後輩ズはラブラブカップル
次の日、私たちが入部することを部長に話すと、部長は大喜びだった。5対5のゲームなので、人数が揃って本格始動できるようだ。
「一年生、今日は来てるかな? 仲良くできるかなぁ」
楓と話しながら部室へ向かう。人見知りな私にとって、新しい人と出会うというのはそれなりに疲れるものなのだ。
「人見知り克服するんでしょ?」
「そうは言ってないよ……まぁしたいけど!」
「じゃあがんばりなさい」
「はーい……」
「失礼しまーす、こんにち……」
部室のドアを開けて挨拶しようとしたところで、私は言葉を失った。自分の目を疑った。
「な、何を……え? 何これ?」
混乱して言葉が出てこない。楓の方を見ると、私と同じく固まっていた。
私たちの目の前には――キスをしている女の子二人がいた。その横には部長が座っていて、パソコンをしている。まるで横で起こっていることが見えていないみたいに。
「ぶ、ぶ、部長!? この二人は何をしてるんですか!? ってか、誰ですか!?」
私が聞くと、部長は気まずそうな表情をしながら答えてくれた。
「あぁ、こいつらは部員だよ……1年生が2人いるっていっただろう?」
「いやいやいや、だとしてもなんでキ、キキキスを」
その質問に答えたのは、キスをしていた二人だ。
「だって、あたしたち……」
「――付き合ってますから」
「付き合ってる……? 二人が? うん、おかしいな……」
私の常識では、付き合うというのは女同士でするものではない。私が間違ってるのか……いやそんなまさか。
「ねぇ楓……」
私の頭で処理できるキャパシティを超えたので、楓に助けを求めて振り返ると、楓は顔を赤くしながら「なるほど……」などとのたまっていた。わけがわからないよ。なにがなるほどなんだよ。
「だめだ! 楓はだめだ! 部長! 部室でキ、キスとか……そういう行為していいんですか!? しかも女同士で!」
「もうなんか、最近はいいかなって思ってきてる」
「えぇ……」
部長は諦めていらっしゃる。私が頑張って喋ってみよう……!
「あ、あの……お二人さん」
「――はい」
「なんでしょうか」
「そういう行為は人目につかないところで……」
「――ここは人目につきませんよ。部長と……」
「新しく入った、二人の先輩……あなたたちですよね? 以外には」
たしかに。
「で、でも、ほら……女の子同士だし」
「――なぜ女同士だとだめなのか」
「あたしたちは性別なんかには縛られないんですよ」
「……」
そう言われると、私に言えることが無い気がしてきた……楓はまだ「なるほど……」と言っている。おーいかえってこーい。
「楓? 大丈夫? 生きてる?」
顔の前で手をブンブン振ると、楓がこちらに帰ってきた。
「あ、うん。コホン。キスはともかく、自己紹介しよう。私は2-1の島崎楓です」
「あ、私も2-1の内山葵です」
楓に続いて自己紹介すると、一年生二人も自己紹介を始めた。
「――わたしは、1-4の五十嵐桜です」
「あたしは1-4、山口もみじです。ここの部長は、あたしの実の姉なんですよ」
「「ええっ!?」」
実の姉の目の前で、キスをしていたのか……! なんという人だ。
「自己紹介も済んだところで、部活はじめよう! オー!」
自己紹介が終わるのを見計らって、部長が号令を出した。私たち4人はそれぞれ席につく。
「先輩、見てみてくださいよ! 昨日家でやってみたんですけど……」
隣の席の楓が部長を呼んで、パソコンの画面を見せようとする。なんだろう?
「うん? なになに……えっ!?」
「楓、なに?」
部長がすごく驚いた声を出したので、私も横から画面を覗き込む。そこには、楓の対戦履歴が表示されていた。しかも、結果は「WIN」だらけだ。「LOSE」の文字はどこにもない。
「えへへ、連戦連勝しちゃいました」
「か、楓くん、君は――天才だ!!」
まさか、楓にそんな才能があったなんて……! 私も昨日家でやってみたが、ほとんど勝つことができなかった。最初は誰でもそんなものだろうと思っていたのに……
「楓、すごいね……私なんてボロボロだよ」
自分の対戦履歴を見ながら言う。8割ぐらい「LOSE」で、自信を失ってしまう。
「葵くん、それが普通なんだよ。楓くんが異常すぎるだけなんだ」
「そうですかー……?」
「うん。しかし驚いたな……ダイヤモンドの、いや、プロの原石を発掘してしまったかもしれない」
「――楓先輩、なかなかやりますね」
「しかし、あたしたちも負けてはいませんよ」
後輩たちも楓の周りに集まってきた。くぅ、私も頑張らなくては……!
「部長! 私もうまくなりたいです! 教えて下さい!」
「うん、もちろん! 一緒に頑張ろう!」
勇気を出して、部長にお願いすると、部長は笑顔で答えてくれた。頑張るぞ! 頑張って、楓に追いつくんだ……!
「お疲れ様でしたー」
下校時刻がやってくる。私はいつものように楓と帰ろうとしたが……
「楓先輩っ! なんでそんなにうまいんですか!? やってたことがあるとか!?」
「――気になります」
「いや、初めてなんだけど……」
「まーじっすか!」
楓は後輩に囲まれて、3人でワイワイしている。私はこんな雰囲気に入っていけるような人間じゃないな……。しょうがない。少し寂しいけど、諦めて一人で帰ろう……。そう思って楓に背を向けた。
「あれ、葵……どこ行くの?」
私に気づいた楓が、声をかけてくる。
「……ちょっとトイレ。先に帰っといていいよ」
あんな眩しい、キラキラした中に、私は入れない。
「……待ってるよ。二人とも、ばいばい」
「はーい、先輩さようならー」
「――それでは」
後輩たちが、楓から離れて帰っていく。二人を見送った楓は、冷たいような、優しいような表情をして私に語りかけた。
「……トイレとか、嘘なんでしょ」
「…………」
「はぁー……私に嘘なんて、葵には100年早いね」
楓はため息をついて、やれやれと呆れたように笑った。
「はは……楓には敵わないな」
私もつられて笑う。
「大方、賑やかで話にまじりにくいな、とか思ってたんでしょ」
「全部お見通しかぁ。さすが、楓だね。私のこと、何でもわかってるんだ」
「そんなことないよ……何もわからない」
そう言うと、楓は急に真面目な顔になって私の方へ近寄ってきた。
「どうしたの? 楓、顔怖いよ」
「葵、あの二人のことどう思った?」
「どうって……なんかすごいなって」
「他には?」
楓の様子がいつもと違う。彼女の目が、私の目を鋭く射抜いている。
「えーっと……ちょっと破廉恥かなって」
その視線にどぎまぎしながら答える。
「女の子同士だけど、そこは?」
「それは……本人たちが良いんだったら、良いんじゃないかな」
これは私の本心だ。他人の深い部分には関わらない、口出ししない。これが私のポリシーなのだ。
「そう……ありがとう。ごめんね、急にこんな話して。一緒帰ろうか」
楓が真面目な表情を崩して、いつもの少し笑ったような顔になる。
「うん、帰ろ」
少し微妙な雰囲気が二人の間に漂っていたが、それから目を逸らしながら、私たちは帰路についた。