11.麦町魅甘と再戦
――天野学園第2グラウンド
瀬雅と魅甘の補習が始まってから10日程が経過した。4月も中旬、春を飾っていた桜はすっかり仕事を終え、晴れと雨が交互に訪れる昼下がり。
2-Cは身体力測定を行ったこの第2グラウンドで基礎トレーニングを行っていた。
「ではトラック5周!はじめ!」
日差しを受けて輝く金髪――担任の五十嵐光の号令と共に発進するCクラスの皆。このグラウンドのトラックは1キロメートル、つまりトラック5周は5キロメートルに相当する。
天野学園では訓練の日と学問の日が交互にある、そして訓練の日には必ずこのトラック走があるのだ。
「ひぃひぃ、ぜぇぜぇ」
アスリート体質が集う学園なだけあり、ハイペースで走る生徒達の中で既に息を上げている青髪がいる。
もやしこと金堂鐸だ。彼は学問は比較的優秀なのに対して運動、魔力量、魔力親和性すべてにおいて水準以下だった。特に運動能力はその辺の中学生に劣るとも勝らない。
「おい、大丈夫か?」
鐸に後ろから声がかかる。正反対のステータスを持った米村瀬雅だ。早くも鐸に周回差を付けようとしている。
「セガは、大丈夫に、見えるか、これ、ゼェハぁ」
「意外と余裕そうだね。」
瀬雅は呑気に鐸を励ます。ここ数日、訓練の日はいつもこうだった。去年も他クラスと合同訓練の際は瀬雅と鐸はこうして励ましあって(?)乗り切ってきたのである。
しかし、ここ最近はこの光景も変わりつつあった。
「……………………………………………………………………………………………………」
「あっちの方が重症だな……。」
「ぜぇぜぇ、え、なに?」
「いや、こっちの話。」
「……………………………………………………」
鐸の更に後ろには"無言で疲れる"という器用なことをしている転入生麦町魅甘の姿があった。訓練の後の学校生活で判明したことだが、魅甘はとにかく運動が苦手だ。
彼女は人形のような白い顔を青くしながら走っている。走っているといってもチェーンが外れた自転車の如く進んでいなかった。走るたびに横でまとめた黒い髪が揺れるのが瀬雅のお気に入りであることを特筆。
これまでのワーストを大きく下回るその記録にCクラスは沸いた。そして五十嵐は泣いた。鐸は「俺のアイデンティティが」と嘆いた。
しかし、と瀬雅は考える。確かに自然なことなのかもしれない。20個を超える魔力球を操作しながら魔力壁――防御にも余念がない程の魔力親和性。Cクラスに複数の魔力球をつくれる者はいない。
こんな実力でなぜCクラスに配置されるのか、と瀬雅は気になっていたのである。魔力球がつくれない瀬雅はともかく、魅甘の戦闘力はAクラスでも通用する。
「まさかこんな弱点があったとは、な。」
「………………………………………………もうだめ。」
瀬雅が5周を終えたころ、鐸が3周目でグロッキーになったころ、魅甘は静かにダウンした。
―――――――――――――――――――――
「しっかし、昼も訓練放課後も訓練ってハードだよなぁ……。」
「緊急事態だからなぁ。」
「…………………………うぇっぷ。」
鐸、瀬雅、魅甘が廊下を移動する。魅甘はまだ先ほどのダメージが残っているようだ。
「その上位種とやらはまたちょこちょこ出てるんだろ?」
「ああ、以前の東区程の騒ぎじゃないが定期的に暴れてるらしいな。」
「……………………おぇ。」
獣族の上位種、ルミ・ティイケリ。彼女はまた配下の怪人を引き連れ町内で暴れているらしい。ネズミの怪人が現れた日より小規模な戦闘が度々起きていた。
小規模故に各地の防衛人員や学園の3年生だけで撃退できているものの、問題はそこではなかった。
「なんでちょくちょく出てきてあっさり撤退するんだろうな。」
「さぁな。五十嵐もよく分かってない口ぶりだった。」
