12.再戦と絶望
戦闘って難しいですね。
「探したぞ、ニンゲン。」
銀髪の少女、ルミ・ティイケリは確かにそう言い放った。
瀬雅はすぐに1つの可能性に思い当たる。
(ここ数日、俺を探して暴れていた――?)
だとすると、以前倒したネズミの怪人の報復に違いない。瀬雅は魅甘の前に出るように身構える。
「オマエが思っているような事情ではない――でもないが、これは単にワタシのニンゲンへの復讐だ。」
口を歪めるルミ、碧眼は憎悪に満ちている。その姿は、理性的でありながら、狂ってしまいそうな感情の奔流をこらえているようにも見えた。
「やれ。コボルト」
彼女が短く呟くとどこからともなく配下の怪人が現れた。180センチメートル程の男が真っ直ぐに瀬雅に駆け寄ってくる。明らかにスピードタイプ、全身が灰色の体毛に覆われ、顔は凶暴な牙をもった犬であり、両手両足には鋭い牙が見えた。
「速さなら、負けねぇ!」
瞬間、飛び出す瀬雅。スピードで相手を翻弄してきた瀬雅、相手が降り出す腕をはじきボディに一撃を見舞った。が
「……コイツもかてぇな!」
拳は強靭な腹筋に遮られてしまった。ネズミの怪人を違ってスリムに見えた犬型の怪人だったが、その身には速度を殺さないようしなやかで強い筋肉が詰まっている。
(非常用魔力剣の許可を――いや、通信している余裕はない!)
「麦町、援護!」
「……ん!魔力壁」
魅甘はすかさず魔力壁を展開する。犬型の怪人は構わず障壁を殴りつけるが、大きくたわんで元の形に戻っていく魔力壁。瀬雅との模擬戦で破壊されたことを糧に衝撃を受け流すことに特化した防御術だ。
「少しは覚えがあるようだな。"切爪"!!」
怪人は魅甘の衝撃の特性を看破し、有効な攻撃――斬撃に切り替える。のれんに腕押しなら、切ってしまえばいい。実に合理的で、鋭利な爪と高純度な魔力を持つ獣族ならではの方法である。
「麦町!」
咄嗟に庇う瀬雅、魅甘を押し倒すように倒れ込み辛くも致命傷を避ける。
「セガ!血が……!」
普段無表情な魅甘が悲痛な声を上げる。自分を庇った瀬雅が右腕に大きな切れ口を作っていたからに他ならない。
「大丈夫……とは言いづらいが。それより麦町、なぜ攻撃しない。」
瀬雅は痛みをこらえながら魅甘に尋ねる。向かってくる時、拳を受け止めた時。2度の機会があったと瀬雅は感じていた。にも関わらず魅甘は迎撃せずに瀬雅ごと障壁を貼ったのだ。
「……ごめん、なさい。」
謝ることしかできない魅甘。地面に正座する体勢になっていた彼女は俯いて制服のスカートを握る。
「いや、悪い。そうだったな。魅甘は防御に専念してくれ。」
「……いいの?」
しかし、瀬雅は気づいた。気づいてしまった。自分達が今、何を背にして戦っているかを
くすんだ壁、ところどころはがれた瓦、それでもここにはたくさんある。魅甘はそう言った。
「おまえが幸せだったあの家は俺が守ってやる。」
「……セガ……。」
立ち上がる瀬雅、立ち上がれない魅甘。この瞬間、瀬雅には敗北は許されなくなった。
「やってやるよ。訓練で成長したのは麦町だけじゃねぇ。」
怪人と瀬雅が飛び出したのは同時だった。一瞬で互いの間合いに入り、死合いが始まる。コボルトと呼ばれる怪人の攻撃を躱しながら、瀬雅は数日前の訓練を思い出していた。
『米村、お前の体術はハイレベルだ。特に、受けた衝撃を逃がす技術は相当のもんだな。』
五十嵐の言葉を反芻しつつもその目はコボルトの動きをしっかりと追う。爪による攻撃には気を付けなければならない。
『衝撃を全身の関節を使って末端から逃がす。防御としては十分だ。だがお前に足りないのは攻撃力――』
そう、瀬雅には魔力という最大の攻撃方法がない。怪人の強靭な肉体にダメージを通す決定力がないのだ。
瀬雅が持つ非常用魔力剣の金色の刃は有効だが、学園の許可がないとONにならない仕様故に今回のような奇襲には弱い。
ならどうするか
『難しいことはない、逃がすはずの衝撃を相手に当てればそのまま攻撃になる。』
瀬雅は確信していた。スピードで翻弄すれば焦れた相手は必殺の一撃を放ってくる。
「ちょこまかと!……"切爪"!!」
(ほら来た!)
