番外編 2月14日の恐怖体験…?
ハッピーバレンタイン。
本編より先にこっち書きました。
今日中にあげられて、一安心。
息抜きのおふざけ番外編です。
「っっっ……⁈」
僕は声にならない声で目の前に差し出された"それ"に戦慄した。
喜び、驚き、照れ、そんな可愛らしい感情なんて湧くはずもなく、ただただ目の前のそれに恐怖した。
「………なんの、つもりだ?」
そいつは僕の問いに答えず、差し出した"それ"を下げる事もしない。
そいつは何故か、笑顔だった。
「…答える気がないなら、僕も受け取る気はない」
それにそいつは、肩を揺らし俯いた。
側からみたら、僕は好意を受け取らない冷たい人間になるだろう。しかし、
「今日、バレンタインだから、がんばって作った」
"それ"を胸元で両手で大事そうに抱えたそいつは、顔を上げずに、か細い声でそう言った。
僕は目を見開き、勢いよく後ずさって、そいつから距離を取った。背中は壁にぶつかった。
制服の袖を少し捲ると、予想通り鳥肌が立った。
「はじめて、作ったんだ…!だから、受け取ってくれると、嬉しい」
「いらん!」
再度"それ"……ああ、もうチョコでいいか。赤いハートの形の箱に白いリボンの巻かれた、随分と可愛らしいチョコを、再び僕に差し出した目の前の人物。
僕は不気味さしか感じない。
登校し、HRまでまだ少し時間のある朝の、僕に取っては読書の時間の事だった。
教室に入ってきたそいつは、僕の席の前に立つと、僕の名を控えめに呼んだ。
「…佐藤クン。これを、受け取ってほしい」
僕はそいつの不気味さに、席に座ったまま少し後ずさった。
静かでもなく、騒がしくもない、普通の教室に響く、椅子が床を擦る音。
その音に僕に、僕達に視線が集まる。
この時点で、おかしい、と思った奴は多いだろう。
好奇、困惑、興味、憎悪、羨望、教室内にいたクラスメイト達の、そんな視線に晒された僕は、ゆっくりと立ち上がり、目の前の人物を睨みつけた。
「……お前は僕の神経を逆撫でする天才だな」
そいつは見た目と図体に似合わない、赤いハートを手に、僕の前に立った。
「俺の気持ちを受け取ってくれ‼︎」
宝来彼方が、そのハートを僕に差し出した。
瞬間、僕の身体が、全身が、拒絶反応で、不気味さで、怖気立った。
「頼む!俺の3年間の感謝の気持ちがこもってるんだ!受け取ってくれ!」
背を壁につけ、もう後退する事が叶わない僕は、宝来から離れようと逃げ場を探すが、面白がっているクラスメイトに逃げ道を塞がれていた。
前には宝来、右には壁、後ろは窓ガラス、唯一の逃げ道となり得る左手は、野次馬と化し、ニヤニヤと僕達を見物するクラスメイトの壁ができており、逃げ場がない。
窓から飛び降りれば逃げる事は可能だが、ここは3階。卒業目前で自殺紛いの事をする趣味はない。
つまりは、さっさと、穏便に事を済ませるには、男である宝来からチョコレートを受け取る他ないのだ。
「佐藤‼︎」
これはただの、認めたくはないが"友"チョコなだけだ。受け取ってもなんの問題もない。ただ、手作りだというのが問題なだけだ。
バレンタインに、男が男の手作りチョコを貰って嬉しい奴がいるか?
