124話 1週間だけの彼女
新学期突入、ですが、今回のはおまけっぽい話になってるかな、と思います。
「先輩!私、あなたに惚れました‼︎」
「は?」
新学期早々、僕は面倒事に直面した。
宝来の宿題が奇跡的に終わっていた夏休み最終日。何を言っても帰らない幡木を引き連れ、僕達は優勝兼宝来の宿題終了記念で、いつも通りファミレスに向かった。いつも行くそこは、10人ほど座っても大丈夫なパーティ席なるものがあり、図体のデカい奴が多い僕達は、いつもそこに案内される。常連の為、半分予約席みたいになっている。
「7名様でよろしいですか?」
「「「「6名でお願いします」」」」
宝来以外で口を揃えてそう言った。
「では、こちらの1名様は離れた席にご案内した方がよろしいでしょうか?」
「是非そうして下さい」
よく気の利く店員さんだ。そうして幡木一人を残して行こうとしたが、
「アハハハ!先輩一人ハブられてるじゃないですか!」
バフはお前だよ。
僕を指差し笑う幡木に僕と水城でそう説明すると、
「なんで私が仲間はずれなんですか⁈どう考えてもおかしいです‼︎」
と、ポメラニアンのようにキャンキャン騒いだ幡木だったが、笑顔で店員に店を追い出されていた。
よく気の利く店員さんだ。
そんなこんなで、無事に席に着いたが、無駄話やら、バスケ部からの僕への恨み辛みやらをつらつらと述べられたが、サッと視線を逸らして無視を決め込んだ。
そんな貴重な夏休みの最終日を、無駄に過ごした僕は翌日、朝一で放送室に向かっていた。
一ヶ月近く使っていなかった、放送機器の動作確認の為だ。
そして、何故か放送室の前に立っていた、恐らく一年生の彼女に、告白され、今に至る。
現実逃避もここまでか……。
「…………」
「………………」
僕のたった一文字の返答に暫く固まっていた彼女だが、顎に手を当てニコリと笑いながら言った。
「ふむ。掴みは大失敗ですね」
「なんの掴みだ」
こいつも変人だと、関わってはいけないと、僕の脳がけたたましく警鐘を鳴らしている。
「では、続けまして、放送委員に入れて下さい」
「死んでもお断りだ」
ではってなんだ?
頼むから続けるな。ちゃんと説明してくれ。
疑問と多少の困惑を持ちながら、それだけは絶対にお断りな為、即答すると、彼女は首を傾げた。
「何故ですか?」
「今年で放送委員はなくすと、僕は決めている。今更新入生を入れる気は全くない」
説明すると、彼女はニッコリと笑顔で言い放つ。
「そんなことは存じております!」
「分かってるなら帰れよ」
「何故ですか?」
「今言っただろ‼︎」
こいつも話の通じない類の人種だと、出会って数分で理解した。
何度でも問おう。
何故この学校にはこうも変人が多いんだ?
頭を抱えてため息を吐くと、
「先輩が面倒事が嫌いで、でも何だかんだ面倒見がいいツンデレさんなのも、幡木先輩が先輩とも思えない程に馬鹿な子な事も全て承知の上です‼︎」
「ちょっと待て。その認識は間違っている上に、先輩に対して失礼だぞおい」
ストップをかけるが、彼女は聞く耳を持たない。只々自分の話を続ける。
「ですが、私は来週には転校するので、今日だけでもいいんです!放送委員に、入れてはくれませんか?」
「……そんなに放送委員に拘る理由は?」
こっちの言葉も聞けよ、と思いつつこういう奴に対しては無駄だという事は経験から分かっているので、理由だけを聞く。
「先輩への嫌がらせです!」
「帰れ」
両手の拳を握り、頬を染めながら満面の笑みで、そう答えた彼女。人としてどうかと思う。僕は冷めた表情で一言簡潔に告げた。
しかし、分かっての通り、彼女は人の話を聞かない。
ほう、と小さく息を吐きながら、彼女は頬に手を当て嬉しそうにこう話す。
「私、人の嫌がっている顔が大好きなんです」
「帰れ」
「でもほら、知り合いとか友達とかにそんなことばかりしていたら、嫌われて孤立するでしょう?それは望んでないんです」
「帰れ」
「私だって華の女子高生。友達は大事です。青春を謳歌したいと思うのは当然でしょう?だから、今日知ったばかりの、面倒事が嫌いで友達がいなさそうな佐藤先輩が丁度いいかなって!」
「帰れって言ってんの」
「ほら先輩!こうして話してるだけでその表情!とても素敵です!惚れ直します!」
「嬉しくない」
「嬉しがられては困ります」
「クソっ!こいつ面倒だな」
「ああ!その表情も「もう黙ってくれ!」
僕が返答すればする程、彼女は頬を染め嬉しそうに笑う。
この状況をどう打開するべきかと、頭を抱えていたその時、
