楓の気持ちと私の答え
日曜日。休みということで、楓と一緒に家電量販店にやってきていた。
買うものは、ゲーミング用の製品。私はあまり詳しくないのだが、ゲーム用に最適化されたマウスや、キーボードなどがあるらしい。
楓がそれを買いに行くので、一緒に行かないかと誘われたのだった。
「へー、ゲーミングマウスってすごいねぇ。形もなんかすごいし、ボタンがいっぱい付いてるよ」
製品を見て、率直な感想を口にする。普通のマウスはタマゴ型だが、ゲーミングマウスはふつうのものに比べて平たく、サイドにボタンが4,5個ついていた。
「人間工学に基づいた設計で、操作の疲労を軽減します……だって。今のマウス、握りにくいんだよね。買っちゃおうかな」
私の横で、マウスを手にとっている。楓は買うのかな。私は……どうしよう。
「あれ? 楓先輩たちじゃないですか!」
声の方を見ると、後輩ズがいた。二人で手をつないでいる。アツい。
「おっす、後輩ズ!」
それに気づいた楓が、手を振って挨拶する。楓も「後輩ズ」呼びらしい。
「奇遇だね。なんか買いに来たの?」
そう質問しながら、自分で随分打ち解けたものだと感心する。人見知りの私にしては、打ち解けるのが早い。一緒に同じことをするというのは、人と人の距離を近づけるものだと実感した。
「――デートですよ」
繋いだ手を掲げながら言われた。恥ずかしげなく、当然のことを言っているといった様子だ。見てるこっちが恥ずかしくなりそう。
「先輩たちもデートですか!? お二人、付き合ってたんですね……!」
「ち、ちがうよ」
楓が顔を赤らめて、目を逸らしながら答えた。え、何その反応。相手は冗談だろうに、照れなくても……
「楓が、ゲーミングマウスとか買いに来たんだよ。私も買おうかなって、迷ってたところ。買ったほうが良いのかな?」
後輩ズに相談する。とても下手くそな私でも、ゲーミング用の機器を使えば強くなるのかなと少し期待しているのだ。私の目標、Bランクに到達する手助けになればいい……そう思った。
「さぁ……あたしは使ってますけど。おねえちゃん――部長も使ってるので。使うと、うまくなった気がしますよ!」
「――学校外では『おねえちゃん』でいいんじゃないかな。わたしは、マウスはゲーミングですけど、キーボードとかは普通のですよ。やっぱり普通のマウスに比べたら、ゲームでは使いやすいですね」
「先生も買ったほうが良いと思いますよ」
「えっ、先生!? って、いない……」
先生の声が聞こえたと思ったら、居なかった。ともかく、後輩ズのアドバイスを聞いて、私も買おうという気持ちになってきた。
「ありがとう、買ってみるよ」
「そうですか、それではー。よいMLライフを」
後輩ズが手を振りながら帰っていった。ちなみに二人は、手はずっと繋ぎっぱなしだった。少し畏れを抱くレベルだ。
「これで私も強くなれるかなぁ」
夕方、袋を手にぶら下げ、楓と一緒に帰りながら話す。楓はマウス、マウスパッド、キーボードを買って、私はマウスだけを買った。
「強くなれるって。なんてったってゲーム用なんだからね。そ、それでさ、あの二人ずっと手繋いでたよね」
「そうだったね、めっちゃ仲いいよね」
「ねぇ、ちょっと手繋いでみない?」
楓がそんなことを言い出した。あの二人を見て、何か思ったのだろうか。楓の方を見やると、顔を赤くしていた。もちろん、夕日のせいかもしれないが――
「いいよ」
私も、どこか浮かれているのか、そう答えた。自分の顔が、少し熱くなっているのを感じる。
「ありがとう」
楓はそう言うと、私の空いている手を握った。私たちは、片手に袋を持ち、もう片手で相手の手を握っていた。
「…………」
お互い、しばらく無言で歩く。普段しないことをしている緊張か、少し汗ばんでいるように感じる。
「ちょっと寄り道して、公園行っていい?」
「いいよ」
楓に誘われて、家の近くの公園にやってきた。夕方も遅いからか、人の姿はなく、とても静かだ。私たちは、入口近くのベンチに隣り合って座った。
「昔よくこの公園で遊んだよね」
「そうだね、懐かしいな」
私と楓が小学生のころ、よくこの公園で遊んだものだ。当時の光景を思い出す。私は昔から人見知りだったから、楓が唯一の友達だった。反面、楓は人気で、いろんな人が集まってきていた。でも私は、その人たちとは仲良くなれなかった。いろんな人が集まってくると、私は楓を取られたような気分になって、寂しくなった。でも楓は、そんな私に気づいて、一緒に居てくれたんだ。
「私、葵に言いたいことがあるの。いい?」
「どうしたの、改まって」
楓は立ち上がって、私の前に立った。楓は落ち着きがなく、指を動かしている。
「私、昔から葵のこと、好きだったんだ……この気持ちは秘密にしておこうと思ったんだけど、あの二人見てたら……私も、葵と恋人になりたくなったの。…………ごめん、急にこんな話して。迷惑だよね。忘れて。あはは」
楓は困ったように頭をかきながら、乾いた笑いを浮かべている。こんな楓、見たことない――
「ううん、迷惑なんかじゃないよ。嬉しい」
私が素直な気持ちを口にすると、楓は信じられないといった顔をした。
「本当!? ありがとう……それで、その……葵が嫌じゃなければ……わ、私と、付き合ってください!」
楓が勢い良く頭を下げた。両目をギュッとつぶっていて、その不安や緊張がひしひしと伝わってくる。私の答えは――
「もちろん、いいよ。これからもよろしくね、楓」
「――! ありがとう! すごく不安だったんだよ、気持ち悪がられて嫌われるんじゃないかとか……! でも、葵が優しくてよかった……!」
楓が私に抱きついて、泣いている。泣いてる親友――今は恋人か――は、放っておけない。よしよしと、背中をさすってあげる。
「もう、私が楓のことを気持ち悪いとか、思うわけ無いでしょ」
いつも私を引っ張ってくれた楓に、泣いてほしくなかった。安心して欲しい、その一心で楓に語りかけた。
「ごめん、取り乱して。もう大丈夫」
数分後、楓はいつもの楓に戻った。今は私の隣に座っている。
「あのしおらしい楓も新鮮で悪くなかったけどね」
「ははは……見苦しいところをお見せして申し訳ない」
からかうと、恥ずかしそうに頭をかく。楓の癖かな。新しく楓のことを知った。
「もう日が暮れちゃうよ。帰ろうか、楓」
紫色の空の下、さっきまでと同じように手を繋いで帰った。違うのは、二人の関係。しかし、その違いは私たちにとって非常に大きなものだ。
私たち、どうなるのだろう……新しいことへの期待と不安が入り混じって、自分でもよくわからない気持ちになっていた。それは楓も同じかな。繋いだ手をギュッと握ると、楓も握り返してくれた。
二人顔を見合わせて、笑う。長い影が、道しるべのように二人の足元から伸びていた。