129話 イベント事にはアクシデントもつきものです…?
なんとか完成。
最後のところ書き直してたらアップが遅れました……。
「ありゃりゃ、もう時間だ。残り4クラスだったのに」
1-Dを出た僕は、次のクラスへと向かおうとしたが、金見のその呟きに足を止めた。
金見に視線を移すと、腕時計で時間を確認していた。今の僕に時間を確認する手段がないため、何時なのかは分からないが、そろそろ昼なのだろう。
どうするのか、と金見を見ると、先程から腹の立つ指示を書いてくるスケッチブックにまたも何かを書き込んでいる。
「なあ、次のクラス行かないのか?」
金見の声を拾えなかった宝来は、僕より二歩ほど先で立ち止まり、首を傾げる。
金見はスケッチブックを素早く捲ると、殴り書きで、
"ちょっと腕でも組んでくっついてて‼︎"
又も癪に触る指示を書いた。ページを戻し急いでペンを走らせる金見を睨みつけそうになるのを必死で堪えていると、宝来が近づいてきた。
ああはいはい、腕組んでりゃいいんでしょ、と渋々腕を差し出したが、
「姫」
「⁈」
その腕は引かれ、僕は宝来に抱きしめられた。
「私達の逢瀬は、終わりのようです……。城へと戻りましょう」
「…………あ?」
哀愁を漂わせながらセリフであろう言葉を言う宝来を、下から睨みつける。それにビクリと肩を揺らした宝来だが、カメラに映らない右手に視線を落とした。カサリと紙が擦れる音がしたので、宝来の胸に顔を埋めるようにして、体の隙間から宝来の右手を見る。
「…………最初から打ち合わせ済みってか?」
宝来の服をギリギリと握り、小さく宝来に問う。宝来はダラダラと冷や汗を流し、僕から目を逸らした。
"俺がくっついてって書いたら、佐藤を抱きしめて、寂しそうな声で
『私達の逢瀬は、終わりのようです……。城へと戻りましょう』
その後は抱きしめたままストップ。
佐藤君が暴れそうだったら、力で押さえつけろ。できれば喋らないように口も塞いでくれると助かる"
再度宝来を睨みつけ、タイを掴み首でも締めてやろうかと思った時、
「ひっ、姫っ‼︎」
小さく漏れた悲鳴をそのまま言葉にし、宝来は紙の指示通りに、僕を強く抱きしめた。いや、違うな。"締め付けた"が正しいだろう。
「ぐぇ、は、なせっ」
「頼む大人しくしてくれ佐藤…!」
耳元で必死に囁かれたが、息ができない程に強く締め付けられ、怒鳴る事さえできない。
「俊早く!早く次の指示!」
耳元で呟かれる宝来の必死の声に、こっちのセリフだ!と言いたいところだが、僕はそれどころじゃない。酸素が……。
「お客様方。申し訳ありませんが、ここでお時間のようです。王子と姫のお忍びデート、如何でしたでしょうか?私と同じく、この状況諸々、楽しんで頂けたのなら幸いでございます」
そんなこっちの状況を知ってか知らずか、金見はカメラに向かって、優雅に、流暢に語りかけた。
笑いを堪えながら。
この野郎……。
カメラで撮ってる時点でお忍びでもなんでもねぇよ、とか、"私と同じく"楽しんで、とか言いやがっていい加減殺すぞ、と睨みつけてやりたかったが、馬鹿な宝来はそんな金見のセリフを聞いても、力を緩める気配がない。必死に次の指示をと、金見の手の中にあるカンペを凝視している。
遊ばれている事にいい加減気づけ馬鹿!
「この後13時より第1体育館にて、リベルテ王子とグリシーヌ姫の出会いを再演致しますので、チケットをお持ちのお客様は記載の時間までにお集まり下さいますよう、お願い致します」
そう言い深く頭を下げた金見は、パンと一つ手を叩き、脇に抱えていたスケッチブックを手に持ち胸の位置まで上げ、カメラに映った。
「はい。という訳で、3-Aこの後13時より劇をやりまーす。1、2年の時にやった再演なので、初見の方も、もう一度見たいという方もどうぞよろしくお願いします!本日分のチケットはありがたいことに完売ですので、今日チケットをゲットできなかった方は、是非明日もいらして下さい。明日がラストチャンスですので、お見逃しのないようお願い致します。それでは、お相手は、執事カプリス役こと金見俊一と」
金見に次いで、宝来にカメラが向けられ、それに慌てた宝来がやっと手を離した。咳込みながらワタワタと手を振り、パニクる宝来を横目で見る。
「えっ?俺⁈えーっと、えっと、宝来王子彼方役!の、えっ、あれっ⁈」
「王子リベルテ役宝来彼方、な」
笑顔の金見から素早く訂正が入る。そして、最後に僕にカメラが写り、
「…………グリシーヌ役、佐藤」
息を整えた僕はふいとカメラから顔を逸らし、答える。
「そして、追跡カメラ新井山晴汰でお送り致しました」
片手でカメラを構えたまま、そのレンズの前にピースした手を写す新井山。そして、また金見にカメラを向ける。
「それではまた後程。お姫様方」
カメラに向かってウィンクをしながら、投げキッスをした金見。
そこまでするのか、と呆れて見ていると、新井山はカメラを抱え直し、ふぅと息をついた。
ここで中継は終了のようだ。
僕もホッと一息つき、金見の持っているスケッチブックに視線をやると、
【第1部【第二王子と藤の花】13時〜13時30分
休憩30分(衣装替え、客入れ替え)
第2部【第二王子と藤の花番外〜挙式騒動編〜】14時〜14時30分
終演後15時よりチェキ会あり!
