ることが叶った。
少年は生きた。
少年は涙を浮かべた。
少年は助かった。
少年は両膝をアスファルトについた。
少年は光に照らされた。
街がなかった。
思い出はなくなっていた。
――――戦争は終わっていた。
10年前の、少年の最初の記憶
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米村瀬雅は電車に乗っていた。
場所は電車、天野学園のある北区から魅甘の家がある東区へ向かう電車である。昔、関東と呼ばれていた地域を統合した大和町はとても広い。だからその外周を通るように内回りと外回りの電車が循環しているのだ。
大気に満ちる魔力をエネルギーとした電車はそれまでの社会問題を解決した。そのため町内の移動はより早く、より安く、より安全になったのだ。
「……おはよう、セガ」
「ん、ああ。」
瀬雅の隣に座っていた少女、麦町魅甘は微睡みから覚めた瀬雅をのぞき込む。横で束ねた黒髪が動きに合わせて揺れる。
魅甘の一日の付きっ切りの世話の甲斐もあり、瀬雅の両腕は劇的に良くなっていた。瀬雅自身の回復力も相当だが、休み時間の度に学園内の治療機器を用いていたのが大きい。
魔力の恩恵はとてつもないのである。
「こんな日くらい学園内で泊まって行け、とは言えないけど……」
「……セガがいるから大丈夫。」
何せつい昨日怪人が家周辺に現れていたのだ。しかしコボルトが発生し3年生が鎮圧した、というニュースを余計に刺激しないよう、瀬雅達は平時通り過ごすことになっていた。
「まぁ、怪人もそんなに頻繁に現れないだろうけど。」
大事をとって結局訓練が中止となった分、日はまだ高い。昨日と同じ場所に怪人が現れるとも考えにくい。瀬雅は、五十嵐もそういう判断で自分達を帰らせたのだろうと理解した。
瀬雅は外れた包帯をしまいながら電車を降りた。魅甘は一瞬不安げだったが、すぐに後を追った。
―――――――――――――――――――――
――東区の外れにルミ・ティイケリはいた。
瀬雅はカバンを落とす。まさか昨日の今日で、魅甘の家の前で上位種が待ち構えているとは思っていなかった。
「ここにいればオマエに会えると思っていた。」
銀髪の少女は瀬雅を真っ直ぐに見据えている。昨日と違いその瞳は理性的な輝きを持っている、が、少女の周りの空間が歪んでいるのが瀬雅には分かった。
「お話が所望か?」
瀬雅は冷や汗を浮かべながら問いかける。いずれ戦いになるのは分かっていた。しかしタイミングも場所も悪い、魅甘の家をルミの背後にとられてしまっている。
「ワタシはこれから外道に堕ちる。その前にニンゲン、オマエに問いたい。」
ゆらり――銀の長髪が揺れた。覚悟を決めた、そう感じさせる振る舞いであった。恐らくこれまでのやり方とは全く違う方法で人間に復讐をするということだろう。
つまりは、手当たり次第に破壊する。単純で非道なやり方だ。それだけは阻止しなければならない。瀬雅はそう思った。
「お前に憎まれこそすれ興味を持たれる覚えはないぞ。」
「オマエはワタシの仲間を殺していない。昨日は殺そうとしたニンゲンを止めようとしているように見えた。」
少女は疑問に思っていた。目の前の黒髪の少年は怪人という存在にまるで殺意を抱いていない。ネズミの怪人のときも、暴れる怪人を鎮圧しただけだった。事実、ネズミの怪人は半身になっても生きていた。
「怪人が――憎くないのか?」
バカバカしい問い。10年前に怪人が人間をどれだけ蹂躙したか、それを考えれば普通は出ない質問だ。人間は怪人を憎む。
当たり前の感情、それが現代の価値観なのだ。
しかし瀬雅は笑っていた。ルミの口から出たのはある意味では彼女の迷いの現れ――やはり瀬雅の予想は当たっていた。
「お前と同じだよルミ・ティイケリ。」
「?」
首をかしげるルミ、その様子からは彼女が災害と称される上位種だとはだれも想像できまい。しかし、その表情は瀬雅の次の発言で変わる。
「俺は怪人を恨んでいない。お前が人間を恨んでいないようにな。」
「――――なんだと?」
豹変。目を細めるルミからどっと殺意が発せられた。瀬雅の発言はルミの怒りを刺激した。
「ワタシがニンゲンを恨んでいない、だと?ふざけ…………」「俺には分かる、ルミ・ティイケリ。お前は人間を恨んでいる訳じゃない」
「知ったような口を利くなぁあああああああッ!!」
瀬雅の体が飛ばされる、魅甘が慌てて瀬雅に駆け寄った。ルミ・ティイケリという怪人は人間に殺意を持っている。理由は分からないが強い負の感情だ。
しかし、瀬雅は気づいていた。目の前の怪人は恐らく、自身の暴走を理性の抑え込んでいる。それを長い間繰り返しているうちに怪人として変質してしまったのではないか、と。
「セガ!」
「い、てて……強いなやっぱ。」
うめき、魅甘に支えられながらも体を起こす瀬雅。銀髪の少女は動いていなかった。ただ瀬雅に"殺意を向けただけ"。彼女から溢れ出した魔力が指向性をもって瀬雅に襲い掛かったのだ。
「いいだろう、教えてやる。ニンゲンがどれほど愚かなのかを、何をしたのかを!!!!!!!!」
ルミは吠えた――。それと同時に魅甘と瀬雅の周囲の景色が黒く塗りつぶされていく。ルミの黒い魔力が3人を覆っていく。
