143話 センター試験の後悔
申し訳ありません!
遅くなりました!
センター試験が終わった。
「大丈夫か?」
珍しく抑えめの声量で、不安げに僕を見下ろす宝来。
「……いいから出てけ」
僕は宝来に背を向けながら、宝来に部屋から出て行くように促す。
「でもさ……」
「いいから出てけ。お前はただいるだけで僕は疲れる」
「うー……、わかった、帰る」
普段の宝来とは違いとても素直に、そして静かに、帰っていった。
「…………ゴホッ」
僕は頭まで布団を被り、一人、この崩れた体調を治すために、疲労した脳を休める為に目を閉じた。
センター試験は無事に終わった。
しかし、ちゃんと答えが書けたかは覚えていない。そこまで頭が回っていなかったからだ。
僕はセンター試験前日、39度の高熱を出した。
原因は既に判明している。
センター試験5日前の夜だ。
思わず耳を塞ぎたくなるような騒音とも思える声が、僕のスマホから響き渡った。
「先輩先輩!聞いてくださいよ!私、はじめてカゼひきました!なんかすっごく体が重いしなんか痛いし、頭はグラグラするし、吐き気はするし、39度の高熱ですよ!鼻水もヤバめです!"はつたいけん"ってやつですかね⁈体調さいあくですけど、なんだか感激してます‼︎」
何故知っているのかは知らないが、僕のスマホにかかってきた幡木からの電話。
その口からでた内容は、本人のテンションとは対照的だった。
声も少し枯れ、鼻をすする音も聞こえる為、本当に風邪なのだと分かる。
そして、僕は幡木のその症状を頭の中で反芻し、サッと顔が青ざめた。
「お前……、もしかして、インフルとかじゃ、ないよな?」
いつもであれば、うるさい黙れと一息で電話を切るが、今日だけは確認しなければいけなかった。
なにせ僕は受験生。
体調不良、ましてやインフルなんて敵でしかない。
「……いんふる?」
イントネーションが違う。
というか、インフル知らないのか……?嘘だろ?
流石に宝来も知ってるぞ…。
「ああ!"いんふる"ですね!知ってます知ってます!さっき聞きました‼︎病院から帰ってきたら部屋に閉じ込められましたよ!もうっ!初カゼだから、先輩のところに行こうと思ったのに‼︎」
幡木の家族よ、よくやった。
感謝する。
もしかしたら手遅れだったとしても、だ。
幡木が、というか会長と幡木と宝来が僕の家を訪れ、正月遊びで騒ぎ倒したのは、"昨日"だ。
「聞いてますか先輩‼︎」
インフルエンザの潜伏期間は1日か2日程度。突然の発熱や悪寒に、筋肉痛や咳、鼻水などの症状が現れる。
「セーンーパーイー」
それらに当てはまっている幡木の症状は、聞くまでもなくインフルな訳で、病院でもその診断を受けたらしい。そして現在、自室に軟禁状態、と。
僕の家に来る心配はないが、もしかしたら、僕も感染している可能性はある。
そしたら、僕がまず取るべき行動は、
「ねえ、先輩ってば‼︎」
「うるさい黙れ」
ブツリッ。
幡木との通話を切ることだ。
そして僕はスマホを操作し、耳に当てる……なんて事はせず、画面を見つめる。
プルルル、とコール音が鳴る。
2回目のコールが鳴る前に、相手は出た。
「なんだね後輩君‼︎君から電話をかけてくるなんてっ‼︎私は嬉しいぞ‼︎愛されているな‼︎とても愛されているなぁ‼︎私はとても嬉しいぞ‼︎ツンデレな後輩の貴重な"デレ"だ。これを喜ばずして何が先輩か‼︎これが電話越しというのがとても惜しい‼︎今すぐにでも君のもとへと馳せ参じ、その貴重なデレ顔を拝みたい限りだ‼︎」
「…………」
一言も発する隙を与えてくれない会長の、このマシンガントーク。妄言とも言えるその内容は、一つでも触れてはいけない。そこからまた話(という名の妄想)が広がるからだ。この人と、幡木の電話には注意が必要だが、注意する場所が違う。
