144話 僕も大概馬鹿だったな、と思わされた日
タイトル通りの話……のはず。
「あれ、佐藤君風邪?」
「……だったらなんだ?」
マスクをして登校した僕に、金見は目を丸くしながらそう問う。もう部活がないからか、僕よりも早く教室にいる金見を睨みつけながら静かに返す。
「いや、センター試験と被ってたら大変だったろうなぁ、とか思って」
「モロ被りだったよ」
「えっ、大丈夫だったの?」
何故か背後から声がした。振り向くと、そこには水城がいた。その問いに対し、少し目を逸らし、
「………………まぁ、な」
「…その微妙な間はなに?すごく気になるんだけど」
言葉を濁し答えた僕に対し、胡乱げな目を向ける水城。
「なになに、カンニングでもしちゃったとか?まあ、そんなこと佐藤君がするわけないよね」
そんなことを笑いながら言う金見に、少し肩を揺らし、サッと目を逸らす僕。
「…………」
「…………」
ふざけて言ったのだろうが、そんな僕の反応に顔を見合わせる二人。
「…………冗談、だよ?」
「………まさか、嘘だよね?」
確認するかのように、慎重に僕に問う二人は、顔がどこか引きつっていた。
「……いや、カンニングはしてない」
「ああ、よかった」
「いやちょっと待て。カンニング"は"してないって、それ以外の不正行為はしたって事?」
僕の言葉にホッと胸を撫で下ろした水城に、待ったをかけ、触れられたくないところを正確に突いた金見。金見の言葉にハッとしたのか、またしても僕に心配そうな、でもどこか疑わし気な視線を送ってくる二人。
「………………トイレ行ってくる」
僕は、この二人にあの鉛筆を使ったと話す勇気はなく、その視線から逃げるように急いで席を立ち、教室を出た。
「あっ、逃げた」
「…あの佐藤君が逃げるって、相当なことをしたって事、かな?」
「カンニングはしてないって、じゃあ何したんだろうね」
「さあ。それは戻って来た本人に聞くしかないでしょ」
その数分後、予鈴が鳴り、僕はギリギリに自席へと戻った。
何かを聞きたそうに向けられている視線は無視し、静かに時間が過ぎるのを待った。
逃走経路の確認、確保は抜かりなく………。
自己採点では目標点には達していた。それどころか、高得点であろうかと思われる。しかし、僕はその点数を素直に喜ぶ事ができない。
何故なら、センター試験の2日間。特に両日共後半の教科では、ほとんど記憶がないのだ。
前半の教科では、マークシート方式なのもあってか、なんとか意識を保っていた。しかし、眠気が来ないように、と薬を飲まずにいたせいか、熱が上がり後半の集中力は酷いものだった。そんな中で手にしてしまったのは、例のコロコロ鉛筆だったのだろう。筆箱から普通にシャーペンと消しゴムを取ったはずが、気がついたら持っていたのは本当の最終手段で、使う気は全っくなかったコロコロ鉛筆なのだから笑えない。
それを無意識に使用してしまったのであろう自分に腹が立つ。
試験会場は異様であっただろう。同じ教室から、コロコロコロコロと、何かを転がす音がしたのだから…。
と、僕は放送室に立てこもりながら数日前の出来事を遠い目で思い返す。
「佐藤君。出ておいで」
「逃げ道はないぞ」
放送室に唯一あるドアが、ドンドンと叩かれる音を聞き流しながら、僕は放送台に突っ伏した。
現在は放課後である。授業間の休み時間や昼休みは、無言を貫き通し、なんとか逃げてきたが、二人も僕が不正を行ったのでは、とその真実を暴こうと必死だった。なんとか逃げて放送室に来たはいいが、ここには窓がない為、退路はない。
「…………はぁ……」
センター試験の結果は、4月頃に郵送で送られてくると思われる。
大学の合否は出ている。
センター試験は"僕の"学力を見る為のものだった。
そんな試験で、コロコロ鉛筆を使う、という事情をしらない人からしたら鼻で笑える程度の、しかし僕からしたらカンニングにも等しい不正を無意識に行ってしまった、ということだ。
後悔と罪悪感と、鉛筆に負けた、という敗北感に苛まれている僕。
ドンドン、と背後で響くドアの音。
「……はぁ」
僕は立ち上がる気力もなく、ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。
「……もしもし」
数度のコールの後、相手は出た。相手が口を開く前に、僕は言う。
「そこに宝来がいないなら開けてやる」
「…いないよ」