――結界。周囲の世界から空間を切り取り隔離する。瀬雅達は気づくと廃墟のような街並みの中にいた。崩れた建物、アスファルトの各所に発生した地割れ、淀んだ空。それはまるで――
「戦争中の大和町みたいだな……。」
「ここなら誰にも邪魔されまい。ワタシの姿も見られまい。」
瀬雅の呟きにルミはそう返す。ルミの魔力とイメージで模られた外界と隔絶された世界。広大な空間に飲まれ、昨日のような増援の可能性を潰されてしまった。
「ワタシがニンゲンを恨んでいないだと?ふざけるなッ!!」
少女の体のどこに詰まっているのかという程の殺意と絶叫。
「ニンゲンだけが戦争の被害者だと思うなよ…………見せてやる、キサマらがワタシ達に何をしたのか。」
少女は天高く右手を掲げる、そして自らの穢れを告白するようにその言葉を憎々しげに口に出した。
「変身。」
黒い魔力が渦巻く、その勢いは昨日の比ではない。結界の中に形どられた廃墟がルミを魔力を浴びただけで崩れていく。
――変身。平時を人間の姿で過ごすタイプの怪人が本来の姿に戻る怪人のみに許された変身。そう、ルミは上位種の能力を抑えていたのである。
黒く、黒く染まっていく少女の体。爪が生え、牙が伸び、毛が逆立つ。その姿は虎だろうか、それとも他の何かだろうか。身体は大きく膨らみ、もともと160cm程だった少女の体は、性別も分からない240cm程の凶悪な姿となっていた。
二足歩行でありながら完全に人外の姿を模るルミ。肉食獣――黒い魔力に包まれて細部までは見えないが、獣族を冠するに相応しい圧倒的な姿であった。
「それが、お前の姿か。」
『ああ、そうだとも。10年前、ニンゲンの手によって、魔力を歪まされた醜い姿だ。』
その言葉に反応する瀬雅と魅甘。
「魔力を歪まされた……。」
『そうだ、ニンゲン共はワタシに"実験"を施した。ワタシには本来の力とは別の怪人の力が宿っている。』
「それが、お前の黒い魔力の原因なんだな。」
人や物、それぞれに必要なエネルギー、命の源は異なる。もしも、人間にガソリンを入れたら、もしも家に火をくべたら。もし、怪人に別の怪人の魔力を注入したら。
きっと壊れてしまうだろう、仮に上手くいっても変質してしまうだろう。今のルミは1つのエンジンに2種類の燃料を混ぜて注がれた爆発寸前の魔力の塊なのだ。
『"憤怒の実験台"ワタシはワタシをこの姿にした者を許さない。絶対にだ。ニンゲン共に復讐する、それが穢れたワタシが、地に堕ちた獣族の為にできる唯一の使命だ。』
ギロリと睨むルミ。瀬雅は動かない、ふと袖を引っ張られる感覚に振り向くと、魅甘がいた。
「セガ……」
心配そうな顔、彼女は守らなければいけない。そうしたいからだ。
「大丈夫だ、麦町も、あいつも守って見せる。」
はにかむ瀬雅。魅甘の顔を見て覚悟ができた。十中八九、この戦いの後、魅甘は瀬雅を避けるだろう。最悪の場合、もう日常には戻れなくなる。瀬雅はそう感じていた。しかし、それよりも目の前の、憤怒にとらわれてしまった哀れな怪人を救わなければいけない。
「ルミ、お前はお前が思っている程穢れていない。」
『……知ったような口を効くなニンゲン。』
吹き荒れる黒い魔力、その中でにらみ合う瀬雅とルミ。魅甘は援護すべきだと分かっていながら、入り込んではいけない雰囲気を察知していた。
「お前はまだ誰も殺していない。真に復讐すべきはお前に"実験"をした者達だけだと分かっているからだ。」
『黙れ。』
「お前は必要以上に街を壊さない。お前の目的は騒ぎを起こし、お前の仲間を殺した者達を炙りだすためだからだ。」
『違う。ワタシはただこの身が朽ちるまで暴れると誓ったのだ!』
「お前は誰も殺さない。仲間を家族だと思い大切にしているからだ。」
『奴らは関係ない!これはワタシの復讐だ!』
「お前は誰も殺さない。人間にだってお前が大切にする家族や友人がいると分かっているからだ。」
『違う、違う違う違う違う!!』
瀬雅の言葉に徐々に声を荒げていくルミ。思えば復讐といいつつ必要以上に暴れない、矛盾だらけだったルミの行動、瀬雅は分かっていた。
「お前は無関係な人を必要以上に巻き込まない。それは、お前の心がまだ"正義"を求めているからだ。」
『知ったような口を聞くな!五月蠅い違う!!』
「こうして結界を貼るのも、被害を最小限にしたかったから、そして、変質した姿で仲間の復讐を果たすことに負い目があるからだ。お前は優しい怪人だ。」
『黙れ黙れ!キサマに何が分かる!!!!!!!ニンゲンに怪人の誇り、魔力を変質させられた、穢れたワタシの怒りなど!』
「分かるさ。」
瀬雅は歩きだす。目指すは吹き荒れる嵐の中心、ルミ・ティイケリの元。途中で振り返る、そこには不安げな顔をした魅甘が居た。
「麦町、悪いな隠し事してて。」
「――え?」
唐突に告げられる瀬雅の隠し事。
「俺には分かる。ルミ・ティイケリ。お前は俺と――」
続く言葉の代わりに右手を前に突き出す瀬雅。ルミは何も言えない。目の前の少年にそれほどの迫力を感じたからだ。
瀬雅は魔力が使えない――――。そういうことにしているのには訳があった。
瀬雅は突き出した拳に力を入れると、その身の宿命を告げるように口にした。
「変身」
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※2016.10.19 ルミの口調と地の文を加筆修正