嬉しい奴は、同性愛者以外いないはずだ。
「佐藤……クン」
「いい加減にしろ」
気色悪く君づけしてくる宝来に、またしても鳥肌が立った僕は、仕方なく差し出されていたハートの箱を奪うように抜き取った。
瞬間、教室内が湧いた。
ヒューヒューと茶化してくる者、顔を覆い膝から崩れ落ちる者、羨望の眼差しで僕を見る者と様々だったが、何故か皆が拍手。
まるで、告白が成功しカップルになったかのような騒ぎだった。
僕はクラスメイト達を睨みつけながら、手に持った箱を床に叩きつようとした時、ガラッと教室のドアが開き、眠そうな目の担任、五井先生が入って来た。
「……なにお前達、付き合ったの?」
朝から騒がしいその教室内を見回し、その中心にいた僕達で視線を止めた先生は、悍ましい事を口にした。
「……冗談でもそんな事言うの、やめて下さい」
「悪い悪い」
対して悪いとも思ってなさそうな、適当な返答にイラッとしたが、今はそっちに構っている暇はない。
僕は受け取ってしまったチョコを見る。
「こんなものを作って、なんのつもりだ?」
「外国だと男から渡してもおかしくないって聞いたから‼︎」
「異性に渡すなら、な。外国では男性から女性に花束などを送るのが主流だと言うな」
「ああ!佐藤が前に本屋さんに渡した花束みたいにか‼︎」
瞬間、クラスメイトがざわついた。
ヒソヒソと声を潜め、話し始める彼等。だが、その声は本人である僕に筒抜けだ。
『佐藤が花を……?』
悪いか。
『本屋ってどこのだ?そこの子はそんなに可愛いのか⁈』
残念だったな。今年喜寿のおばあさんだ。
『佐藤に花束とか、にあわねぇ』
うるさい黙れ。
「なあなあ!それ開けてみてくれよ‼︎俺が作ったんだ‼︎」
ヒソヒソ話の内容に心の中でツッこんでいた時、周りの視線など気にもしない宝来が、僕に近寄ってきて、自信満々に笑顔でそう言った。
「…………」
HRを始めないのかと、担任に視線をやるが、教卓に頬杖をついて、欠伸をしていた。
このクラスメイト達の好奇の視線からは逃れられそうにない。
「はぁ…」
仕方なく、僕はリボンを解き、包装紙を剥がし、箱を開く。
「……は?」
中を見てみると、見覚えのありすぎる、三角錐のお菓子が、入っていた。
無意味にも、ハートの真ん中に仕切りを入れ、左右に分けて入っている。
「……なんだ、これは?」
僕は宝来に問いかける。
"手作り"というには見覚えのありすぎる、誰もが知っているであろう既製品のお菓子だ。
「すごいだろ‼︎それ、右半分は俺が作ったんだ‼︎」
半分……?
入っているのは、全部同じ物だ。
僕と同じで、周りで見ていたクラスメイトも、不思議そうに首を傾げる。
「……残りの半分は?」
「それは買ったやつつめた‼︎」
やっぱり既製品じゃないか。
僕は素直に疑問を口にする。
「これは、どこら辺が手作りなんだ」
クラスメイトも皆首を縦に振った。
僕らの疑問に、宝来は笑顔で教室内に核爆弾を投下した。
「きのこをたけのこにしたんだ‼︎」
教室内に戦慄が走った。
「………………そうか」
「ネットでレシピ見てさ‼︎きのこで作るたけのこなんて、面白いだろう!」
「…………そうだな…………」
宝来は気づかない。
この教室内に走る、この緊張感に。
この緊迫した状況に……。
だから、宝来は追加の爆弾を勢いよく、笑顔で放った。
「俺たけのこの方が好きなんだ‼︎」
この一言が引き金となり、3年生全員を巻き込んでの、
【第一回逢真高校3年生きのこたけのこ戦争】
勃発である。
卒業を目前にして何をしているんだ、と、僕は静かに箱の蓋を閉じた。
因みに、僕はお菓子は別に好きでも嫌いでもないので、どっち派でもない。
僕のその不用意な発言のせいで、また違う論争が起こったが、まあ、割愛させてもらう。
男性諸君、チョコレートは貰えましたか?
それとも、配りましたか……?
最近は逆チョコも多いと聞きますね。
まあ、どっちから配ろうとどうでもいいんですけど…。
というわけで、バレンタインの話でした。
本編じゃなくてすみません。
職場で小袋版のきのこの山をもらって、唐突にきのこたけのこ戦争を書きたくなってしまって…。
貴方はどっち派でしょうか?
まあ、という番外編でした。
明日までには本編も更新しますので、暫くお待ち下さい。