表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡少年佐藤君の人生傍観的記録  作者: 御神
八章 高校三年、二学期
178/178

154話 春は出会いと別れの季節

遅れてしまった申し訳ありません。




「……なんで、いる?」


「あら、いちゃ悪い?」


ポツリと呟いただけの僕の声を、その地獄耳で拾った母は、腰に手を当て、僕を睨め付けるように見てくる。


「…………ソンナコトナイデス」


悪いに決まってるだろ、とは言えず、カタコトで思っている事とは真逆の返事をする。

僕の返答に、フンと一つ鼻で笑うと、宝来へと視線を移した。


「そんなことより彼方君!」


そんなことより?、実の息子より他所の子の方が可愛いですか。

まあいつもの事だが…。


「私も一緒にアメリカ行くの。よろしくね」


宝来の手を取り、語尾にハートでもつきそうなくらいに笑顔で、同行する旨を伝える僕の母。

黙って成り行きを見守る、僕達。


「えっ!おばさんもアメリカ行くの⁈やったー!俺嬉しいな‼︎」


「やだぁ、そんな嬉しい事言ってくれちゃって!海外出張なのよ。それが丁度アメリカだったから、風ちゃんとシェアハウスする事にしたの。だから、彼方君もよろしくね!」


聞いてない。


「そうなんだ!じゃあ、佐藤も一緒だったりする⁈」


それはない。

母よ、笑顔のまま固まるな。宝来に見えないよう、僕を睨むな。嫌そうな顔を向けるな。

仮にも僕は、貴女の息子です。

宝来への対応と同じくしろとはいいません。

せめて少し、ほんとに少しで構いませんので、優しく対応して頂けましたら幸いです。


「…残念なんだけど、息子は大学があるからお留守番なの。ごめんね」


「そっかぁ……、あっちでも佐藤のメシ食えると思ったんだけどな」


ふざけるな。僕はお前のメシスタントじゃない。


「私か風ちゃんが腕を振るうわよ。期待してて!」


「えっ?」


それに思わず声を上げてしまったのは僕だった。

自然と僕に視線が集まる。

僕を冷めた目で、睨みつける母もいる。


「あ、えっと……」


母の様子を伺いつつ、言葉を探す。

ここで選択する言葉を間違えたら、来月以降の僕の生活が苦しくなるのだ。

その時、母の口が動く。


"余計なこと言ったら、振り込みなくすから"


明確な脅しである。

読唇術はできないが、恐らく、というか99%の確率でそう言っている。

僕は言おうと思った、「料理できるんだ」という言葉を飲み込み、違うことを口にする。


「…い、忙しくてあんまり作れないから、母さんの料理は貴重だぞ」


「マジで‼︎レアじゃん!楽しみだな‼︎」


チラっと母を見ると、満足気に一つ頷いた。

これで、僕の生活は一安心だ。

自分の母なのに、言葉一つ気をつけないといけないのは、何故だろうな?


