131話 最後に勝つのは正義ではない 1
なんとか更新。
グッダグダですが、劇は書いてて楽しかったです。
"グリシーヌ"は自分の行動に驚き、王子から慌てて体を離す。
その顔は真っ赤に染まっていた。
「あっ、私、あのっ……」
一歩後退り、恥ずかしそうに、伏し目がちに口元に手を当てた"グリシーヌ"は、少し目を潤ませる。その顔は赤いままだ。
「あ、」
そんなグリシーヌの背後から、その腰を攫ったのは、仮面をつけたもう一人の王子だった。
ここまで、グリシーヌ(佐藤)の"女の子らしい演技"に呆気に取られ、身動き一つせず、瞬きすら忘れていた宝来と金見の二人は、仮面をつけた王子、星宮要の登場に我に返った。
「ダメですよ、姫。貴女はリベルテ王子ではなく、この私リヴァルの妻になって頂きます」
グリシーヌに顔を近づけ、右手をグリシーヌの顎に添え、微笑む。
「っ、わた、しは、貴方の妻になる気は、ありません…!」
身を捩り、両手でリヴァルの胸を押し、その腕の中から抜け出し、リベルテの方へと走ろうとするが、腕を掴まれ、再度リヴァル王子の腕の中に戻る。
「おっと、そんなつれないことを言われると悲しいです。貴女は結婚が嫌でリベルテ王子の元から逃げたのでしょう?それも一年もの間」
「そ、それはっ……」
グリシーヌは、顔を歪めてリヴァル王子の視線から逃げるように顔を背ける。
話の途中だが、一つ言っていいか?
動けよお前ら‼︎
なんでもいいから話に入って来いよ‼︎
進まないだろうがっ‼︎
僕は、唖然と僕達の演技を見て固まっている宝来と金見の二人を、心の中で睨みつける。僕が心を殺して、恥を忍んで"グリシーヌ"を演じていると言うのに……‼︎
何アホみたいに口開けて突っ立てるんだよ‼︎
リヴァル役やってる星宮も相当イラついてるぞ。現に僕の腹に回ってる腕にギリギリ力が入っていってるからなっ‼︎
表情が変わらないのは、流石演劇部。
だけど、痛いから力弱めてくれないかな?
ここで星宮が、他の人に聞こえないくらいに小さく舌打ちをし、動いた。
……僕には聞こえたぞ。
舌打ちと共に、「このグズ供が」と言ったのが。
「リベルテ王子、黙りとは情けない。他国の王子に姫を奪われて、動けないとは」
星宮は宝来達に、暗に動けよと、セリフと共に圧をかける。
そのセリフの意図に気づいたのは勿論、セリフを振られた宝来ではなく、その一歩後ろに立つ金見だった。
「そんなことはありません!王子は姫を助ける手立てを探しております!姫に視線を合わせ、安心させようとしているではないですか‼︎」
口ではなんとでも言えるな。綺麗事は程々にしような。
確かに見てるがな。宇宙人を見るかのような表情で。
「私から姫を取り返してみせようとでも言うのか?花嫁に逃げられた、愚かな王子よ‼︎なんとか言ったらどうだ?」
待て星宮。それは宝来にはレベルが高い。
金見に軽く小突かれて我に返ったはいいが、話に入れなくてオロオロしてるじゃないか。さっきの金見のセリフの、姫に視線を合わせ、をずっと実行してはいるが、ただ助けを求められている感が否めないぞ。そんな視線を送られたところで、演者側の僕にはどうにもできないのだが。
そう考えていたら、宝来が僕から視線を外した。そして、ゆっくりと口を開いた。
「私は、姫を、グリシーヌを、愛しています‼︎」
おおっと、予想外。
どうした宝来。苦し紛れにしてはまともなセリフじゃないか。
…とか思ってる場合じゃなかった。
星宮が更に腕に力を込め、地を這うような声でボソリと呟く。
「ボサッとするなよ"グリシーヌ"」
はい、すみません……。
ええっと、この時のグリシーヌらしい反応は、"告白されて嬉しいが、恥ずかしくて顔を真っ赤に染める"かな。
はぁ、考えながら演るのは疲れるな……。
僕は目を見開き、息を呑む。そして、両手で口元を覆い顔を真っ赤染める。
「グリシーヌ、どうか聞いて下さい。私は、貴女を愛しています。嘘偽りなく、これだけは真実です。王の命に逆らえず、式を強行してしまった事は謝ります。ですからどうか、どうか、私の元へ帰ってきて下さいませんか?