「セーンーパーイーー‼︎むっすーびちゃんがぁーきーましーたよぉーーっとぅ‼︎」
「ゴフッ」
可笑しな掛け声と共に、完全に意識していなかった、背後からタックルをくらった。
勢いに負けて顔面から床にダイブした。
強かに打ち付けた腹と顎、タックルをくらった背の痛みに悶えながら、顔だけを上げ、背に張り付いている幡木に嫌味の一つでも言ってやろうとしたが、目の前に影がおり、そちらを向くと、一年生の変人の彼女が、僕の目の前まで来ていた。そして、
「先輩違います!その顔じゃありません‼︎私は先輩が苦しむ顔が見たいんじゃありません‼︎」
お前の要望に添って表情を変えてた訳じゃねぇよ。
幡木を背に乗せたまま、床に這い蹲り目の前にいる彼女を下から睨みつける。
すると、彼女は僕の目の前に膝をつき、床をパン、と叩き、
「その顔でもありません‼︎」
理不尽な怒りをぶつけてくる。
「なんですか先輩。変顔対決でもしてたんですか?私も混ぜて下さいよ‼︎」
背から降りることなく、僕の肩をバンバンと叩きながら、楽しそうにそう言う幡木。
痛いやめろ重い降りろ。
そう言いたいが、最早言葉も出ない。
ため息をつき少し顔を歪めたら、目の前の彼女は嬉しそうに声を弾ませ、
「それです!その顔‼︎その顔を忘れちゃダメですよ!」
このセリフだ。
僕はため息を吐きながら、床に顔を埋めた。
新学期早々、変人な後輩二人に絡まれて、僕はもう既に心が折れそうです。
暫くして、幡木が背中から降りた為、立ち上がり服をはたいていると、
「見つけたぞ‼︎幡木ぃーーー‼︎」
「ぎゃーー‼︎先輩かくまって下さい‼︎」
突然野太い叫び声が廊下に響き、名を呼ばれた幡木も叫び、慌てて僕の背に隠れる。
声のした方を見ると、そこにいたのは残念な事にハズレくじを引かされ、今年幡木の担任になった、海津先生だった。因みに、体育教師である。
ツカツカと肩を怒らせながら、ゆっくりと近づいてきて、僕の一メートル程前で立ち止まると、僕の背後に隠れる幡木を静かに睨む。
「……幡木。お前、何した?」
沈黙に耐えきれず、というか、幡木の前にいる為必然的に睨まれている居心地の悪さから、幡木に問うと僕の制服をグイッと引っぱりながら、私は悪くないとでも言いたげなテンションで叫んだ。
「私はただ、職員室で宿題全部やるの忘れましたぁーー‼︎って言ってきただけです‼︎」
「先生、どうぞ連れて行って下さい」
僕は反転し先生に背を向け、先生に幡木の回収を促す。
「ああ。助かる」
礼と共に幡木の首根っこを掴み、僕から離そうとするが、幡木も先生に連行されまいと僕の制服を力一杯掴んで離さない。そんな幡木に、僕はブレザーを脱いだ。
「後で職員室に引き取りに行きます」
僕のブレザーを握りしめながら、先生の脇に抱えられ連行される幡木の絶望した顔を見送り、僕はもう一人の変人に向き直った。
「はぅ…。幡木先輩に盾にされた時の先輩の表情、完璧です。ああ、早起きして来た甲斐がありました……」
「…………」
両手を頬に当て、恍惚とした表情の彼女に僕はドン引きし、頬を引きつらせながら、一歩後ずさった。
「その表情もいい‼︎」
もう一歩、足を退く。
「ああ、先輩はなんて完璧なんでしょう。ただ話しているだけで、こんなにいい表情をする人なんて、今まで出会えませんでした」
もう一歩、足を退く。
「私は、なんでもっと早くに来なかったのでしょうか。そこだけが悔やまれます。今のところは、満足したので、教室に戻りますね!」
五歩程距離を取ったところで、彼女は"普通の"笑顔でそう言うと、僕の横を通り本当に立ち去った。
「…………なんなんだ、あの一年は」
呟くと同時に、チャイムが鳴った。
職員室に寄った為、ホームルームには遅れた。
おまけ
昼休みに放送室に向かうと、朝と同様に、一年生の彼女が立っていた。
「先輩‼︎また来ました‼︎」
「帰れ」
「その表情、最高です‼︎」
「帰れ!」
「もう私、放送委員に入らなくていいです‼︎入らなくても私の欲は満たせる事に気がつきました!」
「帰れ‼︎」
「1週間だけですけど、毎日お伺いしますね‼︎」
「頼むからやめてくれ‼︎」
「その表情も「黙れ‼︎」
放送室に入るまでが苦痛の1週間が始まった。
相変わらず、変な子を書くのが楽しくて仕方ないです。
名もない一年生の彼女を、どうぞよろしく。今後出る予定は一切ありませんが…。
次回から学園祭編に入っていけたらな、と思っております。
それでは次回もどうぞよろしくお願い致します。