「あらあら、そろそろ搭乗時間ねぇ」


宝来の母が時計を見ながらそう言った。


「そうね。じゃあ行きましょうか」


横に置いてあったキャリーバッグを手に、搭乗口へと行こうと踵を返す母達。


「じゃあ、行ってくるな‼︎」


そう言い拳を突き出す宝来。

それに仕方ないな、と言いたげに一人一人が拳を合わせながら一言ずつ。


「頑張って」


水城は簡潔に。


「バスケじゃなく野球でテレビに出るの、楽しみにしてる」


金見はニヤニヤと、少し揶揄いながら。


「頑張ってこいよ‼︎だけど、俺はまたバスケ一緒にやりたいから、戻って来い‼︎」


岬は正直に。


「……お前にはバスケが合ってる」


新井山は少し遠回しに。


「……なんだ?」


僕に拳を向ける宝来。


「ん!」


「……はぁ。失敗したら笑ってやる」


そう言い拳を合わせる。

こんなセリフでも、宝来は満足そうだ。


「じゃあ、またな‼︎」


宝来は母達の後を追い、搭乗ゲートへと走って行った。







「行っちゃったね」


「清々する」


「本当は寂しんじゃないの?」


「誰がだ?」


「母親取られて、なんか思うことがあったり、」


「するわけないだろ」


「静かに、なる」


「願ったりかなったりだ」


4人は飛び立った飛行機の後ろ姿を目で追いながら、僕にそんな戯言ばかり言ってくるが、僕は即座に切り返す。そして、


「もう用はないんだから、さっさと帰るぞ」


そう踵を返した僕を見て、4人は全員で口を揃えてため息を吐き、


「取りつく島もない、ってこの事だね」


と呟いた金見の言葉に頷いた。








宝来達がアメリカに行ってから、一週間経った。



必然的に一人暮らしになった僕は、開放感を感じていた。

リビングにいても、部屋にいても、母も宝来も誰も来ない。


「静かだ……」


とても読書が捗る。勉強も捗る。

準備が面倒な為、食事が疎かになりがちではあるが、とても充実していた。

宝来がいない為、水城達との連絡も疎遠になるだろうと予想している。

つまり一人だ。

小さい頃から念願だった、一人だ。

宝来がいないというだけで、こんなにも静かかと、母がいないだけでこんなにも自由か、と。

たった7日間だけでもそう感じてしまっている。

この安寧は一年だけだと分かってはいるが、できれば長く続いてほしいと願ってしまう程に、この一人暮らしは快適だった。



明日からは大学が始まる。

準備は既に終え、明日の入学式を待つばかりである。


テーブルに積んだ本を本棚に片付け、僕は机に座り、ペンを走らせた。









入学式も無事に終わり、授業の履修登録も終えたある日。

僕はある教授の講習を受けたくて、その教科を選択した。その初授業の日。


「…………」


いつも通り、窓際の後ろの方の席に着いた僕は、一人本を読んでいた。

他の授業では、隣に座ろうなんて物好きな奴はいなかったが、この日は違った。

カタン、と隣の席の椅子が引かれ、誰かが座った。僕は本から視線を外す事なく、"誰か座ったな"くらいで、誰が座ったかなんて興味もなく、ただただ本を読み進めていた。


「………………」


が、何故か視線を感じる。

隣の席から……。

僕は仕方なく、本に栞を挟み、机の上に置き、ため息と共に隣に向き直った。


「はぁ、なんの用、、だ……」


思わず言い淀んだ僕は、ポカンと口を開けたまま、固まってしまった。


「ふふっ」


そんな僕を見て、笑いが堪えきれなかったのか、口元に手を当てながら、笑いをこぼした。


「なんで、お前が…………」


「あれ?言ってなかったっけ。僕も、学部は違うけどこの大学なんだよ。それで、この教授の講習が受けたくて、ここにいるんだよ」


「……………………」


聞いてないとか、知らなかったとか、言いたい事はいくつかあったが、言葉にならなかった。

そんな僕を見た水城橙里は、


大学ここでもよろしくね。佐藤君」


そう言って、いつも通りの笑みの浮かべた。



春は出会いと別れの季節、だなんて誰が言ったんだろうな……。




僕の平穏は一月ひとつきともたなかった。











2年後。



宝来彼方は、彼の手にあるのは違和感しか感じないハードカバーの分厚い本を手に、腹を抱えて爆笑していた。

"抱腹絶倒"と、正しくこの言葉がぴったりな程に、笑い転げていた。


「アハハハハハッ、さ、佐藤、お前っっ、アハハハハ」


そんな宝来に苛立ちを覚え、手に持っているコップを割れんばかりに握っていると、水城が、


「そ、そんなに笑っちゃ、失礼だよ。…ふふっ」


「お前もな」


こいつも笑いながら宝来を注意する。

説得力はカケラもない。


「いやだって、こんなの笑うしかないじゃん!」


「人をなんだと思ってる」


とても失礼な事を真顔で言った金見を睨みつけながら、僕は勢いよくコップをテーブルに置いた。