私は、貴女以外を妻に娶るつもりはありません」
リベルテ王子から追撃が入る。そんなセリフよく出てきたな、と思いたいところだが、宝来の視線はチラチラと僕達の後ろに向けられる。大方、反対側の入口の方に水城辺りがいてカンペでも出しているんだろうと予測できる。
「涙を流せ。そして顔を覆いながら、はい、はい、と頷くんだ」
……了解です、鬼部長。ご丁寧にご指示を下さりありがとうございます。
お前も後で覚えてろよ。僕の計画に巻き込んでやるからな……。
ツーと、頬を伝う雫。
それに目を見開いたのは、やはり目の前にいる宝来と金見だった。いや、観客の中からも若干戸惑いの声が上がったが、まぁ、いいとする。
僕は指示通り顔を覆う。
「…はい、はいっ!」
星宮が腕の力を緩めた。
「リベルテ王子、私は、貴女の元へ、戻りたいです」
星宮の腕が離れた。ダランと腕から力を抜き、悲しそうに顔を歪めたリヴァル王子は、呆然とグリシーヌに問いかける。
「……私では、ダメなのですか?」
「リヴァル王子、私は貴方の求婚、を受ける事はできません。私が、愛しているのは、リベルテ王子だけです」
照れ屋なグリシーヌらしさを崩さぬよう、表情と顔色に注意し、僕は渾身のセリフを口にする。
「グリシーヌ…!」
宝来基、リベルテ王子はグリシーヌに走り寄り、勢いのままに抱きしめた。
「もう、離しません……!」
「……はいっ」
宝来の背に腕を回し、頬を染め涙を流しながら、微笑むグリシーヌ。
はぁ、終わった……。
さっさと照明落としてくれないかな。宝来と抱き合ったままとか、拷問以外の何物でもないのだが。
そう思っていると、一度照明が消え、すぐについた。
星宮一人にスポットを当てて。
そして星宮は、リヴァル王子として、語り始めた。
「一目惚れだったのです…。町外れの小屋にいた小柄な、男装した女性。訳ありなのは分かっていました。隣国の王子の婚約者だと知ったときは、驚きと共に絶望しました。だけど諦めきれず、情報を収集しました。すると、結婚式が嫌で逃げたそうじゃないですか。…私には最初で最後のチャンスだと、行動を起こしました。花束を持って姫の元に向かったのです」
なぁ、この一人語りいつまで続くんだ?
さっきので終わる流れだったじゃんかよ。綺麗に終わっとこうぜ?
なぁ、演劇部の鬼部長さん。
あと、小柄なとか僕に喧嘩売ってんのか?
「しかしその時には、もう姫は既に城へと戻ってしまっていました。その上、式をやり直すと聞き、私は居ても立っても居られなかったのです。王子の元へと戻った姫を私のものにするには、式が終わる前に、そう思い私は式に乱入し、姫を攫いました。ですが、姫の心までは攫っていけなかったようです……」
何これ笑うとこ?
笑っていいかな?
流石、演技は完璧だよ星宮。その雰囲気、表情、セリフに観客は呑まれてグッときているようだが、よーく考えてみろ。駄作もいいところだと思わないか?
鬼部長さんよ、お前の言う演劇はこんなものなのか?
まあ、そのセリフのお陰で、宝来と抱き合っている必要がなくなったから、そこは感謝しよう。
「どうか、お幸せになって下さい…!」
そう言い、マントを翻しながら宝来達が入って来たのと逆の扉から走り去って行った。流石演劇部部長、最後は涙目だった。
僕は最後、グリシーヌらしくリベルテ王子に身を寄せながら、その背を見送る。
「…………この後どうすんだ?」
「…黙ってジッとしてろ」
ボソリと呟いた宝来に僕は服の裾を引き、口を閉じ動かないように指示する。
『この後、国に帰ったリベルテ王子とグリシーヌ姫は、無事に式を挙げ、多くの人に祝福されながら結ばれました』
演劇部の一人がそう読み上げた後、はけた星宮から指示が入った。
"リベルテ【グリシーヌ姫をお姫様抱っこで退場。】
グリシーヌ【王子の首に手を回し、幸せそうな表情で退場。】
これで勘弁してやる。キスシーンがないだけ感謝しろ"
宝来もそのカンペを読んだようだ。素早く僕を抱える。僕は顔面の筋肉を総動員し、笑顔を作り、宝来の首に手を回す。
そうして退場した。
体育館の中からは、割れんばかりの拍手がおこっていた。
こうして僕達の最後の劇は終わりを迎えた。
一つ言っても……、いやさっきも言ったから二つ目か。言ってもいいか?
なんっっだこの茶番劇は‼︎
星宮、お前はこれで満足なのか⁈
僕の心の叫びは、誰にも届く事はなかった。
「それではこの後、3-A、演劇部合同のチェキ会を開催します。キャスト達が着替えるので、もう暫くお待ち下さい。13時からの回は1部の衣装です」
水城がステージ上でマイクを持ち、そうアナウンスした時、閉まっていた体育館の扉が勢いよく開け放たれた。
「ちょっと待ったーーー‼︎」
「その衣装替え、ちょっと待ってくれるかな」
入って来たのは、僕達のクラスの文化祭実行委員長、名木野と、副委員長の坂本さんだった。
本当の茶番劇とはこの事、と言えるかな?
今回も次に続きます。
ある程度予想つくとは思いますが、目標の文字数に到達したので、次回に持ち越し。
このくだらない茶番劇書いてるの、本当楽しかった!
というわけで、次で文化祭編が終了予定ですので、どうぞお楽しみに。