1.桜と遅刻
はじめまして!じっくり発展していくバトルは近年のなろうの毛色とは少し違いますが、頑張ります!
「……もう10年か。」
暗闇、目を開けると暗い空間。この暗闇はつくりものだ。カーテンを開けてしまえば光が差し込むことだろう。
……返事はない、当然と言えば当然だ。彼に両親はいない。ここは学生寮。だから一人。
彼は鍵をかけて足を踏み出す。急ぐ必要はない、空は青く、この寮の3階から見上げても到底届きそうにない。階段を降りればきっと桜のカーペットが出迎えてくれるに違いない。
――春。その季節は彼にはとても……
「あ、セガ!何してんだ遅刻だぞ!」
焦ったような声で彼の逃避は打ち切られる。
「分かってるよ。あまり声を荒げないでくれ。」
そう、彼、米村瀬雅は高2の始業式のこの日に寝坊をかましてしまったのである。
昨日の晩、ついつい夜更かししてしまって爆睡。目覚めて時計を見た瞬間彼は急ぐことを諦めた。
「いいから走るぞ!五十嵐のやつ絶対キレてるぜ!」
「分かった行こう。阿呆鳥馬鹿丸」
「なんだよその名前!!金堂鐸です!!ホラ、行くぞ!」
青い髪を揺らして叫ぶのは金堂鐸、瀬雅の数少ない友人である。
遅刻確定な男2人は桜の花びらをかき分けて大和町を走り出した。
瀬雅はふと思う。
「なんで金堂まで遅刻してんの?」
「オメーが昨日深夜まで電話付き合わせたから寝坊したんだろーが!!!!!」
瀬雅は何か叫んでいる奴を置いて先を急ぐ。都合が悪いことは全く聞こえないようだ。
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東西南北、広大な町を方角で区切った分かりやすい造り。それがここ大和町のウリである。それぞれのブロックには特徴がある。商業が盛んなブロック、様々な企業がビルを構えるブロック。
その中でも異彩を放っているのが、北区である。北区は別名学園区。全ての土地を1つの建物が占めている。
過去の戦争を教訓に創られた『世界平和を守る人材』を教育する学園。
莫大な寄付金と国からの補助金で成り立つこの学園を
―――大和町天野学園―――という。
「なんて言い訳しようか。」
「去年は、赤信号が長かったって言ったらイケたことあったな。」
「マジ!?確か、セガの去年の担任って……」
「セガじゃなくて瀬雅だっつの。ああ、黒崎だよ」
「納得。あのセンセはいい加減だからなぁ……」
「五十嵐もそう変わんないと思うぜ。」
校舎の前で、彼らは崇高なる作戦会議を行っている最中である。
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天野学園の土地は広大である。1000名強の学生の半数は敷地内の寮に住んでいるが、実際にホームルームが行われる校舎までには大分時間がかかる。そして米村瀬雅は遅刻の常連だ。
「決めた。今日は潔く謝って教室に入る。」
「熱でもあるのかセガ」
まさかの瀬雅の発言に正気を疑う金堂鐸。瀬雅は指を広げてチョキをつくり、友人の顔の真ん中やや上へ繰り出すことで応える。
「いや目つぶしじゃねぇか!あぶねぇ」
「ちっ。いいか、俺は正気だ金堂。よく聞け、今回は俺のせいでお前まで遅刻に巻き込んじまった。これでも気にしてるんだ、言い訳はしない。」
「セガ……。お前はやっぱり根はいいやつだな。ナチュラルに舌打ちが聞こえたけど……」
「セガじゃなくて瀬雅な」
友情を再確認し、何度目か分からないやり取りの後教室へ向かう。学園は広いが、座学も行われる校舎は一般的な学校のそれと大差ない。埃っぽい昇降口で上履きに履き替え、階段を上って日差しが微妙に差し込む廊下を歩く。2人は同時に頷き、2-Cの扉を開け正直に遅刻したことを謝罪する。
「すいません。金堂が忘れ物したらしくて取りに行くの付きあってました。俺1人なら間に合ってたんですけどね、はい。」
「セガ!?!!?」
大和町の1日はやや遅刻気味に始まる。
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2-C
「で、電話で理想のヒーロー像を語ってて仲良く遅刻だと?」
「スンマセン……」
教室はホームルームを中断しての説教タイム。クラスメイトは面白がる者、またかとうんざりする者、無関心に内職する者と普段通りである。
男に怒られているのはもちろん瀬雅と鐸である。2年生にもなって怒られてしょんぼりする黒髪と青髪はとてもシュールだ。
「はぁ……まぁいい。以後気をつけるように、席に着け。」
素直に反省する2人に担任も毒気を抜かれたのか、再び朝の連絡事項を読み上げ始める。
「な?素直に謝れば分かってくれるだろ?」
「一回俺を売ろうとしたろーが!」
「お前ら遅れた上にうるさいんだが……」
担任がこめかみをひくつかせた瞬間2人は着席した。その様子を見た担任は切れ長の目を閉じ1つ頷くと説明に戻った。
「事前に連絡は行ってると思うが、今年の一学期もスケジュールがキツキツだ。一般教養に訓練。2年生成績優秀者は緊急時には出動することもあるだろう。」
――「出動」教室がにわかにざわつく。実地に出てかつて人間の脅威となった怪人を倒すこと。それはこの天野学園に在籍する者の悲願に他ならないからだ。
「静かにしろ。」
一言、担任の男が睨みを効かせると教室に静寂が戻った。教壇に立つ金髪は、10年前の戦争で数多の怪人を屠って生き抜いた猛者である。
浮かれ気分では命を落とすということを知っている。ヒーロー候補生とヒーローの格の差を感じた学生達は今一度気を引き締めた。担任は満足げに口元を緩め今日の予定を口にする。
「というわけで今日はこれから身体力測定だ!」
誤字脱字はご指摘くださるとありがたいです……