「そこの二人なんて、頑張って笑い堪えてくれてるじゃん。褒めてあげなよ。ふはっ」


金見は、二人して俯き、肩をプルプル震わせている、岬と新井山を指差しながら、自分も笑いをこぼす。


「肩震わせる程堪えるくらいなら、いっそ笑えよ。全員纏めてブン殴ってやるから」


そう言っても、宝来達の笑いは一向に治らないらしい。

五人共、宝来の持つ物と同じ本を見て笑い、僕を見て笑う。


そんな失礼極まりない行為が数十分程続き、やっと笑いが治ったのか、皆飲み物を口にし、一息ついた。


「久しぶりに皆で集まったのに、こんなに笑わせられると思わなかったな」


「僕も、こんなに笑われると思わなかったよ」


「まあまあ。彼方も一年遅れでアメリカから帰って来たし、楽しくていいんじゃない?高校に戻ったみたいで」


「楽しくない。なんで僕の家に集まる?」


「…集まりやすい、から?」


顎に手を当て、コテンと首を傾げながらそう言った水城。

僕は何を言い返す事もなく、ため息を一つこぼす。そして、宝来に向き直り、頬杖をつきながら、無表情で問う。


「……笑いは治ったかよ」


「ま、待って、も、もう、もう少しっ…!ハハッ、はらいたいっ」


「死ね」


多少落ち着いてきて笑い声を抑えていた宝来は、僕が声をかけるとまた笑いがぶり返してきたらしい。そんな宝来を睨みつけ、僕は立ち上がる。


「どこ行くんだ?」


岬がお菓子を摘みながら聞いてくる。他の奴も僕に目を向ける。


「…ファミレス。昼飯を食べに行く。作ろうかとも思ったが、今はイラついてまともに作れそうにないんでな」


うっかり包丁を他のものに向けそうだ、と宝来を横目な見ながら呟いたら、宝来は笑いを止め、ビシッと正座した。

が、次の瞬間には俯きながらプルプル震え始めた。

そんな宝来をひと睨みし、水城達に質問を投げる。


「……お前らはどうする?キッチンなら貸してやる。だが、材料は自分達で買ってこい」


「答え分かってて聞いてるでしょ」


水城は微笑みながらそう言うと、腰を上げた。それに続く金見。


「一緒に行くに決まってるじゃんね」


岬、新井山も立ち上がる。


「腹へったし、俺らも行くっての!」


「焼き魚定食」


「俺はステーキ‼︎」


立ち上がり、玄関へと向かおうとする僕達は、一度宝来を見る。


「………」


未だに腹を抱えながら、プルプルと震えている。

笑い声を漏らさないのは褒めてやる。


「宝来は一人留守番するらしい。置いていくぞ」


踵を返した僕。それに続く水城達。


「まっ、待て待て‼︎俺も行くって‼︎」


ハッと顔を上げた宝来は、未だに持っていた本をテーブルに叩きつけながら、勢いよく立ち上がった。


そしていつも通り騒がしく、6人でファミレスまでの道を歩く。










テーブルの上に残された本のタイトルには、こう書かれていた。





『平凡少年佐藤君の人生傍観的記録』












あとがき



ここまで読んでくれた事、とても嬉しく思う。

面白かった、面白くなかった、まあ、簡単な感想はそのどちらかだろう。

だが、一つだけ言わせてくれ。

この話は、僕の高校生活をただ綴っただけの物だ。

面白かろうと、面白くなかろうと、文句を言われる筋合いはない。

僕は面白いと思って書いた訳ではないからな。

例えるなら、自分の日記を世間に晒しただけだ。

面白いか?

答えは否だろう。

普通の一般人の高校生活なんて、そんなに大したものじゃないはずだからな。

平凡、ただその一言に尽きる。

タイトルにも書いてあるだろう?

この物語は、僕の"平凡な"、ただの傍観記録である。

個性的な知り合いが多かったが、ノンフィクションで送らせて頂いた。


さて、こう言った後でもう一度聞こうか。


「この話は、面白かったか?」


答えは聞かん。

十人十色、思う事、考えは人それぞれだ。

書ききれなかったことも多かったが、"思い出す"という苦痛に耐えながら書いたものだ。多少の達成感は感じている。

さて、長々と語っても仕方がないな。


このあとがきまで読んだ君には驚きしかないが、まあ感謝する。




これは、僕こと、平凡少年佐藤和の傍観的記録である。


それでは、またどこかで。


佐藤さとう なごみ

とりあえず、これにて佐藤君の話は終わりになります。


書きたい話も、書けてない話も一杯ありますが、遅れつつもなんとか書き終える事ができました。

それも、ここまで読んだ下さった皆様のおかげです。


"とりあえず書く"という事だけを目標に始めたこの話ですが、楽しく、好き勝手に書かせて頂きました。



次の作品は、多少は構想を練って、多少は考えて、多少のストックを作ってからあげていこうと思います。

更新状況などは、ツイッターにてお知らせします。


3年間、佐藤君達を本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