1キャスト(3枚150円)
(チェキ会の参加にはチケットの半券が必要です。が、人数によってはフリー入場あり)
並び直しは一人2回まで。
1部衣装15時〜16時
2部衣装16時10分〜17時
チケット完売御礼‼︎】
本当、抜け目ないというか、宣伝上手というか……。
僕が対象になっていなければ、ただ感心するだけだというのに、この抑えられない怒りをどうしてくれる。
「さて、じゃあ戻ろうか」
ニコリと笑う金見。
……この抑えられない怒りをどうしてくれようか。
とりあえず、隣に立つ宝来の尻にタイキックを食らわせてやった。
「なぜに⁈」
絞め殺されそうになったからだ。
涙目で尻を押さえる宝来を無視し、通り過ぎ様に金見を睨みつけ、僕は一人スタスタと教室に足を向けた。
教室で待っていたのは、ニヤニヤと、ニタニタと、ケラケラと、とにかく笑うクラスメイト達と、なんとも言えない視線を送ってくる、中継を見ていたであろう客供だった。
「…………」
「はい、せーの」
『お帰りグリシーヌ‼︎』
パンパンパパーーン‼︎
水城の掛け声と共に、教室内にいた全員が僕を盛大に迎えた。
何故かクラッカーが鳴り、僕の頭に降ってくる。
「…………」
ヒクリと顔がひきつるのを感じながらも、客もいる手前、怒鳴ることも睨むことも出来ず、僕は俯きながら体に引っかかった紙吹雪やらテープやらを落とし、客の方も、クラスメイトの方も見ずに静かに裏へと入った。
いい加減、キレなかった僕を誰か褒めてくれてもいいと思う。
「佐藤君、そこに立って‼︎」
裏に入った途端、射殺さんばかりに睨みつけられ、ビシッと指を指され、思わず背筋を伸ばし固まる。
「…………」
「……うん」
僕の姿を、というか服を上から下まで、スカートの裏までしっかりと確認し頷く坂本さん。
「じゃ、脱いで」
「…………はい」
僕は坂本さんに背を向け、ファスナーを下げてもらう。彼女に対して恥じらいなどはもう既にない。
そして次に渡されたのは、1年生の時からお馴染みの、メイド服である。
これが、僕の始まりで僕が終わった服である。
忌々しいその服を睨んでいると、
「たーのしかった‼︎」
宝来が戻ってきた。すると、
「気をつけっ‼︎そのまま動くな‼︎」
その声に思わずといった風にビシッと直立不動になる宝来。
そして、先程僕にやったように宝来の服を確認する坂本さん。
「…うん、大丈夫ね。たこ焼きとか食べてたから、ソースでもついてたらどうしてやろうかと思ったわ」
どうする気だったんだ?
その目、怖いからやめてくれません?
午後の劇は、予想よりも多くの客を動員していた。そんな中、劇は始まった。
1部は無事に終了し、客の入れ替えや、衣装替えも無事に終わった僕達は、2部の上演を迎えた。
今回はラストシーンの2人のひっそりとした結婚式をちゃんとやろう、と言うことで、庶民の衣装から、一度脱いだウェディングドレスを再度着るはめになり、坂本さんによる早着替えとメイクにより、舞台に戻った。
「……よく似合っています、姫」
「…………」
そして、ラストの指輪をはめるシーンに入ったその時、
「その結婚、待ってもらおうか‼︎」
バタンッ、と勢いよく開け放たれた体育館の扉。驚く観客や、キャスト。僕はまた仕込んだのか、と舞台袖にいる水城と金見に視線をやるが、二人とも驚いた表情のまま、固まっている。
二人の仕掛けじゃ、ない…?
マントを靡かせ、客席の間をぬって、颯爽と舞台まで駆けてくる、目元だけの仮面…ベネチアンマスクをつけた一人の"王子"。
舞台上まで駆け上がり、リベルテ(宝来)からグリシーヌ(僕)を奪うように引き寄せたその"王子"は、
「この者は私が目を付けた娘だ。貴様の様な者にはやらない!…この私が貰い受ける」
そう言うや否や、僕の膝裏に腕を差し入れ、抱え上げた。
「返してほしくば、明日の正午、第4体育館へと来るがよい。さらばだ!」
その王子は僕を抱えたまま、舞台から飛び降り、走って体育館を飛び出して行った。
僕は誰かもわからない奴に抱えられたまま、遠い目で呟く。
「…………もうどうにでもなれ」
僕は本日二度目のお姫様抱っこに、考えることを放棄した。
やっと劇までこれました。
ここまで長かった……。
一応、今回で一日目終了。
攫われたグリシーヌこと佐藤君がどうなったか、どうなるのか…。次回から2日目に入ります。
次回はある意味代弁者(になるかな…?)が出てきます。
過去に名前の出ているキャラが再登場(存在を忘れてました)
というわけで、次回もどうぞよろしくお願い致します。