145話 馬鹿の弊害というものを目にした日
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おお、神よ。
我が罪は、相当に重かったようです。
どうぞお許し下さい。
とりあえず謝っておこうと思っただけで、深い意味はない。
「さあ先輩‼︎これを天にかかげて、私と一緒にコロコロマスターとして、記念写真を撮りましょう‼︎」
どこからか取り出した、例のコロコロ鉛筆を天に掲げ、意味の分からない戯言をほざく幡木。
「ホラ先輩も早く!この神にもひとしいの道具を取り出して、写真を‼︎」
いつからコロコロ鉛筆は神具になったんだ?
スマホを取り出し、その小さい身長に合わせて短い腕を精一杯に伸ばし自撮りのポーズを取る幡木。
「いんすた映えというやつですよ‼︎」
大丈夫だ。
こんな物を撮ったところで、インスタ映えなんかしない。
違う意味で話題にはなるかもだが……。
「さあ、私と一緒に世界にコロコロ鉛筆のすばらしさを広めましょう‼︎」
嫌すぎる。
コロコロ鉛筆の先端を僕に向け、笑顔でそう宣言する幡木。
危ないから、やめてもらえるか。
「はぁ…。いいか幡木。僕はそんな事に加担する気は全くない。分かったらそれをしまってさっさと自分の教室に行け」
「なにを言いますか‼︎私たち、仲間じゃないですか」
「仲間なんかじゃない。いいから僕の前から消えてくれ」
たかだか鉛筆を、大切そうに両手で握り、何故か静かにニコッと、中身を知らず、一目見ただけなら無邪気な子供とも取れる笑顔でそう言った幡木のセリフを、僕はバッサリと切り捨てる。
いいか。人間見た目も、まぁ大事だが、中身も大事だぞ。
「私たち、な・か・ま!じゃないですか」
胸元で握っていた鉛筆をチラつかせながら、"仲間"という単語を強調して言い直す幡木。
だから僕も一言一句違えずに、繰り返す。
「仲間なんかじゃない。いいから僕の前から消えてくれ」
僕の返しが気に入らないのか、幡木は頬を膨らませ、僕をジト目で見る。
側からみたら上目遣いになるが、僕はこいつをゴキブリと同程度のものとしか見ていない為、なんの効果もない、と記しておこう。
どれだけ間違えても、例え何度生まれ変わったとしても、こいつに恋愛感情どころか、この小ささなら湧いてくるであろう庇護欲なんてものも芽生えない。寧ろ……まぁ、言わないでおこうか。
互いに一言一句違えずに、このやり取りを繰り返す事5回。
『3-Aの佐藤君。至急職員室まで来なさい』
おそらく担任であろう人物の声が、校舎に響いた。
「……と、いうわけだ。じゃあな」
これ幸いと、僕はやっと靴を履き替える事に成功し、そそくさとその場から立ち去った。
いつも通りに背後で騒ぐ幡木の声など、気に止める気もない。
呼び出し通りに、向かった先は職員室。そして呼び出した担任の元だ。
何の用ですか、と問うと、五井先生は、口を開き、しかし閉じた。そして僕を何とも言えない微妙な表情で見た後に、やっと口を開いた。
「……ちょっとこっち来てもらってもいいか」
疑問符がついていない言い方だと、先生より立場というか年齢というか、まあ色々と低い生徒のこちら側に断る権利はないんですよ。
僕は心の中で毒づきながらも、無言で五井先生の後に付いていく。
職員室を出て、階段を登り、着いたのは校長室だった。
「……あの」
思わず立ち止まり、五井先生の顔を伺う。しかし五井先生は、僕の声を無視し、ドアをノックする。
「どうぞ」
中から許可がおり、迷わずドアを開き、ドアを開けたまま、横にズレる。
「さあ、入れ」
「…………」
僕に先に入れ、ということらしい。
一瞬躊躇するが、五井先生は、早くしろと言いたげな表情で、顎をしゃくる。
せめて口にして下さい……。僕はため息を吐きながら、足を踏み出す。
校長室に一歩足を踏み入れた僕は、中の様子に足を止めた。
後退しなかった事を褒めてほしい。
「よく来たね佐藤君。少し、君に話があるんだ」
「それは、そうでしょうね。何の用もなく呼び出されたのだったら、迷わず帰るところです」
僕は校長だろうと物怖じせず、気にせずに言うぞ。
それよりも、僕はこの校長室内の人口密度が気になるから、答えてくれると助かるんだが?
校長室にいたのは、当然のことながら、この部屋の主の校長。そして、各学年の主任、生活指導の先生、何故か幡木のクラスの担任、そして五井先生の総勢7名。普段はこんなに来客がない校長室に僕も含めて8人は多すぎやしませんか?
というか、何の罰ゲームですか?
これってあれですよね、不登校の子の卒業式みたいな、あの公開処刑にも等しい儀式。
式には出られないけど学校にはまだ来れる子の、簡易卒業式。
でも僕の卒業式はまだ先だし、僕は不登校でもない。
つまりは、あの話は先生方にも伝わっている、という思い違いであってほしかった事に対する尋問で、ファイナルアンサーですか?