それを聞き、僕はゆっくりと立ち上がり、ドアに近づく。鍵を開け、ドアを開く。
「………入れ」
左右を確認し、他に人がいないかを確認した僕は、そこにいた水城と金見二人に、中に入るよう促す。
もうこの際、誰かに話してしまった方が、少しは気が楽だ……。
ただの諦めとも言えるが、それは言わないでくれると助かる。
僕は二人に、事の顛末を話した。
39度近い高熱で、集中力を欠いていた事。
その所為で、コロコロ鉛筆を無意識に使用してしまった事。
自己採点した結果、予想を上回る高得点であったこと。
そして、鉛筆を使用した宝来に対して、散々な事を言ったと言うのに、自分が使ってしまった事への自責の念など、全てを話した。
"コロコロ鉛筆"という単語が出た瞬間に吹き出した事は、今日だけは許してやる。
「さ、佐藤くん、、アレ、使ったんだ…ふっ」
「ブフッ、しかも、高得点とかっ!」
腹を抱えて蹲り笑う二人を、椅子に座ったまま頬杖をつき、静かに眺める僕。
「……………そこまで笑われる事なのか?僕はカンニングにも等しい事をしたというのに」
「「あははははっ‼︎」」
更に笑い出す二人。
ヒィヒィ言いながら、床をバンバン叩く。
「…………そろそろ、僕と会話をしてくれるか?」
数分に渡って笑い続ける二人の笑いが収まるまで、僕はため息を吐きながら静かに眺めた。
「別に不正じゃないんだし、いいんじゃない?」
「そう簡単に言うがな…」
「やっちゃったもんは仕方ないでしょ。終わった事を今更悔いても無駄だよ」
「それは、そうだが……」
笑いが収まった二人は、床に座り、あっさりとそう言う。
「第一、彼方の時もそうだけど、"コロコロ鉛筆の使用を禁ずる"なんてルールは存在しないんだから、いいんじゃない?」
「そうそう。それに、今回の事で、その鉛筆の効果は本物だって証明されたし、それでいいってことにしておこうよ。センター試験で検証実験をしたって、軽く考えてた方が楽じゃない?」
なんでもない事のようにそう言う二人に、難しく考えていた僕が馬鹿みたいじゃないか、と思い始めた。
「うーん………。だけどなぁ」
「はいはい。だけどもだってもなし!それで終わっとこうよ」
それでも納得できずに渋る僕の言葉を、パンパンと手を打って遮り、まとめにかかる水城。
「もう大学は決まってるんだから、気にしない方がいいんでない?不正だとか思うんだったら、猛勉強して、自分でその成績を取れる頭になればいいんだよ」
「…お前は、また簡単に言ってくれるな」
「簡単に考えた方が楽だって言ってるじゃん。終わった事をいつまでも引きずっても仕方ないよ。今後どうするか、が重要でしょう?」
頬杖をつきニヤリと笑う金見と、ニコニコと微笑む水城に、僕はフッと口元を緩めた。
「それもそうだな。まあ、なんだ……感謝する。ありがとう」
僕の感謝の言葉が意外だったのか、目を丸くし、数度の瞬いた二人は、
「いえいえ、どういたしまして。ふふっ。なるほどね。少し会長の言ってた事が分かったかも」
「だな。これがツンデレか。相談料として、受け取っておこうかな」
「…………お前らいい加減ぶっとばすぞ」
又しても笑い始めた二人に、僕はいい加減腹が立ち、拳を握りながら咎めた。
自白という名の相談も終わり、僕達は放送室を出た。
この時、僕は一つのミスを犯していた事に気がつかなかった。
翌日。
「セ、ン、パーイ‼︎」
どこか嬉しそうに、目を輝かせて、僕に近づいてきた幡木。
「……朝からなんの用だ幡木」
登校早々に遭遇しまった、会いたくない後輩。
遭遇した、というのは少し語弊があるか。
幡木は、僕の靴箱の前にいたのだから。
まぁ、つまりは待ち伏せだ。
後輩でなければ、ストーカー行為として通報している。
「先輩もやっと気がついたんですね‼︎」
「……何にだ?」
パッと花が咲いたように笑い、全身で感情を表現している幡木に、僕は眉を顰める。
「コロコロ鉛筆がいかにすばらしい道具買って事にですよ!こーとくてんおめでとうございます‼︎これで先輩も、立派なコロコロマスターですね‼︎」
「なっ⁈」
何故知っている、や、コロコロマスターってなんだ、とは、驚きすぎて言葉にならなかった。
次回、掬ちゃんと彼方君が登場!
逃げる佐藤に追う馬鹿二人。
捕まったが最後、コロコロマスター二人の勧誘からは逃れられないっ‼︎
って言う話(嘘)
まあ、とりあえず、次回もよろしくお願いします。