7話 佐藤君は苦労人 1
オリエンテーション開始、ですが、全然進んでない……
そしてやって来た、オリエンテーション当日。副班長の僕は、バインダーを片手に、何故か点呼をとっていた。
「全員居るな。これからバスに乗って移動だ。バスの中では、騒ぐな、暴れるな、勝手に立つな、僕に話しかけるな、を守ってもらいたい」
「はい!最後のは守れないと思いますが、分かりました!」
元気に手を挙げて、返事をする、”班長”の宝来。
知っているか宝来。これは、お前の仕事なのだが?
同意を示し、頷く他の4人。
「声がデカいぞ宝来。まだ6時前なんだから、静かにしろ。そして最後のを一番守ってくれ。まぁ守ってくれなくても構わん。話しかけられようと、僕は返事をしないがな」
宝来に目を向けず、僕はバインダーのプリントの”朝の点呼”の欄にチェックを入れ、宝来に渡す。
「提出してこい」
「おう!」
バインダーを受け取り、担任の五井の下へ向かう宝来。同情を含んだ視線を4人からもらいつつ、戻ってきた宝来と共に、荷物を預け、バスに乗り込んだ。
そして僕の苦労の2日間が幕を開けた。
バスの席は、後ろから2列。もちろん僕は、一番後ろの窓際の席に座った。他の奴の意見など知るものか。
だが、ひとつだけ言いたい
「いや〜楽しみだな!な!」
何故隣に座る。
いつにも増してハイテンションで、いつも以上にウザい宝来が、僕の隣に座っている。小学生じゃないんだから、そんなにはしゃぐな。そして、注意事項を早速破っている。
僕達に与えられた座席は、後方2列の8席。そして、僕等の人数は6人。単純に考えても、僕が1人席だろう?座席が6席であったのなら、隣に座るのが当然だが(宝来は御免被る)、今回は8席あるのだ。
「宝来、反対側へ行け。そして僕に話しかけるな。ウザい」
「そんな事言わないで、楽しもうぜ!折角の遠足なんだからさ!」
「・・・・」
遠足じゃなくオリエンテーションだ。せめて校外学習と言ってくれ。呆れを含んだ視線を向けつつ、僕は早々に宝来の説得を諦めた。そして、鞄から持参したアイマスクと小さいケースを取り出す。
「宝来」
「ん?なになに?」
僕から話しかけられたのが、嬉しいのか、満面の笑みで返事をする宝来。
「僕は寝るから、静かにしろよ。煩かったら、殴る」
宝来の返事を聞く前に、アイマスクと、念の為に持ってきた耳栓を装着し、寝る体勢にはいる。
耳栓をしている為聞こえないが、騒いでいるのが分かる。肩を揺すられる。だがそんなものは無視だ。宝来の手を叩き落とし、バスが動きだした揺れを感じながら、僕は眠りについた。
「佐藤君、本当に寝ちゃったね」
「オリエンテーションにアイマスクと耳栓持参で来る奴、はじめて見た…」
佐藤の前の席に座っていた、水城と金見が、後ろの席を覗いて見ると、窓に頭を持たれかけ、腕を組み、光と音を遮断して寝ている佐藤と、項垂れて啜り泣いている宝来がいた。
「うぅぅ。寝ちゃった…。佐藤、寝ちゃった」
「寝てるだけだよ?」
「何も泣くことないだろ。なんだったら席変わろうか?」
そんな宝来を見かねて、金見が苦笑しながら、問いかける。
「お前らは知らないから、そんな事が言えるんだ!」
バッと勢い良く顔を上げたかと思えば、顔を青くし、頭を抱えた。
「こいつな、寝起き、めちゃくちゃ機嫌悪いんだよ」
「寝起きは誰でもそんなもんでしょ。大袈裟すぎじゃない?」
「いいや!一度見ればこいつの恐ろしさが分かる!いいか、いつもは眠そうな半目で無表情でボーッとしてるこいつが、寝起きは、人を睨みつけてきて、饒舌に嫌味を延々と言い始めるんだ。あくまで淡々と。しかも、反論は許されない。その時の恐ろしさといったら……」
語尾が弱々しくなり、再び頭を抱えたまま項垂れる。
「饒舌に話すのとかって、意外と普通なんじゃないか?」
「ああ。月曜昼休みの放送とか、投書内容に対して、嫌味とかを饒舌に語っている気がするけど…」
2人はそう言いつつ、思った。
そういえば、宝来の前だと、意外と喋らないなぁ、と。始めて話した時、いつも宝来に呆れと諦めを含んだ視線を送り、黙る佐藤を見て、噂とちょっと違うな、と思ったのだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
2人は無言で、項垂れる宝来と、静かに眠る佐藤を見る。
ああ、いつもは言えない事を寝起きに発散しているのか、と思い至り、2人は静かに視線を外し、座り直した。
そして心の中で、
頑張れ彼方。俺たちにはどうにもできない。佐藤に文句を言う権利は、ある。
と、項垂れる宝来を冷たく見捨てた。
午前10:00