左右に先生3人ずつ、前には校長がゲンドウポーズで僕を見る。
「君が、センター試験でコロコロ鉛筆を使用した、と耳にしたのだが、それは事実なのだろうか?」
「…………」
なんだろう…。真剣な話のはずなのに、コロコロ鉛筆という単語だけで、笑い話なのでは、と勘違いしそうになるのは……。
「どうなんだい?」
答えを急かしてくる校長。
僕は、それに関しては事実なので、一つ頷く。
『あぁ…………』
校長室に漏れる、教師たちの嘆き。
言いたいことは、まあ分かる。
だが、言わせてもらう。
言い訳程度にしかならないが、言わせてもらう。
「言っておきますが、僕がコロコロ鉛筆を使用するに至った経緯ですが、非常に不本意でした。と、いうのも、試験当日、僕は高熱でした。インフルではなかった為、試験を受けました。眠くなるので薬を飲まずに試験に挑みました。しかし、2日かけて行われる試験、各日共に、中盤辺りから意識が朦朧としていて、あまり記憶がありません。それは2日間共同様。試験が終わり、ハッと気がついたら、手には例の鉛筆がありました。それに関しては、言い訳の次第もございません。しかし、僕には使用した"かも"しれない、という不確かな記憶しかございません。今回の自己採点では、高得点確実、と言える程の点数でしたが、僕の実力の可能性も、多少なりともあります。この僕の"言い訳"加味してから、質問をお願い致します」
僕は不正をしたわけではない、とそれだけは胸を張って言おうじゃないか。幡木のように。
"鉛筆"の使用は不正か?
答えは否だ。
「君のそれはただの言い訳だろう?考えてもみなさい。人が真剣にテストを受けている横で、コロコロと鉛筆が転がる音が聞こえてくるんだぞ?君はまだいい。進路はほぼ決まっているのだから。だが、進路の決まっていない、センター試験に全てをかけている子だっているんだ。そんな子達の気持ちを、君が考えられないわけがないよね?」
……ど正論。
僕は二の句が継げなくなった。
僕だって、偉そうに幡木に説教する立場だ。校長の言いたい事は、痛いほどによく分かる。だが、
「…じゃあ、どうします?失格にでもしますか?」
「いや。しないよ。私にそんな権利はないからできない。第1、何て説明する気だい?」
「…………」
センター試験を受けた我が校の生徒が、コロコロ鉛筆を使用した。不正だから試験失格の通告を求む……とかか?
相手にされないな。それどころか、その電話をした学校の正気を疑う内容だろう。
「説明、できないだろ?だから、注意しようと思っただけだよ。私達7人が承認だ。これ以降、コロコロ鉛筆を試験で使用しないと、誓ってくれ。私達教師からしたら、あのコロコロ鉛筆は驚異でしかない。勉強をしない馬鹿が、更に馬鹿になり得るアイテムだ。この世に存在してはならないんだ」
この校長は、コロコロ鉛筆に何か恨みでもあるのだろうか?
校長室で、教師7人と生徒1人が、コロコロ鉛筆について真剣に話しているのだ。
ただの馬鹿だろう……。
「さあ、どうか誓ってくれ。問題児は一学年に一人で間に合っている」
「…………はぁ」
僕は神前の誓いならぬ、教師前の誓いを交わした。
今後一切、試験でコロコロ鉛筆を使用しません。というか、筆箱にも入れません、と。
たかがコロコロ鉛筆一本でこんな問題に発展する時点で、自分達教師も相当な問題児だと、彼等は気づいているのだろうか?
常識は普通にある大人なのに、皇凰羅、宝来彼方、幡木掬という3人の問題児と関わったばかりに、常識がズレ、まともな判断ができなくなってきていることに、彼等は気づいているのだろうか?
まあ、後2ヶ月程度で卒業する僕には、関係のない話か……。
校長室での無駄な時間の所為で、貴重な読書の時間を潰された僕は、ご親切に注意してやる事も、馬鹿を相手に真面目にやっていると頭がおかしくなる、という助言もせず、一礼をもって退室した。
教室に戻った僕は、筆箱から件のコロコロ鉛筆を取り出し、教室のゴミ箱へとシュートした。
その数分後、ソロソロと静かにゴミ箱に近寄り、中からコロコロ鉛筆を抜き取った宝来を蹴り飛ばし、ゴミ箱に叩きつけたのはここだけの話……にはならないな。クラスメイトの殆どが目撃している。
こいつとのこんなやり取りも、あと2ヶ月もないのか、と少し感慨深くなった。
3年間、よく耐えた!、と。
コロコロ鉛筆最強説が出て、彼方君がゴミ箱から拾った(?)コロコロ鉛筆の争奪戦が始まる話、とかもあったら面白いな、と思いつつ、それは書かない。
そろそろ話まとめないとな……と思いつつ、何も考えずに自由に書いております……。無計画で自分の首を絞めている状態です……。
まあ、次回もどうぞよろしくお願い致します。