通話しながら楓と練習
帰って晩ごはんを食べた後、私はMLの練習を始めた。大会に出ることが決まって、練習のモチベーションに火が付いているのだ。
カチ、カチカチ……
一人の部屋に、マウスのクリック音が響く。
「あーっ、勝てないー……」
2連敗して、ランクのポイントが減る。プレイヤーは実力に応じてAからEのランクに分けられていて、さらにランクごとに1から5のディビジョンがある。つまり、一番上手いのがA1で、最下位がE5というわけだ。
私のランクはE1。人口的には、下位10%に位置する。このままじゃ、大会で足を引っ張ってしまうのは明白だ。
「『ML うまくなるには』……と」
上達方法をインターネットで検索すると、ほとんどのサイトに同じことが書かれていた。それは、上手い人と一緒にプレイすること、だ。
上手い人といえば、まず部長……だが、2番めは楓だ。確か、A3だった。Aランクといえば、プレイヤーの上位1%……相当な腕前であることは確かである。
「楓、今暇? よかったら一緒にMLしない?」
楓にチャットを送ると、すぐに返事が来た。
「いいよ! 通話しよ」
「おっけー、アドバイスとかしてね」
楓と通話をつなぎながら、ゲームを始める。私が物理ダメージキャリー(pdc)で、楓がサポート。今日部長に言われたロールだ。
楓のおかげで、序盤戦は相手に優位に進めることができた。
「さすが楓だね。仕掛けるタイミングが上手い」
「ちゃんと私に合わせてくれるから勝てるんだよ。序盤戦は悪くないね」
「そう?」
楓を褒めると、私も褒められた。自分より上手い人に褒められるってことは、嬉しいものだ。
しかし、中盤、5対5の集団戦が起こる頃。私がやらかしてしまった。pdcは、ダメージは出せるが防御はかなり弱い。そのため、集団戦では立ち位置が重要になる。立ち位置をミスるとすぐ死んでしまうからだ。2回集団戦が起こったが、その両方で私は死んでしまった。
「葵、集団戦で前に出過ぎ。前線はタンクにまかせて、後ろからダメージ出すのがpdcの仕事だよ。次の集団戦で負けたらヤバイから、気をつけてね」
「わかった、頑張る」
楓の言葉を胸に刻む。前はまかせて、後から殴る……その言葉を繰り返す。
こちら側から仕掛けて、集団戦が始まった。前線では、タンクが敵を私に寄らせないように支えている。私は射程距離ギリギリから、相手のダメージディーラーを狙った。
画面に「Ace!」の文字が表示される。相手が全滅したということだ。
そのまま相手の本拠地を破壊して、勝利。
「やった! 楓のおかげだよ!」
嬉しくて、つい大きな声を出してしまう。
「やったね。葵は、たぶん知識をつけたら強くなるよ!」
「そう? 頑張るよ。大会までにBランまで上がりたいな」
部長と楓はAランク、後輩ズはBランクだ。今のところ、私だけものすごく弱い。だから、大会までにもっとうまくならなくちゃいけない。
「大会までって、あと3ヵ月ちょいしかないよ。これは毎日でも私と一緒にやらないとまずいね」
楓にそんなふうに誘われる。毎日楓と一緒にできるなら、願ったり叶ったりだ。私は嬉しいが……
「私は嬉しいけど、こんな低ランクとやってたら下手になるんじゃない?」
これが心配だ。できれば、楓の足を引っ張るような真似はしたくない。でも、そんな心配とは裏腹に、楓は明るく答えた。
「大丈夫! 私は十分上手いから」
それに、葵と通話しながらMLするの楽しいから。そう付け加えられて、すこし照れくさかった。