渾身の横なぎ――風を裂いて振るわれる右腕を、瀬雅はあえて半歩入り、食らって見せた。
「ぐ……ぅぅぅうううッ!!」
"切爪"――瞬間的に腕の速度を魔力でブーストし、爪で切り裂く単純にして強力な技。よほど腕に魔力を込めたのだろう。瀬雅は爪を避けるために踏み込んで前腕部分を食らったが、全身がはじけ飛びそうな威力だった。
その衝撃を食らった場所からすべての関節を使って流していく。
高い所から飛び降りた時に膝をクッションにするように、ドッジボールで肘を使って柔らかくキャッチするように、瀬雅は受けたダメージを動かし――逃がすことなく左肘に集めた。
「くらえッ!」
右足を軸に横回転し、遠心力と瀬雅自身の膂力を乗せて空いた腹部に肘を当てる。コボルトの全力と瀬雅の全力が乗った絶大なエルボー、カウンターが決まった。
「!?ご、ごふぁッ……!!!!」
吐き出すような声と共に怪人は吹き飛び、魅甘の家から数十メートル離れた。血……の代わりにコボルトの腹と口から魔力が溢れ出す。致命傷だ。
「セガ!!」
似合わない大声を出して駆け寄る魅甘。見ているだけの自分が恥ずかしい――けれどそんなことは今はどうでもよかった。魅甘は倒れる瀬雅を抱きかかえる。
「……セガ」
「おう、麦町、俺、前回スーパーを、ボロボロにしちまってよ。今回は、どこも壊れてねー、ぞ。」
息も絶え絶えの瀬雅、人形の瞳に水気が宿る。確かに周りはほとんど無事だ、衝撃をコボルトと瀬雅で受けきったのだから。
瀬雅の左腕は無残な有様であった。ただ赤い。そうとしか形容できないほどボロボロであった。
怪人の一撃を受けてそのまま返す。これはミサイルを虫網でキャッチして投げ返すようなものだ、網が無事であるはずもなく――
「……こんなに、ボロボロに。」
「麦町の家と、いい勝負かな?」
瀬雅はそんな状態でも軽口を忘れない。戦争で家族を失った魅甘にとって、家はボロボロになる程たくさんの思い出が詰まった大切な場所であった。
「ありがとう……セガ……!」
零れる雫。
米村瀬雅は二度目の実戦に勝利し、魅甘の家を守って見せた。
「相打ち、か。」
銀髪の少女は一部始終を見終えて呟いた。コボルトは動けない、戦車だって自爆すれば壊れる。対して瀬雅もボロボロだ。魅甘を庇った右腕からは血が依然止まらず、衝撃を炸裂させた左腕はとても動かせる状態ではない。
「へへ。どうにか一矢報いてやったぞ。そいつを連れて引き上げろ。」
仕掛ける瀬雅。ネズミ戦で、ルミが部下を見捨てないことは分かっていた。何故か自ら戦おうとしないルミが、連れてきた部下を失いつつあるのだ。引く選択肢も十分あり得る。
しかし、上位種ルミ・ティイケリは冷酷な笑みを深めるだけであった。
「まぁそう言うなニンゲン。もうじきそろう頃だ。」
「マジかよ……」
瀬雅達は誤解していた。
「……絶体絶命。」
敵は1体だと。
満身創痍の瀬雅の目に映るのは
新たに現れた4体のコボルトだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
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次話投稿は明日の7時です。是非よろしくお願いします。
※2016.10.19 ルミの口調を修正




