140話 正月休みに休めない受験生の僕
あけましておめでとう。
そんな話です(違う)
年が明けた。
だが僕に休んでる暇はなかった。
すぐそこに、センター試験が控えているからだ。
正月も、元旦と2日の午前中だけを休憩………、できてない気もするが、まぁとにかく休みに当て、正月休みの間も勉強に当てた。
正月早々だというのに、家庭教師を申し出てくれた榊原さん。僕は、彼と共にセンター試験の対策を進めていた。
あ、AOに落ちた訳じゃないぞ。無事に受かった。しかし、学力を見るのも兼ねて、センター試験も併用なんだそうだ。
「正月早々ありがとうございます。僕としては助かるのですが、大丈夫だったんですか?」
「問題ないよ。大学通うのに上京してしてきたから一人暮らしだし。何より暇だしね」
僕の問いににこやかに答えた彼に、僕はボソリと呟いた。
「…………彼女とかいないんですね」
「それは言わないでくれるかな‼︎」
まあ、僕もいないが。
そんな会話をしつつ勉強を進めていた僕。
だが一つ、言っておく事がある。
正月休み=学校も休みなのだ。
これは当然の事だよな?
もうお察しの方もいるかもしれんが、敢えて言おうか。
この日は、高校生活で最悪の日だった、と…………毎回こんな感じの事言ってるが、よく考えたら、碌な高校生活じゃない気がしてきた。
「「「さーとうくん‼︎あっそびーましょ‼︎」」」
榊原さんを家庭教師につけての勉強中、玄関から聞き馴染みのある、予想するまでもない面々の声が聞こえてきた。
「…………呼ばれてるけど、いいの?」
立ち上がる事なく、問題を解く手も止めない僕に、正面にいた榊原さんは、困惑気味にそう問いかけてくる。それに対し、僕は質問とは違った返答をする。
「抜かりはありません。全ての部屋のドア、窓は施錠済みです」
「…………あ、そう。それは、よかった……のかな?」
榊原さんも、大方の予想はついているのだろう。
一人以外は一度会った、というか見た事がある人物だろうからな。
あいつらは、一度会ったら簡単には忘れられない、強烈な人種だからな。
「佐藤‼︎遊ぼうぜっ‼︎」
「私が来てあげたんですから、泣いて喜んでください‼︎」
「少年、開けてくれ給え。年が明けた目出度い日だ。一緒に遊ぼうではないか!」
2階の僕の部屋まで聞こえてくる、その声は耳障り以外の何物でもない。が、相手にしたら負けなのだ。
「あ、この問題はどう解けば?」
「………君も存外マイペースだよね」
「マイペースなのではありません。アイツらの所為でスルースキルがカンストしたんだけです」
「…そっか。この問題はね…」
表情一つ変えずに言った僕に、榊原さんは何も言うことなく、指導に入る。こういう対応力のある人で助かる。
「………………」
「…………随分、静かだね」
その問題を解き終えた僕と榊原さんは、外が静かになった事に疑問を感じ、思わず二人で窓を見た。
ここで見るのが玄関ではない事にツッコんでくれる奴は、どこにもいない。
「……?」
「………いない、か」
カーテンを閉めていなかった窓の外には、誰もいなかった。
「…諦めて帰った、か?」
いや、それはありえない……はず。帰ってくれたらそれはとてもありがたい事だが、それはありえないと言える。
そう思った次の瞬間、
「いっきまぁーーす‼︎」
ガッ‼︎
「「⁈」」
鈍い音を立てて、窓に何かが激突した。幸い、窓にダメージはない。
幡木の声だったぞ……。
「2本目、放て‼︎」
ガッ‼︎
先程とは別の場所に当たる。窓にダメージはない。
今のは会長の声だ。
「あいつら、何始めやがった‼︎」
僕は急いで立ち上がり、窓に寄る。そして下を覗くと、弓を構える宝来の姿。
もちろん窓を開ける、なんて自殺行為にも等しい事はしない。
「あっ、待て待て‼︎少年が顔を出したぞ‼︎あぶり出し成功だ‼︎」
「………馬鹿共が」
3人から視線を、窓にぶつけられたであろう物に移す。
僕はため息をつき、頭を抱えた。
そんな僕の様子に、榊原さんも僕と同様に屋根に落ちるそれを見て、顔を引きつらせた。
「…………あー」
言葉もないようだ。僕も同じ気持ちだ。
僕はもう一度宝来達の方に視線をずらし、そいつらの手元を見る。
「……この、罰当たり共が」
屋根の上と、奴らの手に握られていたのは、破魔矢だった。
破魔矢とは、簡単に言うと、正月の"縁起物"で、"神具"である。
それを射るとは、何を考えているんだろうな?