目的地に到着し、バスが停車した。
バスが停車する数分前。バスの中では、一つの問題が起きていた。
「彼方、早く佐藤君を起こして」
「嫌だ!」
「バスから降りれないだろ」
「じゃあお前らが起こしてくれよ!」
眠る佐藤を誰が起こすか、ということでモメていた。
顔を青くし、ぶんぶんと首を横に振る宝来と、宝来を説得する水城と金見。
新井山は、隣で寝ていた岬を起こしていた。
「俺は嫌だかんな!」
頑なに首を縦にふらない宝来に、困っている4人。バスが停車していない以上、立ち上がる事ができない。つまり、隣に座っている奴が起こさなければならない訳だ。耳栓をしている為、声を掛けるだけでは起こせない。
「だから、席変わろうか?って言っただろ」
「起こすのバス止まってからでいいだろ!」
4人は呆れて、溜息をつく。
そして水城がもう一度、宝来に起こすよう説得しようと、口を開こうとした時、
佐藤のズボンのポケットが震えた。
『・・・・・・』
無言で佐藤を見つめる4人と、顔を青くし、素早く反対側の席に逃げた宝来。
沈黙の中、佐藤がアイマスクを取った。
「・・・」
皆が見ている中、次いで、耳栓を外し、ポケットから携帯を取る。眠そうな目で画面を見つめ、携帯の振動を止め、再びポケットに携帯をしまう。
「…どうかしたか?」
自分に向く視線に気づき、不思議そうに5人を見回す佐藤。
「いや、おはよう」
「もうすぐ、着くよ」
「ん。サンキュー」
前の席の水城と金見が答えると、感謝を述べた佐藤。まだ眠そうだが、別に機嫌が悪い様には見えない。
そんな佐藤を、信じられないものを見る様な目で、呆然と見ている宝来。
「そういえば宝来、お前、そっち行ったんだな」
「お、おう…」
ボーッと見てくる佐藤に、恐る恐るといった様子で返事をする宝来。
「そうか。おかげで、静かに寝れたよ。ありがとう」
「お、おう…?」
嫌味ではなく、礼を言われた事に驚く宝来だが、今回は機嫌が悪くないと分かり、佐藤に近づき肩を組んだ。
「なんだよ!今日は機嫌悪くねェじゃん!怖がって損したわ!」
ケラケラと笑い、バシバシと肩を叩きはじめた。
「怖がらせんなよなぁもう!」
肩を叩き続ける宝来と、眠そうだった目が鋭くなっていく佐藤。
その様子を見ていた4人は、そろそろと前を向き、降りる準備を始めた。
「あいつ、バカだな…」
「あそこまでとは……」
「・・・」
「クッすまん彼方。俺にはお前を助けられない」
小声で話す4人の声は、宝来には届かなかった。
「おい、宝来」
「ん?なんだよ佐藤!あっおはよう!もうすぐ到着だぞ!」
一人佐藤の様子に気づかず、肩を組んだまま、笑顔で佐藤に返事をする宝来。
そして、佐藤はその宝来の手を、先程と同様に叩き落とすと、胸倉を掴んだ。
「耳元で煩い。こっちは寝起きなんだから静かにしろ。もうすぐ着くことは水城に聞いた。同じ事を何度も言うな。肩を組むな。肩を叩くな。話しかけるなと言ったのを忘れたのかこの脳筋バカが。折角席が離れていたのに近づいてくるな。何の為に礼を言ったと思っている。勝手に怖がっているのはお前だ。起きた時お前が隣にいなかったから機嫌が良かっただけだ。勘違いをするな。寝起きにお前の声を大音量でダイレクトに聞かされて損をしたのはこっちだ」
宝来の胸倉を掴んだまま、下から睨みつけて、淡々と怒る佐藤。宝来は涙目だ。
「これか。確かに怖いかも。僕たちには普通だったのにね」
「予想通り、被害を受けるのは、彼方だけみたいだな」
後ろを向かず、聞きながら冷静に分析する、水城と金見。
「お、俺、無理。こんなん耐えられない」
「・・・」
隣の新井山の影から佐藤の顔を見てすぐに逸らし、顔を青くする岬と、それに同意し無言で頷く新井山。
「ご、ごめん。ごめんなさい!俺が悪かったから!」
「煩い静かにしろ。謝罪の言葉を求めている訳ではない。何に対して謝っている。理由のない謝罪は腹が立つだけだやめろ。何故注意事項を守れない。騒ぐな、暴れるな、勝手に立つな、僕に話しかけるな、こんな小学生でもできる簡単な事をなぜできない。僕はお前の使えなさに今日は機嫌が良くないと何故分からない。班長の仕事を副班長の僕がやっているのをおかしいとは思わないのか。点呼すらできない奴が班長だなんて笑わせるな」
正論だ。と水城、金見、新井山は思った。
この事に関しては、宝来が悪いので、助けることはできない。
岬は耳を塞いでいて、聞いていない。
佐藤の嫌味は、バスが完全に停車するまで続いた。
バスに乗っただけ、になってしまいました。
本題に入っていない件について……
次は、謎解き、の予定。
次話もよろしくお願いします。