そう、怪人達は少しでも不利になるとすぐに撤退する。ルミ・ティイケリは自ら戦わない。目的が分からず、学園側も後手後手で対応する他ない、というのが問題なのだ。各地の破壊だけが進んでいく。
「で、お前の方はどうなんだ金堂。お前も訓練受けてるんだろ?」
「ん~黒崎は呼び出しも不定期だからなぁ、何考えてるかまったく分かんないや。」
「なんだそれ。」
「こっちが聞きたいよ。」
瀬雅と魅甘が五十嵐に補習を受けているように、鐸も先の避難誘導での活躍が評価され放課後の訓練を受けているようだった。その内容は瀬雅には想像もつかない。
「まぁとにかく、頑張るしかねぇか。」
「違いない。」
互いに励ましあって、次の訓練――魔力制御に向かうのであった。
「……………………うう。」
魅甘は放課後までずっと顔が青かった。
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「よし、今日はここまで。米村は麦町を送っていくように。」
「へいへい。」
「……いつも申し訳ない。」
「いいっていいって。」
放課後の訓練を終え、帰りの支度をする2人。ここ数日は瀬雅が魅甘を家まで送るのが日課となっていた。
魅甘は遠慮しているが、日が暮れ、怪人の目撃情報がある中、女の子しかも超運動音痴を1人で帰すことは五十嵐にも瀬雅にもできなかった。
「毎日電車って大変じゃないか?」
「……朝混んでる。」
無口な魅甘であるが、意外と話題は毎日尽きない。2人とも天野学園に来るまでは普通学校に居た。どんなところか、何があったか。好きなものは何か。そういったことを話していると電車はいつの間にか東区についているのだ。
「町内の移動は無料ってのが救いだな。」
「……魔力すごい。」
新エネルギーである魔力を導入にした交通インフラはそれまで抱えていた資源問題、大気汚染等を解決させた。町内には巨大な円形の線路、大和線が通っており、その区間内の移動には運賃が必要ないのだ。
2人が文明の発展に関心しつつ電車を降りると、そこにはたくさんの人で賑わう駅前が広がっていた。
東区は先の襲撃の後、早くも活気を取り戻しつつあった。潰れたスーパーは、駅前で新装開店されると評判になっている。
「たくましいな。」
「……ん。」
2人は呟き駅前を後にする。
東区の賑わいから離れるように10分程行くと閑散とした住宅街にたどり着く。その中でも一番離れに建っている木造住宅を目指す2人。
町の外れとはいえ、商業施設が中心の東区にこういった家が建っているのはあまり知られていない。
お世辞にも立派とは言えない、一昔前の家。庭もなし、2階もなしと大分慎ましやかではあるが大切に住まれているような、懐かしい気がする家だった。
「……いつもありがとう。」
「お安い御用だ。なぁ、女子寮には入らないのか?」
少し踏み込んだ話。魅甘がこの家に1人で暮らしていることはすぐに分かった。瀬雅自身がそうであるように、身寄りのない者は学園では珍しくない。そうした者の生活のために学生寮があるのだ。
しかし、魅甘は家の外壁を優しくなでる。その顔は幸福を噛みしめるような、無表情の魅甘からは想像もつかない穏やかな表情であった。
「……ここには、たくさん残ってるから。」
「そっか。」
瀬雅も自然と穏やかな気持ちになるのを感じた。彼女は大切なものをこの家に持っているんだ、と。
「探したぞ、ニンゲン。」
空気が一気に冷え込んだ。
咄嗟に臨戦態勢をとる2人。そこにはいつか見た冷ややかな目を浮かべる銀髪が立っていた。
「ルミ・ティイケリ――!」
大和町東区で再び戦いが始まろうとしていた。
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次話投稿は明日の7時です。
よろしければまたよろしくお願いします!
※2016.10.19 ルミの口調を修正