「少年、少年!遊ぼうではないか!先輩、同輩、後輩と各種取り揃えているぞ!皆で遊ぶから選べないがな‼︎」
そう言うと会長は、足元から何かを手に取り、僕に見えるように両手で頭上に掲げた。
「正月だから、正月らしくいこう!餅つき羽根つき独楽回し‼︎オマケでカルタに書き初めだぁぁ‼︎」
「「イェェーイ‼︎‼︎」」
杵を掲げ叫ぶ会長と、ノリで叫ぶ宝来と幡木。
ガラッと窓を開けて、僕も叫ぶ。
「帰れっ‼︎」
頼むから勉強させてくれ。
「へぇ、餅つきか。実は俺、やった事ないんだよね」
僕の横にいる榊原さんがそう呟くと、都合のいい時だけ地獄耳の会長は、キランと目を光らせ、
「ほらほら‼︎そこなる御仁もそう言っているぞ、少年‼︎賛成が多数決で過半数を超えたぞ‼︎君に断る権利はない‼︎」
「…………」
多数決だったら、榊原さんが味方でも僕の負けだろうが。
「さあさあ家主の許可が出たぞ‼︎宝来少年、家の鍵を開け給へ。私が許そう」
「はーい!」
宝来は合鍵を持っている。
一応、最近だが、家主の許可が出ない限り使用してはいけない、というルールは設けたが。
都合よく解釈した彼等は、僕の家に侵入してきた。
僕は初めて榊原さんを射殺さんばかりに、睨みつけた。
「………………ごめん」
謝ったって遅い。
ドタドタと、階段を駆け上がって来る複数の足音が近づいてくる。
平穏な正月終了のお知らせである。
庭で羽根つきをやり、顔や服を墨で汚された。
勉強づけの受験生の僕は、元気の有り余る奴らには勝てなかった。
そのままの流れで、庭にレジャーシートを敷き、書き初めを始めた会長。
"寛仁大度 "
※心が広く情け深く、度量の大きいこと。
テーマは四字熟語、らしい。
「私のことだ‼︎」
ドヤァ、とドヤ顔で胸を張る会長。
僕はすかさず切り返す。
「寝言は寝て言え」
「なんて読むんですか?全然分かりません‼︎」
「俺も書く‼︎」
「後輩達が冷たい‼︎」
筆を取り落とし嘆く会長。
そんな会長は放置だ。
幡木や宝来も書き初めに心が行っている為、気にも止めない。
幡木が書いたのは、
"一期一会"
※一生に一度会うこと。また一生に一度かぎりであること。
「……なんでこれにした?」
「これしか知りません‼︎」
「…………」
四字熟語を知っていた事に安心すべきか、高校生でこの知識量かと呆れるべきか、悩みどころだ。
宝来は、
"全国制覇‼︎"
もうしただろ。留年すんのか?
