147話 卒業への横道
前回の続き。
今更ながら、放送室に一度も入ったことがないな、と思い至りました。
写真とかで放送室をなんとか思い浮かべております。
卒業式計画会議3日目の今日。僕は幡木の強い要望で、放送室に来るはめになっていた。
嬉しそうに放送機器の前に座った幡木は、僕を振り返り、やる気十分、と言った表情でいつも通り煩く叫んだ。
「さあ先輩!やりますよ‼︎」
「やらない」
即座に否定の言葉を返せば、幡木はムスッと不満気な表情で、椅子の上で身体ごと僕に向き直る。
「だって、先輩あと少しで卒業しちゃうじゃないですか!」
「そうだな」
事実なので頷く。
今年の3年生に、留年した奴はいないからな。
「私も華麗に卒業させて下さいお願いします‼︎」
「不可能だな」
椅子に座ったまま、膝につく程深く頭を下げた幡木。しかし僕は即答で、再度否定する。
「なんでですかっ‼︎」
怒りながらも頭を上げない幡木。今回は一応は本気なようだ。
僕は少し考え、一応は譲歩する。
「じゃあまず、校長の許可をもぎ取って来い」
「…………」
「目を逸らすな」
頭を下げたままの状態で、サッと顔を右に逸らした幡木。
「そ、そらしたのは頭であって目じゃありません」
「現実から目を逸らしてるだろうが。誰が上げ足を取れと言った」
淡々とそう告げると、何を思ったのかバッと顔を上げ、僕を指差しながら
「誰が上手いこと言えと言った⁈」
何故かドヤ顔でこう言った。
僕は口を開く気すらおきずに、椅子に座ったママの幡木を冷めた目で見下ろしながら、顎で続きを促す。
「あ、ウソですごめんなさい」
僕の表情を見て、マズい、と感じたのか謝罪の言葉を口にした。幡木が謝った。
僕はそれに軽く目を見張りながら、珍しく多少殊勝な態度の幡木に対し、言葉を投げる。
「まともな謝罪を聞いたのは、久しぶり…いや始めてかな?なぁ、幡木」
「私だって、卒業したいですから!今日は言い返したくても、ムカついても、静かにとりあえず謝っときます」
幡木の言葉を、心の中でなんとか噛み砕いて頭に入れても、ただイラつきだけが残った。僕は頬がひきつるのを感じながら、腕を組み、幡木を見下ろす。
「…………お前の謝罪の言葉に気持ちがカケラもこもってない事はよく分かった」
「ハッ!しまった!ハメましたね先輩‼︎」
「自滅だろうが」
早くも、殊勝な態度、という偽りの仮面は剥がれ僕を睨みつけキャンキャンと吠える幡木。
「はぁ、諦めろ。お前は入学すらできてないんだから、卒業する資格すら持ってない」
「ちゃぁーんと入部届けは出しました‼︎」
「残念ながら、放送委員は部活じゃないから入部届けは初めからないんだ。お前はその入部届けとやらを、どこに出したんだ?」
「またハメましたねっ⁈」
騒がしさが戻ってきてしまった幡木のよく響くうるさい声に、頭痛を覚え、思わず額をおさえる。
「だから自滅だろうが。お前が卒業、なんて比喩表現をするから、僕は入学、と言っただけだ。入学届け、と言うならまだしも、入部届けなんて単語が出てくるのは、実際に入部届けを出した、という事じゃないのか?どこに出したのかは知らないが」
「ちゃんと出しましたよ‼︎去年の放送委員長に‼︎」
「不要な物を渡されて、さぞ迷惑だった事だろうな。その後、何か渡されるか書かされるかしなかったか?」
僕のその言葉に、ハッと驚いた表情でポンと手を叩く。
「!しました。確か、青い紙に名前を書かされました!なんで知ってるんですか?もしかして、私のことストーカーしてたんじゃないんですか⁈」
「殴り飛ばすぞ。金払われたってお前のストーカーなんかするか。…はぁ、その青い紙は委員会所属届けだ。まあ、入部届けみたいなものだが、委員会は部活じゃないから分けてるらしい」