幡木には理解できる言葉での対応をすれば、鬱陶しさはそのままだが、対面じゃないだけ比較的楽だ。
それに対して会長は、触れるな危険。この一言に尽きる。
会長の言葉の中で、どの話題にも触れてはいけない。
つつけば出てくる蜂の巣のごとく、会長との会話には危険しかない。それも、電話だと特に、だ。
何故なら、
「して如何にした?君から私に電話をかけてくるなんて初めてじゃないか?先輩として慕われているのだな。2日と経っておらんが、尊敬する会長、つまり私の声を聞きたい、そういうことだというのは分かっている。ああ分かっているとも。皆まで言うな。君と同様、私は君と遊ぶのは私の至高の喜びであるが、だがしかし、私は今君の家に向かう事は叶わんのだ。すまんな」
対面の時と違い、こちらに話をさせてくれないからだ。一方的に話したいだけ話し、通話を切る傾向がある。
不本意ながらも連絡した、過去3回全て、そのパターンだったからだ。
どこかで口を挟もうかと思ったが、それはする事なく目的は達成された。
「実は今、私は病に侵されていてな。こうして喋っているのも、実は辛いのだよ。だがしかし、少年側からきた初の電話を取らないという選択肢は私にはなかったのだ。インフルエンザという名の、引きこもりの大義名分を得た私には、寝ている暇すら惜しいのだが、少年の貴重なデレは受け取らねば、という使命感に駆られてしまってな。ではな少年。私はこれから積みゲーの消化をせねばならんのだ。この貴重な休みの一週間で30のソフトを完全クリアしてみせよう!」
その僕には全く関係のない、どうでもいい宣言の後に、通話は切られた。
「……馬鹿はインフルにかかっても元気だな」
インフルで亡くなる者もいるというのに、顔が見えないから風邪だというのも疑わしいが、この電話の2日後、それはやってきた。
38.9℃
体温計は無情にも、高熱を知らせた。
「……………はぁ」
病院で診察を受けたが、インフルエンザと診断はされなかった。
まだ発熱したばかりだから分からないと言われ、明日も病院に向かう事となった。
しかし、インフルではないだろうな、と変な自信があった。
何故なら、熱があるだけでその他は何の異常もないからだ。
鼻水もなければ咳もほぼない。インフルエンザ特有の関節の痛みもない。
そうただ熱が高いだけ。
つまり、最悪センター試験は、この状態で受けなければならない、ということだ。
志望大学やらで審査などは異なるが、インフルエンザや事故などの、やむを得ない事由によりセンター試験の本試験を受験できなくなった場合は、本試験の一週間後の追試験を受ける事が可能だ。
しかし、僕はインフルではない(多分)
高熱で普段より集中力を欠き、高熱で覚えの悪くなっているこの状態で、僕は一世一代の大勝負に出なければいけない、という事だ。
顔の半分を覆うマスクの下で、僕はギリッと歯軋りをした。
センター試験当日。
熱は下がらず、僕は39℃の高熱の状態で試験を受けた。
最後の教科の試験が終わった後、僕は自責の念にかられ、頭を抱えて机に突っ伏した。
インフルじゃなかった事を喜ぶべきか、悲しむべきか、只々0"やってしまった"という後悔だけが僕を支配していた。
暫く動かない僕を心配した試験官は、僕を医務室に連れて行き、暫く休んで行くように勧めた。僕はそれに甘え、布団に潜った。
体調は悪いが、不思議と眠気はなかった。
布団の中でも頭を抱え、身悶える。
「……っ……、、」
やってしまった、と。
ただ後悔だけが、僕の頭を支配する。
暫くして布団から顔を出し、僕は左手で枕を力の限りに殴りつけた。
「クソッ‼︎」
その手には、六角形の鉛筆が握られていた。
最後の文に、どうやって持って行こうかと思ったら、こんな感じの話になりました。
と、いうわけで、佐藤君の試験終了です!
結果は次回!
それでは、次回もどうぞよろしくお願い致します。