僕は、もちろん
"平穏無事"
※変わったこともなく穏やかなさま。
今年こそは、という願望だ。
意外にも参加した榊原さんは、
"一攫千金"
※一度に、しかもたやすく大きな利益を得ること。
「…………」
「大学生の一人暮らしは厳しいんだよ‼︎」
切実な願いだった。
そして本命の餅つきが始まった。
リビングで。
直径約30センチのミニ臼と杵。どうやって持ってきたのかと思えば、玄関先には台車があり、それに臼と杵、大きめのボストンバッグが乗っていた。
正月道具を自宅から台車で運んだらしい。
遊ぶのには全力な会長である。
そのやる気を別のところに向けてほしいものだ。
「さて、少年。準備は良いか?」
「はいはい」
外で遊んでいる間に炊いたもち米を臼の中に入れ、ボウルに水を入れ、餅つきの準備ができた。もち米も会長からの持ち込みである。
「よしでは少年は水の係りだ。つくのは私達でやろう」
もはや何も言うまいと、僕は臼の横にしゃがみ、スタンバイする。
「では新年一発目‼︎ヨッコラセ‼︎」
ぺたん。
「二発目‼︎ていやぁ!」
ぺたん。
「はいそこで水‼︎」
僕は手に水をつけ、もち米をひっくり返そうと手を出した。
「死ねぇぇぇ‼︎」
「うわぁ!」
瞬間、杵を振り下ろした会長。
間一髪、なんとか手を引っ込めた僕。
「…何するんですか」
ジト目で会長に問う。
「餅つきとは、殺るか、殺られるかの勝負なのだ!油断するなよ少年。喜べ私との一騎打ちだ」
杵が圧倒的に有利な勝負である。
手をつかれそうにな状況で、誰が喜べるんだ。
「ああ、忘れていたよ。あけましておめでとう」
「…どんなタイミングで挨拶してんですか」
突然何を言い出すのかと思えば、ただの新年の挨拶。しかし今言う意味が全く分からない。
「そうだったんですね‼︎私も頑張ります‼︎」
「俺も俺も‼︎」
「…………」
冗談も分からない馬鹿共の、何故か上がったやる気とテンションにうんざりしながら、僕はゆっくりと榊原さんを見る。
「いや、流石に俺はそんなことしないよ?」
とりあえず、一人は常識人がいた事を喜ぶ事にしようか。
そんなこんなで、"僕だけが"危険な餅つきが終了し、つきたての餅を食べ始めた僕達。
きな粉、砂糖醤油、チーズと又も会長持ち込みの調味料がテーブルに並び、先程までとは打って変わって大人しく静かに食べ始めた宝来達。
会長と幡木が2人で調味料を混ぜてゲテモノ餅を作っているのを横目に、餅を摘みつつ宝来に何気なく聞いてみる。
「お前、進路はどうするんだ?大学は決まってるのか?お前なら多分、バスケで推薦もらえるだろう」
決して心配している訳ではない。同じ大学を目指されるのが嫌な為、進路先を知っておく必要があるからだ。
しかし、宝来から返ってきた答えは、予想外のものだった。
「俺、大学行かないよ」
「…………は?」
聞いていたのだろう、全員の目が宝来を向いた。
「お前、今、なんて言った……?」
思わず、聞き返す僕。
「俺、大学には行かない」
宝来彼方突然の告白。
ここから卒業まで突っ走って行きたいと思います(できればだけれども)
ですが、グタグタ話も混ぜていくかもです。
それでは次回もどうぞよろしくお願いします。
今回は後書きにですが、
オマケ
「いやぁ、少年が素直に私達を入れてくれて良かった‼︎」
「勝手に入ってきたんでしょう」
「入れてくれなかったら、私のコンパス(特殊)が火をふくところだったぜ!」
「…………」
「ああ、吹くのは隙間風くらいかな!アッハッハッハ!」
「……………………」
いつか警察に突き出してやる。
補足。
因みに、人の家の前でいくら奇行を行なっていても、宝来がいるだけでそれはただのおふざけに変わる。
近所の人が通ったとしても、
「あら、彼方君。何してるの?」
「佐藤を遊びに誘ってるんだ‼︎」
「そうなのね。頑張って」
くらいの軽さで会話が終わる。
宝来はバカだが、孫に欲しいと奥様方にも人気なのだ。
やっぱり皆、息子にはいらないんだな、と思ったが、口には出さなかった。