勢いよく、椅子をひっくり返しながら立ち上がった幡木は、僕を指差しながら、濡れ衣もいいところの単語を発した。
どうしてそういう発想に辿り着くのかと、僕は怒りを禁じ得ない。
「なるほど!って、そんな事を話そうとしたんじゃありませんよ!話題をそらさないで下さい‼︎」
「逸らしていったのは主にお前だろうが」
ひっくり返った椅子を直し座ると、また放送台の前を陣取り、顔だけ僕を振り返る。
「私の卒業試験をお願いします‼︎」
「…………はぁ」
こいつは諦める、という気は全くと言っていい程ないなだろう。ならば、
「じゃあ、始めるぞ」
「イエッサァー!」
さっさと終わらせてこいつを放送室から追い出しす、というのが帰宅への最短ルートだ。
ああ、煩い……。
僕はポケットから四つ折りにした紙を取り出し開き、書かれている文字を淡々と口にする。
「①スイッチをONにして下さい」
「そんなの簡単ですよ!……コレです‼︎」
台に視線を彷徨わせ、少し思考した後、一つのスイッチを"押す"幡木。
「不正解」
「なんでですか⁈」
「…………1問目から落第だな。オメデトウ。じゃ、入学も卒業も不可という事で、試験は終了だ」
僕は紙をポケットにしまいなおし、幡木が押したボタンをもう一度押し、リセットする。
「さ、出て行け。今後、お前が放送室に入る事はないだろうな」
「だからなんでですか⁈私ちゃんとスイッチ入れました‼︎」
「確かに入れたな。音楽再生のスイッチを。音量がゼロになってるから流れてはいないがな」
ついでに入れっぱなしだったCDも取り出し、ケースに入れ、棚にしまった。
「音量ゼロならギリセーフです!再試を要求します‼︎」
「再試はない。初歩の初歩から躓いてるお前に、放送委員は無理だ。諦めろ」
「いいえ諦めません‼︎私には、先輩が私に繋いだ放送委員を、次の世代に引きつぐという役目があります!」
「…………引き継いだ覚えはないんだが。……はぁ、分かった」
ため息と共に一言そう告げると、幡木は目を輝かせ、また椅子をひっくり返しながら、立ち上がった。
「先輩なら分かってくれると思ってました!さっすが先輩‼︎よっオトコマエ‼︎さあさあ時間がありませんよ!早速再試を…」
パタパタと手を振りながら、僕の周りをクルクル回る幡木。僕の前でゆらゆらと揺れる幡木のアホ毛を掴み、幡木のその鬱陶しい動きを止め、
「再試はしない」
僕は短く告げた。幡木は首を傾げる。
「それじゃあ、どうするんですか?」
「明日の昼休み。その引き継ぎに関して、大事な発表がある。それまで待て」
比較的静かに疑問を口にした幡木に、僕は待ったをかけた。
明日は、僕の最期の放送がある。そこで、この諦めの悪すぎる幡木の処遇を発表する。
当然だが、再試はしない。
したところで、そんなものは時間の無駄だ。
「だから今日は帰れ。全部明日放送する。教室で大人しく聞いてろ」
「おおっ!なんだか選挙の当選発表みたいですね!いいでしょう。この幡木掬、静かに結果を待ちましょう‼︎」
選挙、か。
お前ならきっと、支持率は氷点下、落選確実なのにも関わらず、謎の自信満々に"当選"を待つ議員になるだろう。まず議員になれるはずもないが。
「それでは私は明日を楽しみに待つとします。それでは、あでぃおす‼︎」
素直に陽気に放送室を出て、ちゃんと帰って行った幡木。その自信がどこから来るのか、本当に教えてほしいものだ。
「さて、と。…校長室行くか」
僕は放送室を忘れずに施錠し、校長室へと足を向けた。
またまた続きます。
書き忘れてたことを思い出し、急遽書くことにしました。
次回は、久しぶりな気がする佐藤君の放送回です。
卒業式はその後、かな。
それでは次回もどうぞよろしくお願い致します。